皆さんは、職場で「なんであの人はがんばりすぎるの?」または「なんで自分はがんばりすぎるの?」と不思議に思ったことはありませんか? 特に医療現場では献身的にがんばることが美徳でもあります。しかし、燃え尽きて、体や心を壊し、けっきょく休職してしまう人、退職してしまう人、最悪のケースとして自殺してしまう人もいます。
がんばりすぎる理由は、まず、その人のもともとのこだわりや完璧主義などの性格によるものであると考えられます。それでは、なぜそのような性格になったのでしょうか? もちろん、それはもともとその人の持っている遺伝的な特性(個体因子)であるということは言えます。しかし、それと同じかそれ以上に考えられることは、そんな性格になってしまった、またはそうならざるをえなかった生い立ちや家族関係(環境因子)です。
今回は、2010年に放映されたドラマ「Mother」を通して、このがんばりすぎること(過剰適応)の源となる家族関係、特に母性と愛着について、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
主人公の奈緒は、30歳代半ばまで恋人も作らず、北海道の大学でひたすら渡り鳥の研究に励んでいました。そんな折に、研究室が閉鎖され、仕方なく一時的に地域の小学校に勤めます。そこで1年生の担任教師を任され、怜南に出会うのです。そして、怜南が虐待されていることを知ります。最初は見て見ぬふりの奈緒でしたが、怜南が虐待されて死にそうになっているところを助けたことで、全てをなげうって怜南を守ることを決意し、怜南を「誘拐」します。そして、継美と名付け、渡り鳥のように逃避行をするのです。
奈緒は怜南に出会った当初、怜南の体にいくつものあざがあることに気付きます。さらに、同僚の教師より、度々倒れることや体の成長が遅れていることから、栄養が足りていないことが心配され、虐待の可能性が指摘されます。そして、虐待の生々しい状況が描かれます。
表1 虐待のタイプ
|
怜南の場合 |
身体的虐待 |
・体のあざ ・眼帯を巻く |
心理的虐待 |
・ペットのハムスターが知らない間に母親の恋人に殺されてしまう ・「汚い」と罵(ののし)られる ・ゴミ袋に閉じ込められて、ゴミ置き場に放置される |
ネグレクト |
・適切な食事が与えられない |
性的虐待 |
・母親の恋人に化粧やコスプレをさせられ、性的対象として弄ばれる |
このような虐待を受ける怜南は、どんな子でしょうか? 怜南は、他の子と違い、クラスの中で浮いた存在です。しかし、まだ小学1年生なのに、大人に対してはとても「良い子」なのです。その特徴を3つのポイントで挙げてみましょう。
①観察力
1つ目は、怜南はよく見ており、よく気が付くことです(観察力)。慣れない教職のストレスによる奈緒の円形脱毛に奈緒よりも誰よりも早く気付き、帽子をプレゼントします。後に、うっかりさん(奈緒の実母)に出会った時も、うっかりさんが外し忘れたクリーニングのタグをすぐに見つけます。
②過剰適応
2つ目は、周りの気持ちを見透かし、物分りが良すぎることです(過剰適応)。怜南は、母親に自分の大切な本を勝手に捨てられても、「いらない」と言います。ペットのハムスターが天国に行ったと言われたら、すぐにそれを受け入れ、何事もなかったようにしています。母親の恋人にゴミ袋に閉じ込められても、「かくれんぼしてたら、出られなくなっちゃって」と母親に笑顔を浮かべます。
そして、奈緒には、「(ママのこと)大好き。決まってるでしょ」「ホッとした?」と母親をかばいます。その後に、奈緒と逃げていて行き場を失った時には、「置いてって」「先生、我慢しなくていいよ」と申し出ています。また、奈緒の東京の実家で、育ての親や兄弟に事態がばれて揉めている時は、奈緒に「お母さんになってくれたのありがとう」「お母さんずっと大好き」と置き手紙を残し、一人で北海道に帰ろうとします。奈緒が「あの子はウソでしか本当のことが言えないの」と言います。怒ったり、弱音を吐いたり、甘えたりすることが決してないのです。
③演技性
3つ目は、相手の懐にすぐに入り、気に入られること、取り入ることに長けています(演技性)。どんな人でも、初対面で好印象を与え、すでに大人と渡り合っているのです。怜南が奈緒に「先生って面白いね」「怒った?」「私のこと嫌いなのかな?」と言い、奈緒と距離を縮めるシーンが分かりやすいです。この時、怜南は、自分と同じように生きることに満たされていない奈緒に、親しみを感じていたのでした。
このように、怜南は、よく気が利き、物分りが良く、すぐに好かれる「良い子」なのです。これは、たまたま怜南がこういう性格だったのでしょうか? 違います。怜南は、「良い子」になってしまう必然的な理由があったのです。それが、虐待です。奈緒の同僚の教師が「頼れる者が親しかいないからです」と説明しています。
怜南の母親の回想シーンで明かされたのは、虐待が始まった当初、怜南が必死になって母親の顔色をうかがっていることです。怜南の母親は、早くに夫に先立たれ、一人で仕事と育児を両立させ、心に余裕がありません。一生懸命にやっているのに、育児は思い通りには行かず、その欲求不満の矛先が、弱くて幼い怜南に向けられてしまったのです(「育児ノイローゼ」)。
例えば、不機嫌な母親に怜南が「ママ、がんばって」と励ますと、母親は、「うるさい!」と突き飛ばします。しかし、その後すぐに、びっくりした顔の怜南を見てやりすぎたと思い、「ぎゅっとしよ」と言い、抱きかかえます。人は完璧ではないので、どんな家庭でも、時に親は子どもにそのような対応をしてしまうことがあるでしょう。しかし、これがずっと続いていたらどうでしょうか? 母親は本来、どんな時も子どもにとって安心感や安全感が得られる「安全基地」であるはずです(無条件の愛情)。しかし、母親がこのように情緒不安定だと、今は機嫌の良い母親なのか機嫌の悪い母親なのかと子どもは混乱します。抱き付いた方が良いのか、それとも逃げた方が良いのかという二重の気持ちに縛られてしまいます(ダブルバインド)。
また、怜南が母親に海に連れて行ってもらい、楽しく遊んでいる時のことです。怜南が貝殻遊びに夢中になっている隙に、母親は耐えられなくなって、突然、置き去りにします。しかし、怜南は、いつのまにか母親に追い着き、肩で息をしています。怜南は、すでに見捨てられるということを察知していて(見捨てられ不安)、母親の顔や様子に敏感なのでした(観察力)。そして、興味深いのが、その直後に「ランラ、ランラ、ランラン♪~」と母親の後ろで鼻歌を歌うことです。怜南は鼻歌を歌うくらい楽しい気分だったのでしょうか? 違います。この母親に見捨てられまい、気に入られようとして、必死に取り繕い(演技性)、取り入っているのでした(過剰適応)。
このような過酷な環境の中で生き残るために見出されたのが、この「良い子」という心理です。これは、常に母親の顔色や言動を伺っている中で際立って発達してしまった能力です。ちょうど視覚障害者の聴覚が敏感になるように、虐待という環境に適応するための能力を過剰に発達させてしまったのです(代償性過剰発達)。一方、怜南のクラスメートたちは、普通の家庭で育っているため、このような発達は起きず、無邪気なままです。
実際に、子どもが怜南のような「良い子」になりやすいのは、虐待の他に、厳しすぎるしつけやスパルタ教育などの家庭環境です。親としては天塩にかけているつもりなのですが、子どもとしてはまるで物やペットのように支配されています。そこから、親の期待に応えていれば愛されるという心理が生まれます。これは、逆に言えば、自分の思いが親の期待に背いてしまえば愛されなくなるという恐怖に怯えるようになります(条件付きの愛情)。これでは、虐待と同じように、子どもに安心感や安全感が得られません。
さらには、父親の愛人問題や嫁姑問題などにより、複雑な家族の人間関係の中で育つ状況です(機能不全家族)。信頼したい親の悪口を吹き込まれることで、親を信じる方がいいのか、信じない方がいいのかというジレンマが起こりやすくなります(ダブルバインド)。これも、子どもに安心感や安全感が得られません。
それでは、そんな子が、例えば怜南が、このままの家庭環境で思春期を迎えたらどうなるでしょうか? かつて、このような機能不全家族で育った人は、「アダルトチルドレン」と呼ばれてきました。
一般的には、10歳以降の思春期になると、自分が自分であるというアイデンティティ(自己)が出来上がります。この時、自分で自分の行動を決めるようになり、親の言うことを聞かなくなります。これが一般的に言われる反抗期です。この時以降、一般的な家庭環境で育った子は、親とほどほどの心理的距離を取ります。そして、学校社会、地域社会、そして職場社会で、ほどほどの能動性とほどほどの適応性を発揮していきます。
しかし、もともと「良い子」の場合は、この能動性と適応性が両極端になり、以下の4つの特徴的なタイプになっていきます。
①ヒーロータイプ
1つ目は、そのまま「良い子」でい続ける過剰適応的で能動的なタイプ、ヒーローです。物分りの良いしっかり者から、さらには親だけでなく誰の期待にも応えようとするがんばり屋になります。しかし、そこには、純粋にがんばりたいというポジティブな感情よりも、がんばらなければ誰にも受け入れてもらえなくなるという恐怖に怯えるネガティブな感情が支配しています。だから、完璧癖(強迫性パーソナリティ)を持ってしまい、助けを求めずに抱え込んでいきます。また、頼られることで安心感が得られることが高じて、依存されることに依存するようになりがちです(共依存)。さらには、極端な正義感に駆られて暴走する場合もあります。これがまさに最初の疑問「なんでがんばりすぎるの?」の答えです。そもそも怯えからがんばっているので、満たされることはなく、延々とがんばってしまい、燃え尽きてしまいやすくなります。
表2 ヒーロータイプの二面性
マイナス面 |
プラス面 |
完璧癖 燃え尽き 抱え込み |
しっかり者 頑張り屋 |
②ピエロタイプ
2つ目は、「良い子」の見せかけ(演技性)の要素が全面に出るような過剰適応的で受動的なタイプ、ピエロです。親だけでなく、誰からも好かれようと、わざとドジをしたりボケたりして笑ってもらうのを待つピエロ、マスコット、ムードメーカーのような存在です。しかし、そこには、人を楽しくさせたいというポジティブな感情よりも、好かれなくなり誰にも相手にされなくなる恐怖に怯えるネガティブな感情が支配しています。だから、一見ノリは良いのですが、過剰に演じて、ノリが媚びになってしまい、疲れ切ってしまいます。また、表面的なので、中身がなく薄っぺらくなりがちです(演技性パーソナリティ)。
表3 ピエロタイプの二面性
マイナス面 |
プラス面 |
媚びる 薄っぺらい |
ムードメーカー ノリが良い |
③スケープゴート
3つ目は、「良い子」でいることがばかばかしくなり、その反動で「悪い子」になるという不適応的で能動的なタイプ、スケープゴートです。「良い子」をやめたからと言って、「普通の子」のようにほどほどに反抗しません。今までの恨みつらみを込めて過激に反抗します。こうして、非行に走るリスクが高まっていきます(素行障害、反社会性パーソナリティ)。極端になってしまう理由は、自分だけが不遇な生い立ちで惨めな思いをしていることに気付き、不信感や不公平感を高めるからです。そして、自分が傷付くことや損をすることに敏感になってしまうからです。さらには、その怒りの矛先が社会に向いてしまうのです。これは、まるで家族のトラブルや葛藤を本人がスケープゴート(生贄)として結果的に背負ってしまています。
しかし、同時に、この心理は、反骨精神やハングリー精神、さらには現状に甘んじることがない高い問題意識として、新しい発想や価値観をもたらす強いエネルギー源にもなりえます。
表4 スケープゴートタイプの二面性
マイナス面 |
プラス面 |
非行 反社会性 |
反骨精神 ハングリー精神 高い問題意識 |
④ロスト・チャイルド
最後は、「良い子」でいることをあきらめ、ひっそりと孤独になる不適応的で受動的なタイプ、ロスト・チャイルドです。「自分は大切にされていない」(自己否定)、「人を信じられない」(人間不信)の心理が根っこにあります。主人公の奈緒は、まさにこのタイプです。親だけでなく、誰からも愛されることをあきらめ、人となるべくかかわらず、ひっそりと暮らします(回避性パーソナリティ)。奈緒は渡り鳥の研究という自分の好きなことを見つけ、自立してマイペースに生きていました。
しかし、自立できていない場合は、引きこもりや病気に逃げ込むリスクが高まります(疾病逃避)。例えば、親のコントロールから逃れられず、唯一コントロールできるのが自分の体重であると思い込み、食事を極度に制限して拒食症(摂食障害)に陥ってしまう場合もあります。また、リストカットなどによって自分を痛み付け(自己破壊的行動)、周りを振り向かせようとします(操作性)。拒食もリストカットも、治ればもう周りが振り向いてくれないと思い込んでいるため、なかなか状況はよくなりません(回復恐怖)。さらに、特に女性は売春によって自分を安売りし(性的逸脱行動)、刹那的な生き方をしてしまいます。
表5 ロスト・チャイルドタイプの二面性
マイナス面 |
プラス面 |
孤独 引きこもり、疾病逃避 操作性 |
マイペース |