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告白【続】ソーシャルサポート

「もうどうでもいい」

皆さんは、人間関係や仕事で追い詰められて、「もういっぱいいっぱい」という気分になったありませんか?そして、日々の生活が「もうどうでもいい」くらい煮詰まってしまったことはありませんか?そうなってしまう原因として、孤立していることがよくあります。

今回は、この孤立の危うさをテーマに、映画「告白」の登場人物である少年B、少年Bの母親、そして少年Aのそれぞれの心の闇に迫ります。ストーリーの展開は、次々と変わる登場人物たちの視点によって、それぞれの抱える心の闇が見透かされ、ある事件の全体像が少しずつ浮き彫りになっていきます。そして、事件後、その心の闇が重なり合い、希望の「光」は見えなくなっていくのです。

 この心の闇の大きな原因は、孤立です。これから、この孤立の心理をみなさんといっしょに掘り下げていきたいと思います。そして、そこから、私たちの日常に生かせる心のあり方のヒントを探っていきたいと思います。

 


少年Bの「心の闇」


画像①原因―思春期の抱えきれないストレス因子

 登場人物の中学生の少年Bは、クラスメートの少年Aとの「遊び」から、追い詰められて、担任教師の森口先生の幼い娘を死なせてしまいます。警察に事故と判断されてしまいますが、その真相に辿りついた森口先生は、クラスメート全員のいる教室で明かします。そして、復讐として、少年Aと少年Bの飲んだ牛乳パックにHIVに感染した血液を注入していたことをみんなの前で告げたのでした。少年Bは、自分がエイズで死ぬこと、クラスのいじめのターゲットになること、殺人者として追及されることを恐れ、その後は、自室にこもり、不登校になり、「心の病」を発症するのでした。

実際に、思春期の心は、とても危うさをはらんでいます。なぜなら、体と同じく、心も飛躍的に成長をしていく中で、心が過敏になり、不安定になりやすい時期でもあるからです。また、彼は、溺愛する母親によってあまり我慢をせずに「大切」に育てられたこともあり、彼の心はとても脆く弱いことも分かります(脆弱性)

彼の不安定な心は、いとも簡単に少年Aの挑発的な捨てゼリフによって、殺人へと駆り立てて行ってしまったのでした。そして、その後にふりかかるストレスに耐えられなくなるのでした。

 

②症状―多様な広がりがある

 しばらくして、少年Bのおかしな様子に、彼の母親は気付き心配します。「自分の触れたものや汚れたものは、絶対、私や夫に触れさせず、全て自分で洗い」「(便器を)磨き上げ(ている)」「そのくせ自分は髪も洗わず、風呂にも入らず」と(洗浄強迫)

 一方、少年B「くさい」「でもこれが生きてる証」「この歯もこの髪もこの爪もこの臭いも」と自分が普通ではなくなっていくことに自覚がありません。そして、「僕が必死で」(HIVウイルスが母親に)感染しないようにって」「死なないようにって」と自分がHIVウイルスをまき散らしていると思い込んでいます(加害妄想)

 また、少年Bは、新しい担任教師のウェルテルとクラスメートの美月が毎週お見舞いにやってくるたびに怯えます。そして、対応した母親に向かって「余計なこと、しゃべんなよ、このクソババア」と奇声を上げて荒れています。その理由を彼は心の中で語ります。「森口のせいだ」「森口が僕を殺そうと、家にスパイまで送り込んで」「なのに母さんはペラペラと森口の悪口なんか・・・」と(被害妄想)

やがて、「僕は生きてる?」「その実感が全然ない」と自問自答します(離人症)。そして、アルバムに写っている自分自身を見て、母親に問いかけます。「この子は誰?」「なんで笑ってるの?」と。もはや自分自身が分からなくなっています(解離)。そして、最後に、「ごめんなさい」「直くん(少年B)をちゃんと育ててあげられなくて」と漏らす母親が、「出来損ない」と自分をバカにした少年Aにすり替わって見えてしまい(幻覚)、さらなる事件を起こしてしまうのです。

 このように、少年Bの症状は、強迫、離人症、解離、幻覚妄想など多様に広がっていきます。

 

③診断―どうすれば良かったか?

 原因が明らかな心理的なストレスであり(心因性)、症状が多様な形状であることから(多形性)、少年Bの診断としては、急性精神病(急性一過性精神病性障害)が当てはまります。ただ、ストーリーの展開では、3か月が経とうとしています。症状が、固定化、慢性化するようなら、統合失調症に診断が変更されます。


 少年Bがこのような心の失調を引き起こさないためには、どうすれば良かったのでしょうか?彼は、心理的なストレスによって追い詰められていました。そして、「エイズになる」「いじめられる」「殺人者として責められる」という葛藤を抱えたまま出口が見えずに、煮詰まっていました。この煮詰まりによる感情の高ぶりは、緊張感や恐怖感を煽り、様々な症状を引き起こします。感情が理性を上回り、自分自身を冷静に見ること(客観視)が難しくなっています。彼は、理性を取り戻すため、まず誰かに心の内を正直に打ち明け、感情を吐き出し、早く楽になるべきでした。その相手は、まずは母親であり、家族でした。さらには、スクールカウンセラーなどの社会的な支援です(ソーシャルサポート)。しかし、彼にそれをできなくさせたのは、実は、母親に「心の闇」があったからだったのです。そして、彼の孤立はますます深まっていったのでした。

 


少年Bの母親の「心の闇」

①完璧主義の二面性

 少年Bの母親は、家でいつも化粧をして、ブラウスを着て、身ぎれいにしています。立派な家の中はオシャレなインテリアを施し、庭には見事なバラを咲かせています。あまりにも完璧な専業主婦です。

 しかし、少年が事件を起こした時、母親は森口先生の目の前で、森口先生の死んだ娘に対してではなく息子に対して、「かわいそうに」と繰り返します。さらに、新任の教師ウェルテルの前で、「前の担任のあの方、シングルマザー」「自分の子どもばかりにかまけて」と森口先生をあからさまに非難します。そして、「何もかもがあの女(森口先生)のせいだ」「この子(息子)はただ悪い友達に騙されて手伝いをさせられただけなのに」と庇います。

 なぜ、少年Bの母親は、いとも簡単に人のせいにしてしまうことができるのでしょうか?実は、彼女の完璧さには、ひたむきさや一生懸命さなどの良さと同時に、危うさもあります。自分が完璧であるという自信は、裏を返せば、「自分のすることはいつも正しい」という傲慢で独りよがりな発想に陥りやすくなります。その心理によって、問題が起きた時は、いつも人のせいにするようになり(他罰性)、孤立していきます。完璧主義の二面性が見えてきます(2)

 

2 完璧主義の二面性

危うさ

良さ

傲慢、独りよがり

人のせいにする

孤立、抱え込み

やり直し

自信

ひたむき

一生懸命

几帳面、真面目

 

②歪んだ母性―条件付きの愛情

画像

母親は少年Bに「直くんは良い子」「勉強だって運動だって」と言って聞かせてきました。彼女は、自分の子育ても完璧であるという自信に溢れ、完璧な母親であることにも喜びを感じていました。しかし、現実には、少年Bは、中学になり、成績が落ち込み、部活動でも冴えません。そして、母親は「あの子はやればできる子なんです」と言い、必死に他人にも自分にも言い聞かせるようになっていきます。少年Bは、「良い子」、つまり完璧な子でなければならないのです。

 一方、少年Bは、母親のその期待に必死に応えてきました。しかし、「いっぱいいっぱい」の限界までに達しつつありました。そんな中、事件が起きたのでした。彼は、殺人というとんでもないことをして、その復讐を受けてエイズになった「悪い子」である自分はもはやこの家では生きていけない、つまりはこの時点で死を意味すると思い込んでいたのでした。実際に、最後に母親が言った「ごめん」「ちゃんと育ててあげられなくて」という言葉に、少年Bは異常なまでに敏感に反応してしまうのでした。

本来、子どもは、「どんなことがあっても愛される」「守ってくれる」という無条件の愛情を感じ取り、母親を中心とする家族を絶対的な心の拠り所としているものです(安全基地)。ところが、少年Bには、「母親の思い通りの子になるなら愛される」「思い通りにならなければ愛されない」という条件付きの愛情として刷り込まれてしまい、心の拠り所が不安定なまま、とても脆く弱かったのでした(脆弱性)

 

③パーフェクトマザーの危うさ―孤立

画像

少年Bが、自分はもう死んでゾンビなったという妄想から、自分の感染した血液で街をゾンビ化させようとコンビニに行き、片っ端から品物に自分の血液を付けます。その事態を収拾させるため、母親は、「買い取りますから」と店員に土下座までしていました。母親は、決して病院にも警察にも助けを求めようとはしません。自分の日記に「夫は仕事でずっと家にいない」「長女は東京で大学生活だ」と記し、家族にも相談はしていません。彼女は、完璧であるはずの自分は弱いところを見せられないという心理からやせ我慢をして、豹変した少年Bを丸ごと抱え込み、ますます孤立していくのです。

母親は、「この家には」「この子には私しかいない」「私が守るしか(ない)」と日記に記し、告白します。彼女にとって、家という空間が世界の全てであり、息子との関係が人間関係の全てにまでなってしまっていたのでした。そして、少年Bが母親に真実を漏らした時、彼女は、いとも簡単に「決心」してしまうのです。

 

④グッドイナフマザー ―ほど良い母親

「直樹は、もう直樹じゃない」「優しかった直くんはもういない」「義彦さん()、真理子()、さようなら、そしてごめんなさい」「私は直樹を連れ、一足先に(天国へ行きます)」と、母親は最後まで自分の心情を細かく日記に書き記します。ここにも、彼女の几帳面さや真面目さという完璧主義が伝わってきます。彼女の注いだ紅茶が湯気を出しながらカップから溢れていく様子は、まさに「いっぱいいっぱい」を超えた心の様を象徴的に描いています。そして、包丁を持って、息子の部屋に向かうのでした。無理心中(拡大自殺)です。

完璧を求める人は、完璧ではない状態に耐えられないのです。そして、完璧ではないなら、全てをやり直すそうとする心理メカニズムが働いてしまうのです(やり直し)。この母親は、自分の人生だけでなく、息子の人生も全てやり直そうと思い立っていたのでした。この母親にとって、子どもは自分の思い通りになる体の一部なのでした。完璧主義の人ほど、いざという時に脆く弱いことが分かります。

この母親から学べることは、良すぎる母親、つまりはパーフェクトマザーの危うさです。そして、グッドイナッフマザー(ウィニコットによる)の大切さです。これは、ほど良い母親という意味です。ほど良い母親は、良すぎる母親とは違い、頑張りすぎないので、子どもを追い詰めず、ありのままに受け止めることができます(無条件の愛情)。また自分の限界をよく分かっているので、困ったら周りに助けを求めます(ソーシャルサポート)。この「ほど良さ」が、結果的に、子どもの心の健康にも良く、そして同時に母親自身の心の健康にも良いのです。




少年Aの「心の闇」

 

①「褒めてほしい」―承認欲求

 少年Aは、もともと成績優秀な大人しい生徒でした。そして、電子工学の知識と才能がありました。苦心の末に、「びっくり財布」という電流が流れる財布を発明し、その発明品を、彼としては珍しく好感を抱いていた森口先生に見てもらいたかったのです。しかし、それを試された森口先生は、「私を実験台にしたの」「こんなもの作って」「動物でも殺すつもり?」と呆れたように一方的にとがめてしまいます。実は、森口先生は、もともと、彼を「アブない子」という目で見てしまっていました(ラベリング)。その理由は、彼は、成績優秀である反面、川原で見つけた犬の死骸をわざと動物虐待に見せかけてインターネットに流すなど悪ぶる一面もあったからでした(露悪)

彼は、「そんなことしか言えないんだ」と言い、森口先生に失望します。そして、謎めいたことを言います。「パチン」「先生には聞こえない?」「大切なものが消えちゃう音」と。彼の言う「大切なもの」とは何なのでしょう?それは、「自分を褒めてほしい」、つまりは自分を認めてくれる「味方がほしい」という、彼なりの希望だったのでした(承認欲求)。そして、「消えちゃう音」とは、その希望が消える音、つまり期待が裏切られるショックの音なのでした。

 

②味方が欲しい―安全基地の欠如

どうして少年Aは、悪ぶるわりに味方がほしいのでしょうか?そして、どうして、いとも簡単に裏切られたというショックを受けてしまったのでしょうか? そのヒントは、その後、お付き合いを始めた美月に自分の生い立ちを打ち明けるシーンで見えてきます。「母親もいなくて、ずっと一人だったから」との告白です。彼の母親は、幼少期に彼の元を去っています。彼の父親は、その後に新しい妻と結婚し、新しい子どもをもうけ、彼は厄介者扱いをされてしまい、中学に入ると、離れた別の家での独り暮らしをしています。

 つまり、彼は、家族という心の拠り所となる感覚(安全基地)がもともと満たされていないのでした。その欲求不満な感覚から、安全基地となる新しい味方を不器用ながらも求めていたのでした。

 

③大切にされていない―共感性欠如

 その後に、少年Aは自分の生い立ちをウェブサイトで告白します。「母は将来有望な電子工学の研究者」「その彼女が最低の凡人と結ばれ、生まれた子」「それが僕だ」「母は僕の母になるため、研究者としてのキャリアも輝かしい未来も捨てた」「でもすぐにそのことを後悔し、そうさせた僕も憎み」「あんたさえいなければ(と考え)」「母は再び研究者としての道を歩くことを決めた」「もちろん僕を捨てて」「その時、僕には聞こえた」「大切なものが消えてしまう音を」と。

彼は、幼少期に母親が去るまで(喪失体験)、その母親から虐待を受けていたのでした。母親から溺愛された少年Bとは真逆の境遇です。彼には、「大切にされる」という体験がそもそもなかったのです。だから、自尊心も信頼感も育まれず、誰かを「大切にする」という人とのかかわりのお手本(ロールモデル)が身に付いていないのでした。相手をどう大切にしていいか分からず、さらには自分自身をどう大切にしていいかも分からないのでした。

彼は、相手に全く感情移入できず、共感性は育まれていません(共感性欠如)。実際に、森口先生に事件の真相を問いただされた時、目の前いるのが、自分が殺したと思っている子の母親であることなど気にもしない様子で意気揚々と語っています。さらに、彼の低い自尊心から来るひねくれやひがみとして、悪ぶってもいます(露悪)。彼の寒々と荒涼とした心の様が生々しく描かれています。

 少年Aは、虐待などの不適切な養育環境により、対人関係を築く能力が育まれていない状態と言えます(反応性愛着障害)。自我(アイデンティティ)が目覚める思春期まで、彼の愛着の問題がはっきりとは気付かれていない理由として、彼が幼少期から知的に高かったことが上げられます。知的な高さにより、自我(アイデンティティ)が目覚めるまで「良い子」「大人しい子」として順応してしまっていたことが考えられます。

 

④虐待による環境因子の影響が大きい―発達障害は否定的

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 彼の感情移入しないこと(共感性欠如)は、「大切にされる」ことがなかったという虐待による環境因子の影響が大きいことが分かります。鑑別疾患となる発達障害に関しては、以下の3つの点で否定的です。

1つ目は、小学校時代に人とのかかわり方に問題がないことです(社会性)。自分の発明品をクラスメートに見てもらい、感想を求めるなどのかかわりがあります。また、母親がいない寂しさや、母親に認められたいという欲求も強くあります。

2つ目は、人との接し方がむしろ同年代よりも長けている点です(コミュニケーション)。少年Bに殺人計画を誘うシーンでは、プライドをくすぐる上手な言い方をしています。森口先生の娘に接するシーンでも、目線を子どもの位置まで下げ、子ども心を掴む言い回しをしていました。

3つ目は、行動のパターン化やこだわりはありません(イマジネーション)。彼の電子工学への思い入れは、病的なこだわりではありません。美月を家に招きたい時、「ジュース飲む?」との遠回しな誘い方もできており、相手がどういうことを考えているかを見通し、どう言えば相手が喜ぶか、受け入れてくれるかもよく分かっています。

 

⑤注目されたい―自己愛の肥大化

 その後、少年Aは、自分の発明品を発明コンクールに出品し、優秀賞を受賞します。彼は新聞で大々的に報道されることを期待していました。ところが、たまたま他に起きた大きな事件に掲載ページを奪われてしまい、腹を立てて言います。「いいことで褒められても誰も注目してくれないじゃん」と。そして、「褒めてもらいたい」から、「自分の才能を世間に認めさせたい」「誰よりも優秀な人間として注目されたい」という発想(自己愛)に肥大化していきます。

それは、誰よりもまず、母親に自分の存在を気付いてもらう、母親に認めてもらうためでした。彼は、本当に褒めてほしい人、つまり自分の味方になる人は、自分の母親だけだという自分自身の一途な思いにすでに気付いていました。

 彼は回想します。かつて母親が、「あなたには、ママと同じ血が流れているの」「ママと同じ才能を受け継いでいるのよ」と繰り返し吹き込む場面です。この記憶こそが、彼にとって、どんなことでも自分の能力が世間に注目されることが、母親の目を自分に向けさせることになるという発想の原点になっています。だからこそ、彼は、「バカ」という言葉をよく使っています。「バカ中のバカ(少年B)」「君(少年B)は他のバカたち(クラスメートたち)とは違う」「バカ(父親)はバカ(義母)と結ばれる」などです。どの言葉を選ぶかによって、その人の価値観、さらには葛藤が透けて見えてきます。裏を返せば、「バカ」という言葉は、才能ある母親に認められずに捨てられたという彼自身の引け目や劣等感でもあり、彼の心の様を映し出しているとも言えそうです(投影)

 

⑥「殺す相手は誰でもいい」―認知の歪み

(自分の発明品で)全国大会で優秀賞を受賞した」「こんなんじゃ世間は少しも騒がない」「誰も」「母だって気付いてくれない」「もっと大きく、全マスコミが取り扱うすごい事件、殺人」「母の血を受け継いだからこそできる、そんな才能を生かした殺人」「殺す相手は誰でもいい」と考え、彼は暴走しました。また、自分がHIVに感染し、エイズという「死に至る病」になると思った時、心の底から喜んだのでした。

彼は、殺人により有名になることで、または自分が死にそうになることで、母親に自分の存在に気付いてもらえる、母に会えるチャンスだと思っているのでした。彼は知的に高いのですが、ものごとのとらえ方がとても病的に偏っていることが分かります(認知の歪み)。その理由は、彼が大切にされてこなかった生い立ちから、「大切にされる」「大切にする」という感覚がもともとないので、人の命も自分の命も、彼にとってはとても「軽い」のでした。

 それでは、彼は、なぜ母親をこれほどまでに美化し(理想化)、父親をこき下ろすのでしょうか?彼は、母親が自分を虐待していたことを淡々と語ります。そこには、恨みつらみはなどありません。一方、それなりに責任を果たした父親には冷淡です。この心理は、彼は、電子工学の才能というアイデンティティに目覚める中、才能ある人のモデル、才能ある自分を肯定するモデルがどうしても必要だったのです(ロールモデル)。そして、かつて自分を捨てた母親を理想化し、自分の生き方を重ね合わせることで、一体化したかったのです(同一化)。こうして、理想化した母親像が、彼の唯一の支えになっています。だからこそ、この母親と別れた父親は、悪者になるわけです。

 しかし、同時に、彼は、いつか母親と感動の再会をするという心の支えが自分のファンタジーであるかもしれないということにもうすうす気付いています。だからこそ、実際に、彼は母親に会いに行くことにとても躊躇しているのでした。

 

⑦「ただの暇つぶし」―刹那主義

HIVが陰性であるという検査結果を知り、彼はがっかりします。「それからはもうただの暇つぶし」「笑顔とか涙とかあれもこれも全て生きてるのも」「ただのくだらない暇つぶし」と語り、「おまえなんかただの暇つぶし」と美月への思いも薄っぺらさをにじませます。

 その後、美月に「あんたなんかただの」「マザコン」と挑発されたことで、あっさり美月を殺めてしまうのでした。そして、さらに、母親に実際に会いに行ったところ、母親が上司の教授とできちゃった婚をしている事実を知り(直面化)、自分はとっくに忘れ去られていたと思い込みます。そして、自爆による無差別殺人の計画を立てるのでした。

 やはり、彼には相手も自分も大切にするという感覚がなく、その場限りで生きてしまうのでした(刹那主義)。彼は、幼少期から「愛されている」「幸せである」という経験をしてきていないため、これから「誰かを愛していこう」「幸せになろう」という前向きで積極的な発想自体が全く出てこないのでした。

 

⑧治療―どうすれば良かったか?

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 少年Aが、森口先生の娘を死なせないためには、どうすれば良かったのでしょうか?もうすでに手遅れであったかもしれません。ただ、仮にできることとして考えたいことは、彼が最初に発明品を森口先生に見せた時点で、森口先生が彼の才能を褒めることができたとしたら?さらに、発明コンクールの入選が新聞で大々的に報道され、母親の目にも止まったら?そして、母親と早い段階で会えることができたら?

 彼の最も危うい点は、孤立です。美月がかかわりを持とうとしましたが、やはり手遅れでした。孤立が続けば、ますます共感性は育まれなくなります。さらには、自分が満たされてこなかった人ほど、人が満たされている状況、つまり人の幸せを素直に喜べないことが分かります。

ラストシーンで、姿を現した森口先生が少年Aに「これが私の復讐です」「本当の地獄」「ここから、あなたの更生の第一歩が始まるんです」と言い諭します。自分の作った爆弾で母親を死なせてしまったと少年Aは思い込んでいますが、本当に爆弾は爆発したのでしょうか?そのシーンで、森口先生は、少年Aの母親に会ったこと、少年Aを忘れていないという母親の思いを聞き出したことを彼に伝えています。爆発していない方が、「大切なもの」がまだあるというありがたみを彼がより強く感じ、さらには、彼はこれから母親に「大切にされる」可能性があるという含みを持たせています。原作とは違い、救いを少し残しています。彼は、自分も他人も命は大切にすることに気付くかもしれません。その時こそ、彼は心の底から自分のやってしまったことを償うことの大切さに気付くかもしれません。

現代の少年犯罪も、彼らが満たされていない家庭環境であればあるほど、彼らの更生が危惧されます。なぜなら、彼らにとって、他人の幸せ自体が、屈辱や殺意を煽ってしまう可能性があるからです。これは、「殺すのは誰でも良かった」という無差別殺人の病理にも重なっていきます。その根っこには、自分もいつ死んでもいいという刹那主義があることが多いのです。ここから、非行少年の更生でまず大切なことが、彼らの安定した生活環境の保証であり、彼らを孤立させない社会的な介入であることがよく分かります(ソーシャルサッポート)

 

 


私たちが登場人物たちから学ぶこと―孤立の危うさ



裕子先生は復讐の鬼となり、周りを巻き込んでいきます。全てを失ってしまった森口先生と、失うものが何もない少年Aは、心の荒みと心の危うさはよく似ています。見ている私たちの息詰まる閉塞感は、それぞれの登場人物の告白によって、徐々にガス抜きされていきました。そして、ラストシーンの森口先生の「ドッカーン」という大声は、この閉じた世界が一気に開放されていく感覚になります。この爆発音は、高まった感情の行き着くところを象徴しているようです。

彼らの教室から醸し出される不気味で生々しい閉塞感により、周りの意見を鵜呑みにして、いつも周りに合わせる心理も危ういです(同調)。しかし、全く誰にも相談せず、人の意見に耳を傾けず、独りよがりになって追い込まれていく孤立の心理は、もっと危ういことが分かります。

私たちが登場人物たちから学び取り、努めていくことは、助けを求められやすいオープンな場、つまりは社会のあり方ではないでしょうか?そして同時に、助けを求めることができるオープンな心のあり方ではないでしょうか?

 

2 登場人物のそれぞれの孤立の原因、結果、改善策

 

少年B

少年Bの母親

少年A

原因

 

・溺愛による不安定な心(脆弱性)

→森口先生の娘の殺人

・「良い子」である義務感

・自分がエイズで死ぬ恐怖

・いじめのターゲットになる恐怖

・殺人者として追及される恐怖

・完璧主義

・息子の精神障害の発症

 

・虐待などの不適切な養育環境

→対人関係を築く能力が育まれていない

結果

・精神障害の発症

・無理心中(拡大自殺)未遂

・森口先生の娘の殺人未遂

・美月の殺人

・自爆による無差別殺人未遂

改善策

・父親などの家族にも打ち明ける

・スクールカウンセラーなどの社会的な支援

・ほど良い加減を目指す

・夫などの家族にも相談する

・早期の社会的な介入

・早期の母親との再会

・本人を認めていくかかわり

 


 


参考文献

「告白」(双葉文庫) 湊かなえ

「死刑でいいです」(共同通信社) 池谷孝司

「愛着障害」(光文社新書) 岡田尊司

「子ども虐待という第四の発達障害」(学研) 杉山登志郎