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・社会脳
・謝罪宥和理論
・不可抗力
・アンダードッグ効果
・レッドフェイス効果
・見える化
・セルフハンディキャッピング
・参照点の操作
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みなさんは、謝ってほしいことはありますか? そこまで謝られると許したいと思うことはありますか? 大企業のトップ、政治家、有名人などの謝罪会見はテレビでますますよく見かけます。昨今の情報化した社会では、謝らなければ「炎上する」という事態も起きています。また、日本人が謝罪に敏感で、謝罪好きであることは、以前から国際的にも知られています。その一方で、病院などの医療機関や役所などの公的機関では、謝りにくい風潮がありそうです。また国同士では、謝ることに慎重になる傾向があるようです。

謝るとは何でしょうか? なぜ謝らないのでしょうか? 一方で、謝られたらなぜ許すのでしょうか? これらを踏まえて、どううまく謝ることができるでしょうか? その疑問に答えるため、今回は2012年の映画「謝罪の王様」を取り上げます。この映画を通して、謝ることと許すことを進化心理学的にも掘り下げてみましょう。

謝るとは?

主人公の黒島は、東京謝罪センターの所長。謝罪のテクニックを駆使して、依頼主の謝罪をサポートするプロの「謝罪師」です。ヤクザの車への衝突事故から、セクハラ訴訟、芸能人の謝罪会見、はては国際問題まであらゆるトラブルを謝罪によって解決していきます。

謝るとは、端的に言うと、「すいませんでした」と伝えることです。これには、主に3つの心理が必要です。それは、誠意、責任、償いです。映画のシーンに照らし合わせながら、詳しく見ていきましょう。

①誠意
黒島は「謝罪の第一歩、相手に誠意を見せることです」と言っています。1つ目は、誠意です。これは、真心を込めて後悔や反省を伝えることです。逆に、相談者の典子は、ヤクザの車にぶつけておきながら、なかなか謝らずに、最後になって「なんかすいません」と人ごとのように言ってしまい、気持ちを逆なでしていました。その後、黒島は「そちら様の大事なお車に傷を付けてしまい大変に申し訳ありませんでした」と額をこすりつけて土下座をします。

このように、謝ることで大切なことは、土下座をするほどではないにしても、相手が心理的にもダメージを受けて悔いている気持ちを共感的に伝えることです。

②責任
かつて黒島は、ラーメン屋で湯切りのお湯を飛ばしたスタッフに謝罪を求めます。しかし、代わりに経営者が謝罪にやってきます。黒島は、「あなたは何も悪くないでしょう?」「おれはただ舟木ってやつ(お湯を飛ばしたスタッフ)に謝ってほしいだけ」と指摘しています。2つ目は、責任です。これは、自分に責任があることを認めることです。確かに、組織の責任者が代理で謝ることはよくあります。しかし、責任の所在は薄まります。また、本人が謝るにしても、例えば「しょうがなかったんです」「湯切りで多少の水滴は飛んでしまうものなんです」と言い訳(弁解)をして自分の責任を曖昧にしたり、完全に責任を認めなかったら、相手の許しが得られにくくなります。

このように、謝ることで大切なことは、責任者も謝るにしても、二度と同じことを繰り返さないことを分かってもらうために、本人が自分のせいであることを素直に伝えることです。

③償い
黒島に謝罪を求められたラーメン屋の親会社は、お見舞い金による償いをしようとしたり、「絶対にお湯が飛ばない湯切り」などを開発します。3つ目は、償いです。これは、相手の被害への弁償だけでなく、今後の改善策を示すことです。逆に、これらの努力をできる限りしていなければ、謝ることはうわべだけのものになっていると相手に見透かされてしまい、許しが得られにくくなります。
このように、謝ることで大切なことは、相手との信頼関係を維持するために、経済的にも身体的にも心理的にも償うことです。

なぜ謝らないの?

それでは、逆になぜ謝らないことがあるのでしょうか? その心理は、主に3つあります。それは、プライド、パワーバランス、コストです。映画のシーンに照らし合わせながら、詳しく見ていきましょう。

①プライド
黒島にお湯を飛ばした舟木は5年の歳月を経て再び黒島の前に現れます。そして、「もっと早くあの日のうちに謝れば良かったのですが、おれも若くてかっこつけちゃって」と言います。1つ目は、プライドです。プライドが高ければ高いほど、自分のやっていることを過信して、自分が間違いをするはずがないと思い込んでしまいます。そして、その間違いを認めたがらなくなります。ちなみに、それが極端な状態は、自己愛性パーソナリティ障害と呼ばれます。

また、病院などの医療機関や役所などの公的機関が謝りにくいのも、医師の威厳や医療機関の権威から間違いがあってはならないという前提があるからです。そして、地位や評判を落としたくないという理由も相まって、隠蔽工作がなされることもあります。

よって、謝るためには、まず自分のプライドが邪魔していないかを客観視する必要があります。

②パワーバランス
国際弁護士の箕輪は、「一度だけ(3歳の時の)娘に手を上げてしまった」「私は自分が許せない。自分が親として」「仮にも法律に携わる人間として」「いかなる理由があろうと」と言います。しかし、そう言いつつも、娘を目の前にするとどうしても謝れないでいます。2つ目は、パワーバランスです。立場が上であればあるほど、尊敬されていればいるほど、自ら卑屈な立場に身を置くと、今までの力関係が変わってしまうと思い込んでしまいます。上司と部下の関係、師弟関係、親子関係だけでなく、夫婦関係においても、一方がなかなか謝らないのも、これが原因となっています。

よって、謝るためには、もともとパワーバランスが邪魔していないかを客観視する必要があります。

③コスト
国際弁護士の箕輪も「海外では『とりえあず謝っとけ』みたいな考え方は命取りです」「罪を認めた時点で訴訟に不利になります」と言っています。3つ目は、コストです。謝れば謝るほど、許してくれないのではないかと不安になり、償いのコストが高くなってしまうと思い込んでしまいます。実際に、世の中には「当たり屋」や「クレーマー」がいるのは確かです。ヤクザに下手に謝ってしまった典子は、多額の示談金を請求されています。謝られることを逆手に取って、なかなか赦さないことでより多くの補償や慰謝料を引き出すという心理戦略も確かに存在します。また、国際的に謝る場合は、国益を損ねるという外交的な理由もあるでしょう。

しかし、時代は変わってきました。箕輪が言う通り、確かにかつてのアメリカでは謝った方が莫大な慰謝料を要求されるという訴訟社会でした。これは、謝罪が責任の証拠そのものとして扱われていたからです。しかし、現在では、「アイムソーリー法」が各州に広まっています。これは、事故が起きて「アイムソーリー」と言っても、自分の責任を認めたことにはならないという画期的な法律です。この法律によって、お互いに謝ることができるようになり、気持ちが通じ合えて、むしろ訴訟が減っていったのでした。

つまり、法整備が整い、情報化したこれからの時代は、コストが理不尽にならないように、個人間では警察や司法、監視カメラなどによる第三者の目を入れることができます。また、国家間では国際社会による第三国の目を入れることもできるでしょう。もはや「クレーマー」の心理戦略は時代遅れになってきていると言えます。

よって、謝るためには、コストへの意識が邪魔していないかを客観視する必要があります。