連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2024年3月号 映画「バッド・ジーニアス」学歴社会を引っくり返す!?-「カンニング教育革命」

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・ICT(情報通信技術)
・カンニングビジネス
・教育の平等
・身分社会(アリストクラシー)
・学歴社会(メリトクラシー)
・機会の平等
・結果の平等
・真の民主社会(デモクラシー)
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みなさんは、試験でカンニングをするのはけしからんと思いますか? なぜでしょうか? ずるくて不公平だから? それでは、試験を課す学歴社会の方が実は不公平だとしたら、どうでしょうか? そして、もしも絶対にバレないカンニングができるとしたら? さらに、実はみんなすでにこっそりやっているとしたら???

今回は、カンニングをテーマに、映画「バッド・ジーニアス」を取り上げます。この映画を通して、文化進化の視点から、生成AIをはじめとするICT(情報通信技術)の高度な進歩によって、もはやカンニングが取り締まれなくなったら、学歴社会はどうなるのかを予想します。そして、カンニングをしても意味がなくなるようなこれからの教育のあり方、名づけて「カンニング教育革命」をいっしょに探ってみましょう。

カンニングはどこまでハイテク化したの?

主人公のリンはタイの女子高校生。けっして裕福ではない父子家庭で育ちながら、成績が抜群に優秀だったため、特待奨学生として名門校に入学します。そこで人当たりの良いグレースと友達になります。グレースは勉強が苦手であったため、リンが家庭教師を引き受けることになります。しかし、テストでは、グレースは苦戦してしまい、前の席に座っていたリンはつい消しゴムに答えを書いて教えてしまうのです。この一件から、カンニングの手助けを希望するクラスメートがどんどん増えていきます。やがてリンたちは、アメリカの大学入学統一試験でハイテクも駆使して、世界を股にかけた「カンニングプロジェクト」をもくろみます。

カンニングとは、試験で不正に答えを知ることです。古くは、中国の科挙まで遡ります。当時は、答えとなる聖典がびっしりと下着に書かれていました。このような歴史的な背景から、現在の中国でも超小型カメラ内臓の眼鏡や腕時計、金属探知機にも反応しない超小型イヤホンまでもが出回り、カンニングが闇ビジネスと化しています。そして、たびたび摘発されています(*1)。まさに、スパイさながらです。

韓国でも、2009年にアメリカの大学入学統一試験(SAT)で、問題用紙がタイで持ち出され、時差によってアメリカにいる韓国人の受験生たちにその正解を流出させる事件が発覚しました(*2)。これが、この映画のモチーフとなっているようです。

スウェーデンでは、2016年にテレビ番組のレポーターが潜入取材としてカンニングビジネスの犯罪グループに接触し、渡された超小型イヤホンを使うことで、実際の大学入学試験でほぼ満点を取ったことがテレビで放映されました(*3)。しかし、振り込め詐欺と同じように、捕まえられたのは「受け子」(お金の受け取り役)だけで、犯罪グループの全容は突き止めることができませんでした。

なお、直接的なカンニングではありませんが、アメリカでは、2019年に一流大学の関係者を組織的に買収するという不正入学事件が起き、30数人の裕福な親が起訴されました(*4)。その1人には、ドラマ「デスパレートな妻たち」の主演女優もいて、話題となりました。

日本でも、2011年に京大をはじめとする4つの大学の入試問題が、携帯電話のメール機能によってヤフー知恵袋に投稿され、試験中に解答された事件がありました。2022年には共通テストの問題が試験中にスマホで撮影され流出した事件がありました。

このように、たびたびニュースになっていますが、ICTが高度に進歩してしまった現在、これらの事件は氷山の一角でしょう。

なんでカンニングに加担するの?

リンたちが、アメリカの大学入学統一試験の正答の情報を流出させようとするシーンは、まさにスパイ映画を見ているようでスリリングです。カンニングを望む心理はよく分かるのですが、一方で、なぜカンニングに加担してしまうのでしょうか?

ここで、その心理を大きく3つあげてみましょう。そして、実際のカンニングビジネスの協力者の心理に迫ってみましょう。

①友達ほしさ

リンは、最初、本当にグレースを助けたいという純粋な思いで、つい答えを教えてしまいました。しかし、リンの彼氏からも手助けをお願いされてしまい、断れなくなくなります。リンは、グレース以外に友達がいなくて、カンニングによってでも、グレースとの関係をつなぎ留めておきたかったのでした。

1つ目は、友達ほしさです。やがて、他のクラスメートたちからもカンニングの手助けをお願いされるようになり、ちやほやされます。リンもまんざらではありません。これは、承認の心理です。

②お金ほしさ

グレースの彼氏は、裕福であったことから、大金を提示して、カンニングをビジネスにすることをリンに持ちかけます。決して裕福ではないリンは、その儲け話に乗ってしまいます。そして、手に入れたお金で父親に高級なシャツをプレゼントするのです。

2つ目は、お金ほしさです。特にタイでは貧富の差が大きく、お金のある人がお金のない人を搾取するという格差の問題としても描かれています。

実際のカンニングビジネスにおいても、協力者たちはバレるリスクに見合う相当の大金が手に入るでしょう。

③役割ほしさ

リンは、学校でカンニングに加担したことがバレて、奨学金や留学のチャンスを取り消されます。父親から「まともに育てられないなら、借金する意味がない」「留学はあきらめろ。どこにも行かず、ここにいろ(大学には進学せず地元で就職しろ)」と言われて、泣き崩れます。しかし、その後に再びグレースたちから、今度はアメリカの大学入学統一試験のカンニングの協力を持ちかけられます。リンは、カンニングの新しいアイデアを思いつき、彼女の死んでいた目が再び輝きを取り戻していくのです。

3つ目は、役割ほしさです。これまでずっとリンは勉強ができることが唯一の取柄で、勉強ができることが彼女のすべてになっていました。しかし、進学の道が断たれてその能力を生かせず、悶々としていました。そんななか、その能力を発揮するチャンスが巡ってきたのでした。これは、アイデンティティの心理です。

実際のカンニングビジネスにおいても、確実に合格点を取る協力者がいるわけですが、よくよく考えると、タイのような発展途上国でなければ、そんなに勉強ができる人は、表社会でエリートになっていそうです。それなのに、犯罪に手を染めてしまうのは、実は勉強ができるからと言って、必ずしも仕事ができるとは限らないということが分かります。

アメリカの研究においても、IQ 135以上の「極めて優秀」とされる約1500人を子どもの時から60年にわたって調査した結果、大多数が「普通」と呼ばれる仕事に就き、期待外れの仕事をしていたとの結果が出ています(*5)。この原因として、脳の機能はトレードオフ(一得一失)の関係にあるため、認知能力(システム化脳)が高すぎると、その分、社会的コミュニケーション能力(共感脳)が低くなってしまうことが考えられます(ゼロサム説)。例えば、驚異的な記憶能力を発揮する人(サヴァン症候群)の多くは、非定型発達(自閉スペクトラム症)であることが分かっています。つまり、世の中には勉強しかできない人たちが一定数いるわけです。

お金ほしさに加えて、この勉強ができるという役割(アイデンティティ)がほしいために、カンニングビジネスに「優秀」な協力者がいるのです。彼らが、まさにこの映画のタイトルの「バッド・ジーニアス」と言えるでしょう。

なお、システム化脳と共感脳におけるゼロサム説の詳細については、以下の記事の最後をご覧ください。


>>【システム化脳と共感脳におけるゼロサム説】