連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2021年9月号 映画「キッズ・オールライト」【その1】どうしても生みの父親を知りたい? それぞれの利害は?【精子提供】

精子を提供された親の心理は?

一方で、精子を提供された親の心理とはどういうものでしょうか? ここからその心理を大きく3つあげてみましょう。

①精子提供はなかったことにしたい-保守的な認知

2人の母親のニックとジュールスは、ジョニとレイザーに精子提供の事実をすでに伝えていましたが、日常生活の中では、話題にしたがらなかったようです。実際に、ジョニは、その気持ちを察して、レイザーから精子ドナーの問い合わせをせがまれた当初、「ママたちが傷つくし、面倒なことは嫌」と言っていました。

1つ目の心理は、精子提供はなかったことにしたいと思うことです。これは、精子提供の事実を突き詰めていくと、「普通」ではない親子であることを認めることになり、子どもが今までと同じように接してくれなくなるのではないかと怖れるからです。この根っこには、普通が良い、他の人と同じ方が良いとつい思ってしまう保守的な認知があります。すでに、ニックとジュールスは、レズビアンであることもあり、「普通」かどうかについては敏感でしょう。そして、「普通」ではないことで、家族関係が壊れてしまうのではないかと怖れてもいます。

さらに、この保守的な認知は、隠せるものなら隠しておきたいと思う心理にも発展します。レズビアンカップルや選択的シングルマザーであれば、その子どもが父親のいないことに自然と疑問を持つので、必然的にその真実を迫られます。一方、精子を提供された不妊夫婦は、母親と父親としてもともといるので、その子どもが積極的に疑問を持つことはなく、真実を迫られることはありません。このような事情から、日本では、実際にいまだにその真実を隠そうとする風潮があります。

彼らは、現実と向き合う苦しみから子どもを守るために秘密にするのだと言います。つまり、子どもを傷つけないためだという理屈です。しかし、これは、同時に、自分たちが傷つきたくないという思いも見え隠れします。つまり、父親が精子ドナーであることは子どもも自分も普通ではないと思われる(普通ではないと自分が思っている)というとらわれです。

この理屈は、日本でも、初期の不妊夫婦への精子提供でまかり通っていました。当時の精子提供の条件は、当事者がその事実を秘密にすることでした。不妊夫婦は、ただでさえ子どもができないことに引け目があります。この口止めの条件は、不妊夫婦にさらに負い目を植え付けます。精子提供は不幸であるというレッテル貼りです(ラベリング)。そして、夫婦の自尊心を下げて、保守的な認知にさせることで、秘密保持を助長しています。

しかし、実際には、隠した期間が長ければ長いほど、ばれた時の子どもへのダメージはより深刻になります。また、死ぬまで隠し通せればいいと思うかもしれませんが、現実的には、隠し通すことへの罪悪感やいつばれるかという恐怖感から、やはり子どもへの親の接し方が不自然になってしまいます。また、父親と子どもの血液型が一致しないことが後々に判明したり、父親または子どもが遺伝疾患を発症したことで血のつながりを曖昧にできなくなったりすることもあります。最悪のシナリオは、最後に親が隠し通す重荷に疲れてやけになったり、親の離婚をきっかけに、その秘密を突然漏らしてしまうことです。

この親の心理は、真実をきちんと教えてほしいと思う子どもの心理とは真逆です。

②精子ドナーを知らないでほしい-親アイデンティティ

ニックとジュールスは、子どもたちが自分たちの知らないうちに精子ドナーに会ったことを知り、表向きは理解をしようとしつつ、2人きりになると「「生物学的な父親だけど不愉快でむかつく」と打ち明けます。

2つ目の心理は、精子提供の事実を伝えたとしても、ドナーを知らないでほしいと思うことです。これは、精子ドナーの身元や実体が明らかになると、自分たちが築き上げた親の地位が脅かされると思ってしまうからです。この根っこには、自分たちだけが親であると思いたい親アイデンティティがあります。そもそも、4人家族とは言え、ニックとレイザー、ジュールスとジョニには血のつながりがありません。一方で、精子ドナーであるポールは、ジョニとレイザーの両方に血のつながりのある点で、脅威なのです。そして、育ての親としての親アイデンティティが揺らいでしまうのです。

精子を提供された夫婦にとって、生まれた子どもは、「半養子」と呼ばれることがあります。特に血のつながっていない父親としては、子どもを「実子」と思いたいがために、子どもが精子ドナーの身元や実体を知らないままでいてほしいと思うのです。

この親の心理は、自分のもう半分のルーツを知りたいと思う子どもの心理とは真逆です。

③精子ドナーとかかわってほしくない-子育ての私物化

ニックとジュールスは、「子どもたちとの時間を誰にも奪われたくない」と言います。ただ、子どもたちへの配慮から、1回だけと決めて、家族4人で精子ドナーのポールと食事をするのです。しかし、ニックは、ポールを目の前にして、表向きは穏やかでも、引きつった笑顔でポールのプライベートを根掘り葉掘り聞き出し、問い詰めます。そして、ポールから冗談交じりに「主席尋問官みたいだね」と言われてしまうのです。

3つ目の心理は、精子ドナーを知ってしまったとしても、かかわってほしくないと思うことです。これは、精子ドナーと子どもたちを引き合わせてしまったら、子どもたちが精子ドナーから影響を受けてしまうと思うからです。この根っこには、子育ては自分たちだけでやりたいと思う子育ての私物化があります。

さらに、この子育ての私物化は、精子ドナーを敵視する心理にも発展します。生みの親(精子ドナー)は、子どもからすれば自分のルーツとして必要不可欠な存在です。一方で、精子を提供された親からすれば、お互いに匿名化された存在であるはずです。もっと言えば、精子を提供されたあとは不要な存在です。そんな存在がいきなり現れたら、心地良くは思わないでしょう。

この親の心理は、生みの親にも自分の存在を認めてほしいと思う子どもの心理とは真逆です。