連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2021年5月号 アニメ「インサイドヘッド」【続編・その2】意識はどうやって生まれるの?

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・舞台装置(バーチャルリアリティ)
・クオリア
・統合情報理論
・モニター装置(ワイプ画面)
・自己意識
・自己意識の障害(自我障害)
・解釈装置(解説者)
・概念化
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意識はどうやって生まれるの?-脳の正体

意識とは、主役ではなく観客であり、意思決定は脳活動の多数決であるという衝撃の事実が分かりました。それにしても、私たちはなかなかそう思えません。なぜなら、私たちの意識は、まさに自分が現実の世界を感じて、自分が自分であり、自分が決めている(自由意志はある)と確信してしまっているからです。それでは、私たちの意識はどうやって脳にそう思い込まされているのでしょうか?

ここから、ライリーの頭の中の3つの装置から、脳の正体を解き明かし、意識がどうやって生まれるのかを見てみましょう。

①舞台装置-「バーチャルリアリティ」によって現実の世界をそのまま認識していると思い込ませる

5人の小びとたちが常に見てるのは、感情操縦デスクの目の前にあるスクリーンです。よくよく見ると、まぶたの形をしています。また、小びとたちは、ライリーに思い出してほしい記憶をそのつど思い出ボールからスクリーンに映し出し、重ね合わせます。つまり、ライリーが見ているのは、まぶたを通した外の現実そのものではなく、小びとたちによってつくられた脳内のスクリーン(バーチャルリアリティ)であるということです。

1つ目は、舞台装置です。意識が見ているのは、現実そのものではなく、脳がつくった舞台(バーチャルリアリティ)であるということです。この舞台装置によって、現実の世界をそのまま認識していると思い込まされています。つまり、私たちが、現実であると思って見ている世界は、実は脳がつくり出しているということです。私たちは、目でものをそのまま見ているのではなく、脳内の視覚野(後頭葉)の小さな小びとたち(ニューラルネットワーク)が反応することで、すでにモデル化(学習)されたもの(脳内モデル)と同じ「コピー」を見ています。

これは、実際に、様々な現象で実感することができます。例えば、私たちは、寝ている時に色鮮やかな夢を見ることがあります。その間は、あたかも現実の世界にいるように感じていますが、その世界は、完全に脳がつくり上げた疑似的な世界(バーチャルリアリティ)です。

だまし絵(錯覚)もそうです。これは、「遠くのものは小さいはず」という遠近法の脳内モデルに影響されています。また、盲点は、月が17個分入るほどの大きさであるにもかかわらず、普段全く気づかないのは、そのバーチャルリアリティ(VR)を、あたかも拡張現実(AR)のように補完して、盲点を埋め合わせる脳内モデルが働いていることが考えられています。

ちなみに、色について言えば、赤と紫は、目に見える光波長の上限(赤外線)と下限(紫外線)の両極端です。しかし、この2つの色は私たちには近い色として感じられます。そのわけは、このどちらの色の果ての光波長にも網膜の細胞(錐体細胞)が反応しなくなるという生理的な特性としては共通しているからであると考えられています。この点で、色は、あくまで脳がつくりだしたものであることが分かります。

逆に言えば、脳内モデルを学習していなければ、目に問題がなくても、脳で見えないという現象が起きます。これは、子ネコを縦縞の環境で育てる実験で確かめられています。子ネコを生後からずっと縦縞の模様の円筒の部屋に入れて育てます。首にはエリザベスカラーを付けて、ネコが自分の体を見えないようにします。すると、5か月後に、様々な角度の線分に対しての脳内の視覚野の神経細胞の反応を調べたところ、垂直の角度に近ければ近いほどより多く反応する一方、水平の角度には全く反応しないという結果が出ました。そして、実際に、その子ネコは、横向きに置かれた棒切れにつまずいてしまうことから、縦長のものは見えても、横長のものは見ることができないことが考えられました。

この点で、人間の赤ちゃんも、生まれたばかりだと、目の前のものがほとんど見えず、ほとんど聞こえず、痛みなどもほとんど感じないということが言えるでしょう。脳はどうやって見るか、どうやって聞くか、そしてどうやって痛がるかを学習する必要があると考えられています。なお、映画の演出上、ライリーは、生まれたてでも、ママとパパが見えて聞こえているように描かれています。

一方で、例えばデートで夕日を眺めるような生き生きとした感覚(クオリア)を体験する状況を考えてみましょう。これは、そのような現実を実際に体験しているのではなく、学習済みの脳(舞台装置)によってつくられたバーチャルリアリティにドキドキ感(新奇希求性)が追加された体験をさせられているだけであると言えるでしょう。

逆に、この脳内の舞台装置は誤作動を起こす可能性があると考えれば、逆に生き生きとしていない、つまり現実感がない感覚(離人症)があるのも納得が行きます。そして、言葉に色や味を感じる共感覚、誰もいないのに声が聞こえてくる幻聴(統合失調症)、見えている世界が揺らぐ意識変容(せん妄)などの精神症状も、それほど不思議な現象ではないことが分かります。さらに、痛みは皮膚ではなく脳で感じていると考えれば、原因不明の痛みを訴える慢性疼痛(身体症状症)や、下肢切断後に下肢の痛みを訴える幻肢痛(ファントムリム)などの身体症状も不思議でないでしょう。

ちなみに、先ほどご説明した脳の反応から意識に上がるまで0.3秒のタイムラグがあるのは、この脳内バーチャルリアリティという意識をつくるために、ニューラルネットワークがいったんつながり切るまでに時間がかかるからであると考えられています。これは、意識とは視床と大脳皮質の間のニューラルネットワークの情報が統合される状態であるからと考えられています(統合情報理論)。つまり、現実の世界を感じさせる舞台装置は、脳のある部位で生まれるのではなく、脳全体のネットワークで生まれるということです。

なお、夢の詳細については、以下の関連記事をご覧ください。

>>★【夢のメカニズム】※2017年4月号 アニメ映画「パプリカ」–夢と精神症状の違いは?