【1ページ目】2011年 映画「海を飛ぶ夢」安楽死とは?

実話だからこそ伝わる真実―もしもあなたの大切な人が生きることを諦めたら?

実話だからこそ伝わる真実―もしもあなたの大切な人が生きることを諦めたら?

安楽死は日本でも古くからある社会的なテーマで、森鴎外の「高瀬舟」などが有名です。また、「苦しそうだから死なせてやろう」という本人の死ぬ意思の確認のない慈悲殺とイメージが重なってしまうこともあり、よりいっそう私たちは安楽死という言葉の響きに後ろめたさを感じてしまうのも事実です。
この映画は、安楽死を願う四肢麻痺の主人公の生き様とその家族や恋人たちなどの周りのかかわりをストレートに描いた実話に基づくドラマです。主人公の死を望む気持ちが、穏やかで揺るぎないものであればあるほどほど、家族は受け入れ難い葛藤で揺れます。そして、私たちが主人公と同じ目線に立てば立つほど、私たちの心も揺れていきます。

日本の自殺率は先進国で長年トップクラスというありがたくない記録を更新しており、自殺に手を貸す(自殺幇助)という安楽死について、私たちが独りよがりになって感情的にタブー視せず、いっしょになって理性的に向き合うのは意味のあることではないでしょうか?

自殺念慮―なぜ生き生きと死を追い求めるのか?

自殺念慮―なぜ生き生きと死を追い求めるのか?

主人公のラモンは、青春時代、船乗りとして世界中を旅して、多くの女性たちと情熱的な出会いをしてきました。そんな彼にとっては、生きること=人生を楽しむ自由があることでした。しかし、25歳のある時、彼に悲劇が襲いました。人生の最高潮にいる彼は、婚約者の目の前でかっこいいところを見せるために、海辺の高い岩場から海面に飛び込みました。そして、引き潮に気付かず、浅瀬に激突し、首の骨を折ってしまったのでした。その後は、首から下の全身の自由を完全に奪われて、寝たきりになってしまいます。彼は、婚約者に一方的に別れを告げ、その後は実家で家族に支えられ、静かに暮らすことになります。海まで自由に飛び回れるという想像力だけを残して。

身の回りの介護は、母親の死後、義姉である兄嫁が献身的に続けます。排泄の処理だけでなく、床ずれを防ぐため3時間ごとに姿勢を変えることまでやっています。体の自由を奪われて26年経った51歳の時、彼は意を決します。死を持って自分の運命に折り合いをつけようとしたのです。彼の死を望む理由は、「尊厳がないから」でした。彼にとっての尊厳、つまり自分らしさとは自立していること、自分で自分をコントロールできることだったのです。そして、自分らしく生き抜くため、死ぬことに一生懸命になっていくのでした。

スピリチュアルペイン(実存的苦痛)―存在していることへの心の痛み

スピリチュアルペイン(実存的苦痛)―存在していることへの心の痛み

彼は自らをこう形容します。「死んだ体にくっついた生きた頭」と。また、「なぜいつも笑顔なの?」と尋ねられた彼が、「人の助けに頼るしか生きる方法がないと自然に覚えるんだ」「涙を隠す方法をね」と答えるシーンは印象的です。彼の精神的な苦痛や苦悩を一言で物語っています。実話で明かされていることとして、母親がラモンの近くで倒れた時、動けないラモンは母親が死んでいくのをただ見守っていることしかできなかったことがありました。万能であった彼にとって無能で無力な状態に置かれることは惨め過ぎて耐えられなかったです。彼にとってのその後の人生は、動かない肉体に心を囚われ、飼い馴らされて生き続けるという生き地獄だったのでした。

そして、死とは、囚われの身から解放されることなのでした。「唯一、死が自由をもたらしてくれる」と確信しているのです。
このように、人生や存在していることに対する無価値感、家族などの他者への依存や罪悪感などから生まれる心の痛みは、スピリチュアルペイン(実存的苦痛)と呼ばれます。体の痛みとは違い、癒すのには一筋縄ではいかないようです。