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結婚できない男改訂版

空気を読まない

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・こだわり(想像力の障害)

・発達障害(自閉症スペクトラム障害)

・共感性

・職人気質

・パターン認識

・構造化

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「なんで空気を読まないの?」

みなさんがかかわる患者さんやいっしょに仕事をするスタッフたちの中で、「なんで空気を読まないの?」と思わず驚きの声を上げそうになったことはありませんか? 世の中にはいろんな人がいます。できることなら誰とでもうまくやっていきたいですよね。でも、うまくいかなくなった時、どう考えたらいいのでしょうか? どうしたらいいのでしょうか? 画像

 今回、2006年に放映されたドラマ「結婚できない男」を取り上げます。これは、今までにない異色の恋愛ドラマで、みなさんの中にも覚えている人が多いかと思います。婚活が社会現象となって久しく、結婚したくてもなかなかできない男女が増えた今の世の中を絶妙に映し出しています。主人公はなぜ結婚できないのでしょうか? 世の中はなぜ結婚しづらくなったのでしょうか? これらの疑問も踏まえて、これからストーリーを追って見ていきましょう。


空気を読まない

主人公の信介は、ルックス良く、建築家として成功し、経済的にも恵まれている39歳の独身男性です。高身長、高学歴、高収入で一時もてはやされた3高も満たしています。一見して女性を引き付けるものを持ってはいます。しかし、出会った女性はことごとく彼にうんざりし、すぐに彼の元を去っていきます。なぜでしょうか?

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いくつか分かりやすいシーンがあります。信介がパーティ会場で初対面の女性に接するシーンが印象的です。雨でずぶ濡れの地味な上着で登場します。部下の英治に営業をするよう頼まれていたのにもかかわらず、「(営業の相手は)キッチンの重要性を理解していない。議論にならん」と言い放ちます。女性から建築家になった理由を聞かれると、「神のお告げがありまして」と分かりにくい冗談を言います。すかさず「今のギャグです」と英治にフォローされて、何とか場が保たれています。自分の好きな映画の話を一方的に始める伸介に対して、女性は苦し紛れに「そのうち見ます」と言うと、伸介は「そのうちなんて言って、見たやつはいませんよ」と返します。女性は、何とか場を和ませようとして「このスパゲティおいしいですよ」と差し出すと、伸介は「ちょっと冷めてる」「これちょっと細いから、厳密にはスパゲッティーニ、つまりあなたはほんとは『スパゲッティーニおいしいよ』と僕に言うべきなんです」と答えるのです。最終的に、女性はうんざりして逃げてしまいますが、伸介は英治に「構わん」と言い放ちます。このように、伸介は、相手の話も聞かず、一方的に話し、思ったことをそのまま口走り、うんちくをこね、そしてこりないのです。

別のシーンでは、マンションの隣人であるみちるがお金に困り、水商売をやり始めた姿を見て、何とか助けたい思いからお金を貸そうとします。信介は「困ってんの見たくないから」と言いつつ、受け取るのにとまどっている彼女を見て「客も我慢している」「もっと若くて女子大生みたいなのがいいのに」ともっともらしく言い放ってしまいます。また、バスツアー参加では、バスガイドの話に割り込み、より詳しいうんちくを得意がって披露し、バスガイドを泣かせてしまいます。年下の女性とのデートの時に相手が水族館で「魚、大好き」と言うと、信介は「魚より肉が好きだな」と答えます。長年の仕事パートナー沢崎がヘッドハントされるシーンでは、引き留めようとして出た信介の言葉は「便利で都合のいいやつはお前しかいない」との本音でした。急に近付いたり、顔を近づけて話すなどの特徴もあります。

どうやら、彼には「空気が読めない」「空気を読まない」という言葉が当てはまりそうです。


こだわり

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 では、なぜ伸介は「空気を読まない」のでしょうか?さらに、別のシーンをいくつか見てみましょう。人生ゲームに凝っていて1人で復刻版の人生ゲームをやります。お好み焼きはマニュアル通りに作らないと気が済みません。模型のプラモデルの部品が1つ足りないだけでもう1セット購入します。そして、花は大嫌いで、視界に入るだけでも体調を悪くしてしまいます。猫背でぎこちない歩き方も相変わらずです。

 これらは、全て彼の「こだわり」と言えます。さらに、「空気を読まない」のも彼のこだわりの裏返しであり、延長であると言えそうです。つまり、彼はこだわりがとても強いのです。そして、メンタルヘルスの現場では、このような「こだわり」があまりにも強過ぎて、日常生活や社会生活がうまくいかない場合、ある障害が浮かび上がってきます。それは、発達障害(自閉症スペクトラム障害)です。ただ、信介にこの診断が下り、治療が必要というほどでは全くありません。そのわけは、メンタルヘルスにおける診断や治療は、あくまで本人や周りがひどく困ってしまうことが大前提だからです。

ただ、その人を取り巻く環境や周りとの相性によって困り具合が変わるので、線引きが難しいことがよくあります。ここで言えることは、信介には発達障害の傾向があり、困ってしまいやすいということです。そして、信介や周りの人が、この傾向と上手に付き合っていくためのヒントをみなさんといっしょに考えることができるのではないかということです。


想像力―「硬さ」「狭さ」「独特さ」

 強いこだわりは、発達障害の要素の1つである想像力の「硬さ」「狭さ」「独特さ」です(想像力の障害)。つまり、想像力に柔軟性がなく、しかも想像力の広がりが狭いために、相手が何を思っているか、何を感じているかを想像すること(心の理論)にとても鈍感なのです。だからこそ、自分のことばかり考えてしまい、結果的に、対人関係においては、「空気を読まない」「不器用」な人になってしまいます。

しかし、こだわりは、裏を返せば、自分にとって何が特別か悟っている「ひたむきさ」「一途さ」「才能」でもあります。実際に、伸介は、自分の興味のある建築という仕事においては、とことん追求し、良い仕事をしており、「一芸」に秀でています。つまり、こだわりには二面性があるのです。その人の良さでもあり、その人らしさ、個性とも言えます。

 

1 こだわりの二面性

マイナス面

プラス面

こだわり

融通が利かない

空気を読まない(読めない)

頑固、偏屈、無愛想

ひたむき、一途

ブレない、流されない

正直、真面目、勤勉、律儀

図太い、一芸に秀でる


なぜ信介のような人は今の世の中で目立つのか?

それでは、なぜ信介のような人は、今の世の中で目立つようになったのでしょうか? その答えは、コミュニケーション能力、つまりは気回しが求められる社会構造に変化してしまったからです。

かつての士農工商の封建社会では、身分制度により仕事も結婚相手も生まれる前からほぼ決められていました。農業や工業などの製造業が主流で、この社会において求められる価値観は、「正直」「真面目」「勤勉」「律儀」です。分かりやすいイメージとしては、頑固で人付き合いは悪いけど腕は良い職人です。この職人気質は、まさに建築家の信介に当てはまります。この価値観はこだわりの特性と相性が良いのです。多少の「偏屈」は問題にされず目立たなかったのです。この特性を持った人々がその能力を発揮し、その時代に活躍しました。

しかし、その後、時代は大きく変わりました。産業革命、情報革命を経て、サービス業中心の世の中になってきました。情報化し複雑化したコミュニケーション重視の新しい社会の仕組みの中、かつてなくコミュニケーション能力、「空気を読む」という気回しの能力が求められる時代に変わってきたのです。信介のような人たちは本来の居場所、行き場である製造業の仕事からあぶれてしまい、サービス業に流れていきました。しかし、こだわりは受け入れられず、ただその「偏屈さ」が目立つ結果となったのでした。実際に、建築の営業をするパートナーの沢崎が不在の時に、信介は彼女に代わって営業を全うすることはできませんでした。

逆に言えば、その特性を見抜いて、向いている職種を見出すこともできます。対人的な職種は、対象が人の心そのもので「生もの」であるため、常に空気を読んで、臨機応変に動かなければならないので、信介には負担が大きいです。一方、対物的な職種は、空気を読むことそのものを対象にしないため、決められた手順通りに取り組むことができるので、才能や技術のある信介のような人には合っています。

 

2 こだわりタイプと気回しタイプがそれぞれ向いている職種

 

こだわりタイプ

(職人気質)

気回しタイプ

(商人器質)

モデル

伸介

部下の英治

ライバル建築家の金田

職種

対物的な職種

対人的な職種

 

一般職

製造業、職人

専門職(研究者、学者)、事務職

サービス業(営業、接客、窓口)

管理職

医療職

急性疾患、救命救急、

手術室

慢性疾患、精神疾患、

リハビリテーション


今の世の中の結婚に求められるものは?

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ヒロインとして登場する女医の夏美は、ある種の強さを持った現代的な女性で、ドラマの中で彼女が見合い結婚に嫌気が差し、恋愛結婚に憧れるのも納得がいきます。そんな夏美の診察室に、信介は、「胃がシクシクと・・・」と言い、しょっちゅう訪れます。彼は、夏美の感情の変化を読み取ることができず、たびたび怒らせてしまいます。と同時に、実は、彼はストレス性の胃炎になるくらい自分自身の感情の変化にも気付きにくいのです。端的に言うと、相手の心だけでなく、自分の心を察するのも鈍いのです。そして、自分がストレスを抱え込んでいることに気付かず、無理をしてしまいやすいです。やがて、彼は夏美に好意を寄せていきますが、その自分自身の気持ちに気付かず、噛み合わないもどかしさが私たちにも伝わってきます。

実は、今の社会の仕組みは結婚にも影響を与えています。情報化され自由化された新しい恋愛結婚のシステムでは、選択肢、判断基準が増え個々人の違いが重視されるようになりました。そこで特に求められるのは相手の気持ちを推し量ること、つまりは気回しや思いやりです(共感性)。部下の英治やホスト風のライバル建築家の金田は、信介とは対照的に人当たりのいいキャラとして描かれており、信介の特性を際立たせています。逆に、ドラマでみちるを狙うストーカーが登場しましたが、相手の気持ちを全く考えない一方的な恋愛であるストーカー行為は、まさにこだわりの負の産物と言えます。


信介のような人はどうすればいいのか?

信介のような人たちはどうすればいいのでしょうか? それは、本人がパターン認識をして学習することです。信介は、何が悪いか分からないけれどパターン認識をして彼なりに周りとうまくやって行こうとする姿勢が見受けられます。例えば、信介に皮肉を言われたと思った夏美は激怒し立ち去るシーンがありますが、わけが分からず追いかけた信介は悪気なく尋ねます。「悪いんでしょ?」と。しかし、夏美が許してくれないので「すみません」ととりあえず謝っています。何が悪かったのかのフィードバックがなければ、同じ過ちを繰り返していきますが、ストーリーが進むにつれて、信介は夏美に「また、説教ですか?」と言いながらも、夏美の「説教」に耳を傾けていくようになっていき、いつの間にか惹かれていきます。


周りの人たちはどうすればいいのか?

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周りの人たちはどうすればいいのでしょうか? 実は、その答えはドラマの中に散りばめられています。ドラマの回を重ねて見るうちに私たちは気付かされます。それは、、本人に悪気がないことを周りが理解することです。これは、伸介のような人たちを理解する上でとても大切なことです。ドラマで夏美が言います。「言い方とかムカつくけど、悪い人ではないと思う」「心で思っていることと表に出すことが違っている場合が多い」と。彼の個性ゆえに独特の言い回しをしてしまい本心がうまく相手に伝わらないことが多いのです。時には、信介の一生懸命さやもどかしさが私たちにも伝わってきます。現に、頼まれれば、命懸けでベランダをつたい、慣れない犬の世話をし、迷子の犬探しに必死に協力します。出会って間もない女性の新しい恋人のフリをすることを承諾します。みちるのボディガードを務め、ストーカーを撃退します。もともとお金の貸し借りをしたことがなかったのに、困っているみちるに自らお金を貸そうともしました。秘密を漏らすなと言われたら絶対に漏らしません。これは信介の良さであり、さきほどの「正直」「真面目」「勤勉」「律儀」などの二面性を合わせ持っていることが理解できます。「俺は自分の気持ちに正直でいたいから」という信介の言葉がそれを裏付けています。信介の良き理解者である沢崎は、その特性を見抜きうまく手なずけ仕事をやらせていました。実直であるがゆえに乗せられやすい面も見えてきます。時には、「今の(信介の発言)を翻訳すると」などと沢崎はフォローも入れます。


周りが汲み取るその人らしさ

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また、夏美は沢崎のアドバイスを受けながら、ちょっとずつ信介を理解していきます。ある時、結婚相手に理想ばかり追い求めるみちるに「男性に求めるものは?」と聞かれて、夏美は答えます。「その人が何を考えているかちゃんと理解できること」と。発想の転換です。求めるのは、相手にではなく自分であることを悟るのです。夏美の成長ぶりが伺えます。その後、夏美はあえて信介のテレビ出演でカットされた発言の話を引き出し聞いてあげるなどして、「説教」だけではない支持的なかかわりを通して信介に歩み寄ります。そして、最後には信介に告白します。「(今までの)私たちの会話ってキャチボールじゃなくてドッジボールばっかりだった気がします」「(これから)私はキャッチボールがしてみたいです、あなたと」と。その告白を受けて、後日、信介は夏美の診察室に訪れます。「キャッチボールしようと思って」と。関わる相手がキャッチボールできるうまい球をまず投げてあげることが大事であることも描かれています。また、信介が通うコンビニの女性店員でさえ、対応を変えてきます。いつもレジで「スプーン要りますか?」「ポイントカードありますか?」と聞くと、信介は間髪入れずに無愛想に「要りません」「ありません」と言うので、やがて「スプーン要りませんし、ポイントカードもありませんよね。」と聞くようになります。


コミュニケーションのコツ

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ラストシーンで、夏美を家に誘いたい信介は、誘いの言葉を素直に言い出せず、逆に夏美に「もしかしてうちに来いって言ってますか」と言い当てられてしまい、いつもの口癖で「あなたがどうしてもとおっしゃるなら」と言ってしまいます。うわての夏美は、「あなたがどうしてもって言うなら」と切り返します。すると、最後についに、いつもはあまのじゃくな信介が素直に答えます。「じゃあ来てください。どうしても」と。このシーンは、夏美のかかわりにより信介が少しずつ変わってきていることを伺わせます。と同時に、夏美の信介へのかかわりが大きく変わったことも描かれています。とてもほのぼのとするエンディングです。もちろん、トレンディドラマにありがちなハッピーエンドではなく、これからの2人の関係も波乱に満ちたものを予感させます。

実際に、主人公に共感し、自分と重ね合わせてハッとした未婚男性の視聴者はいるのではないでしょうか? 反面教師としても主人公の視点を通して、自分のあり方、生き方を客観的に見つめ直すことができます。もちろん、周り人たちにとっても、信介のような人たちへの理解が深まり、コミュニケーションのコツが分かってきます。そのコツとは、細かく具体的で丁寧な指示を出して(視覚化)、レールを敷いて枠組みを作り(構造化)、一つ一つのパターン認識やパターン学習を手助けしてあげることなのです。また、こだわりが強ければ、急な予定の変更(新奇場面)にストレスを感じやすくなります。その対策として、予定の変更をあらかじめ伝えることも肝心です(予定告知)


ドラマはセラピーの効果

このドラマは、信介のような人たちが信介を自分と重ね合わせ、同時に彼らの周りの人たちが信介をその人に重ね合わせ、どうしたらいいかを気付かせてくれるセラピーの役割を果たしています。社会が信介のような人たちの特性をもっと知り、その個性的で良い面を高く買ってあげて、口下手でコミュニケーションが苦手な面は大目に見て微笑ましく見守ってあげることができたら、世の中はきっと彼らにとっても私たちにとっても、もっと居心地の良い場所になるのではないでしょうか。

今、世の中に求められているのは、彼らを理解し、彼らと「キャッチボール」をして、お互いに少しずつ成長していけるような、より心の広いコミュニケーション社会なのではないでしょうか?

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参考文献

1)尾崎将也:結婚できない男、扶桑社、2006

2)吉田友子:高機能自閉症・アスペルガー症候群、「その子らしさ」を生かす子育て、中央法規出版、2009