【1ページ目】2011年 小説「トカトントン」条件反射とは?

ユーモラスで奥深い作品

太宰治の短編小説であるトカトントンは、タイトルからして軽やかでユーモア溢れています。しかし、同時に、主人公の内面を読み解いていくと、実は奥の深い作品であることにも気付かされます。 ストーリーは、除隊後のある田舎のしがない郵便局員の若者が、ある作家に宛てた悩み相談の手紙の形をとって進みます。

支配観念―軍国主義という熱狂

時は敗戦直後。兵舎の広場でラジオから玉音放送が流れ、厳粛で悲壮感が漂う雰囲気の中、軍人から集団自決の覚悟が口にされます。戦争の熱狂がまだ冷めやらぬ中で、その場にいた入隊中のその若者は、「からだが自然に地の底へ沈んで行く」という感覚に囚われ、「死ぬのが本当だ という決意を固めていました。追い込まれた絶望や潔さから来る一つの答えです。 その直後、遠くの方からかすかに金槌で釘を打つ音が鳴り響いてきました。「トカトントン と。厳かなムードを吹き飛ばす能天気で間抜けな音です。すると、その瞬間です。主人公の世界は反転し、色褪せます。そして、白々しくバカらしい気分になってしまったのです。まるで沸騰していた頭に冷水を浴びせられたように、一気に冷めてしまい、もうどうでもよくなったのです。後に彼が告白する「ミリタリズム(軍国主義)の幻影」という熱狂が冷めて、そして目が覚めた瞬間でした。 当時の日本は、戦争に勝つことが全てという軍国主義による国家レベルの熱狂に支配されていました。このように、強い感情に結びついて頭の中を支配する考えは、支配観念と呼ばれます。例えば、熱愛中のカップルがお互いのことで頭がいっぱいになることや、熱狂的なスポーツファンがひいきチームの応援に明け暮れることなどです。支配観念の内容は、妄想というほどとっぴで不合理ではないのが特徴ですが、妄想との密接なつながりがあります。また、カルト宗教などでよく悪用される手口であるマインドコントロール(洗脳)に発展する可能性を秘めています。だからこそ、宗教勧誘の鉄則は、弱っている心にすかさず感情的に働きかけることになります。

幻聴―聞こえるはずのない音

その後は、平穏な生活を送れるかと思いきや、気分が高揚したり緊迫したりして最高潮になるたびに、トカトントンという幻聴が聞こえてくるようなったのです。そして、その直後に一瞬で気持ちが萎えて醒めてしまい、我に返るという奇妙な症状に悩まされるようになります。書きしたためていた軍隊生活の追憶記の完成を真近にトカトントン。仕事に熱中してトカトントン。デートのクライマックスでトカトントン。社会運動に感極まりトカトントン。マラソンランナーに感動してトカトントン。やがては、死のうと思ってトカトントン。今まさにこの手紙を書いていてトカトントン。そして、主人公は作家に教えを請います。「この音は、なんなんでしょう 「この音からのがれるには、どうしたらいいのでしょう」と。