連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2021年9月号 映画「キッズ・オールライト」【その1】どうしても生みの父親を知りたい? それぞれの利害は?【精子提供】

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・精子バンク
・生殖補助医療法
・出自を知る権利
・アイデンティティ
・子育ての私物化
・生殖心理
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みなさんは、もしも今、実は自分が精子バンクから提供された精子によって生まれたと知らされたら、どう思いますか? 率直になんでと思いませんか? そして、じゃあ自分が半分受け継いだ生みの父親、つまり精子ドナーは誰なのと思いませんか? そもそも、もっと早くに親から教えてほしかったと思いませんか?

このように、精子提供によって生まれた子どもがその事実やそのドナーを知る権利は、生殖補助医療で生まれた子どもの出自を知る権利と呼ばれています。2020年に生殖補助医療法が成立し、精子を提供された夫婦と生まれた子どもの親子関係を明確化した一方、この出自を知る権利を保障する法案は、持ち越されたままになっています。なぜ法整備がなかなか進まないのでしょうか?

これらの答えを探るために、今回は、ヒューマン映画「キッズ・オールライト」を取り上げます。レズビアンカップルと精子ドナーから生まれた子どもたちの親子関係が描かれ、一見特殊なケースのように思われますが、精子を提供された不妊夫婦や特別養子縁組(実子扱いになる養子縁組)を利用した夫婦の心理に重なる面を考えれば、それほど特殊ではないことに気づきます。

この映画を通して、今回は、その1で、精子提供によって生まれた子どもの心理、精子を提供された親の心理、さらには精子ドナーの心理をそれぞれ掘り下げます。その2で、彼らのそれぞれの心理をから、生殖ビジネスの、ある「不都合な真実」を明らかにします。そして、その3で、その「不都合な真実」を踏まえて、その子どもは、そして国はどうすればいいのかをいっしょに考えます。

精子提供によって生まれた子どもの心理は?

18歳のジョニと15歳のレイザーは姉と弟。彼らには、2人の同性婚のレズビアンの母親がいます。精子バンクから同じドナーの精子を提供されて、ジョニは母親のニックから、レイザーは母親のジュールスからそれぞれ生まれました。彼らは、母親が2人で父親はいないですが、叱られたり反抗したりと親子げんかをしながらも、ごく普通の家族として仲良く4人で暮らしてきました。しかし、思春期になった彼らは、精子提供によって生まれた事実によって、彼らならではのある葛藤が生まれます。

まず、彼らのその心理を大きく3つあげてみましょう。

①真実をきちんと教えてほしい-信頼関係

ジョニとレイザーは、物心ついた頃から、母親が2人いて父親がいない自分たちの家族は、他の家族とは違うことに気づいていました。そして、ニックとレイザーは、早い段階で、2人の母親から、精子ドナーによってそれぞれ生まれたと知らされたことが想像できます。

1つ目の心理は、なんで精子提供によって生まれたのか、その経緯をはじめとする真実をきちんと教えてほしいと思うことです。これは、親子の基盤となる信頼関係です。特に子どもの出自に関する事実はなおさらです。

逆に言えば、真実を隠してしまえば、それが後々にばれた場合、親子の信頼関係が大きく揺らぐでしょう。この問題の本質は、実の父親が精子ドナーであったことではなく、その父親が精子ドナーであったことを隠し続けてきたこと、つまり親が子どもの出自について重大なウソをついていたことです。現在では、DNA鑑定などの科学技術の進歩によって、誰でも自分の遺伝情報を知ることができる時代です。育ての父親と自分に血のつながりがないことがすぐにはっきりしてしまいます。

②自分のもう半分のルーツを知りたい-アイデンティティ

未成年の弟レイザーの懇願もあり、成人になった姉ジョニは、精子バンクの会社に問い合わせて、精子ドナーと連絡を取り合います。そしてレイザーといっしょに精子ドナーであるポールに会うのです。初対面で、ジョニは、ポールに好印象を持ちます。一方、レイザーは話が噛み合わず、期待していた展開と違っていたことにがっかりするのでした。

2つ目の心理は、精子ドナーはどんな人なのか、つまり自分のもう半分のルーツを知りたいと思うことです。これは、思春期に確立するアイデンティティです。それは、自分の半分が、お金で買った精子というモノではなく、人として確かに存在していると実感することです。さらには、自分と似ているのかという好奇心や、男親への理想化や憧れもあるでしょう。

逆に言えば、自分のもう半分のルーツが分からなければ、アイデンティティが定まらなくなるでしょう。実際に、これまで日本では、精子ドナーが匿名で集められてきた長い歴史があり、精子ドナーを特定しようがありません。少ないながらも、近親婚のリスクもあります。自分が結婚する時に、その葛藤や差別に悩むかもしれません。

さらに、これまでの人生がうまく行っていない場合、その原因を「自分のもう半分が分からないからだったんだ」と決め付けて責任転嫁をしてしまい、自分の責任として人生を良くして行こうとしなくなる危うさもあります(認知的不協和)。

③生みの親にも自分の存在を認めてほしい-自尊心

レイザーは、ポールのマイペースさに最初はがっかりしていましたが、繰り返し会ううちに、親しみが沸いてきます。そして、ついに「なんで精子を提供したの?」「いくらだったの?」とストレートに質問します。最初、ポールから「献血よりおもしろいと思ったからだよ」「いやあ、人の役に立ちたかったし」「報酬は60ドルくらい」と説明され、またがっかりします。しかし、最後にポールから「でも、やって良かったよ」とひとこと言われて、レイザーはようやくほっとするのでした。

3つの目の心理は、自分は望まれて生まれたのか、つまり生みの親にも自分の存在を認めてほしいと思うことです。これは、自分のルーツである生みの親からの受容による自尊心です。もちろん、育ての親からすでに受容されていますが、さらには生みの親にも「あなたの精子が自分になったんです」と自分の存在を突きつけることで、自分の存在を受け止めてほしいと思うことです。

逆に言えば、生みの親に自分の存在を認めてもらえなければ、自尊心が不安定になるでしょう。