【1ページ目】2012年12月号 映画「折り梅」認知症とは?

「もう何度言ったら分かるの!?」

 映画「折り梅」

みなさんは、認知症の人の介護にかかわる時、「もう何度言ったら分かるの!?」と堂々巡りになったことはありませんか?認知症は誰でも、そしていつか自分もなり得る病です。しょうがないと私たちは頭では分かっています。しかし、実際に認知症の人を目の前にして、気持ちでは優しくなれない時があるかもしれません。そんな時、私たちはその人をどう見たらよいのでしょうか?そして、どう接したらよいのでしょうか?

この認知症の人へのかかわり方について、介護者の目線で、身近にそして分かりやすく考えていくために、今回、映画「折り梅」を紹介します。現在、本作品は販売中止となっていますが、ツタヤの大型店舗などでのレンタルは可能です。また、インターネットによるレンタルもご利用いただけます(Amazonプライム・ビデオ)。この映画の原作「忘れても、しあわせ」(小菅もと子、日本評論社、1998年)は、もともと介護をしていた主婦の実話をもとにした著書であることもあり、それぞれのシーンが私たちの家庭での日常風景そのものです。そこから、認知症の人を介護する家族の大変さや割り切れなさだけでなく、同時に受け入れる喜びも、ありのままに私たちに伝わってきます。

また、映画の前半と後半で、認知症になったおばあちゃんへの家族のかかわり方が大きく変わっています。ストーリーを追いながらその違いを見つけ、認知症の人へのより良いかかわり方をいっしょに考えていきましょう。

初期症状―最初は気付かれにくい

主人公・巴(ともえ)の義母は、夫に早くに先立たれ、団地で独り暮らしをしていました。同じ団地で仲が良くて世話を焼いている人がいて、寂しくはありませんでした。しかし、その人が施設に入ってしまい、義母は一人ぼっちで寂しくなってしまいます。そんな時、巴とその夫は、自分たちの家族と同居しようと勧めます。巴の家族は、夫、中学生の娘、小学生の息子の4人住まいです。パートタイマーとして働く巴は、義母に家事を手伝ってもらい生活を楽にしようという思惑もあったのでした。

ところが、同居して3か月ほど経つと、義母の様子がおかしくなっていきます。毎回、「これ使って」と言い、まだ使っているシーツを次々と縫って雑巾にしていきます。また、「やってやるよ」と意気込んでゴミ捨てに行ったのはよいのですが、ゴミ置き場が分からず、向かいの隣人の玄関にゴミを置き、隣人には嫌がらせと誤解され、巴は苦情を言われます。

義母は、家族の役に立ちたいという気持ちが強かっただけに、空回りするもどかしさや、巴に強く当たられた腹立たしさから、ご飯を床にぶちまけてしまいます。巴は、てっきり、嫌がらせをされているのだと思い、義母を完全に厄介者扱いするようになるのでした。

認知症のなりかけの時期(初期)は、本人がしっかりしている部分が残っており、認知症だと気付かれにくいことがあります。もともとの性格が際立っていき、ひがみっぽくなったり、意地が悪くなったり、ケチになったり、物をためこむようになったり、怒りっぽくなったり、逆に沈みがちになったりするなどの症状があります(性格の先鋭化)。しかし、家族にはもともとこんな性格なんだと決めつけられるだけのことがあります。見極めのポイントとして、もともとその人がどんな人だったのか、極端に変わってきたかどうかに目を向ける必要があります。

発症のきっかけ―生活環境の変化

困っていた巴は、パート先の同僚に教えられます。「あれ(認知症)は急に環境が変わった時に始まるんだってよ」と。何事も1人でこなす住み慣れた団地暮らしから、息子宅に同居するという生活に一変したことで、義母は今までできていたことができなくなり、今まで分かっていたことが分からなくなっていくのでした。認知症は初期であれば、もともとの環境に適応し続け、症状が目立たずにやっていける場合があります。ところが、環境が大きく変わってしまうと、環境の変化に合わせられず、認知症の進行を早めてしまいます。

特に、介護施設への入所や病院に入院する場合は、大きな環境変化であるため、かかわる私たちは、認知症を発症しないか注意深く見守る必要があります。そして、家族には、認知症が発症したり進行してしまう恐れがあることを十分に説明する必要があります。

中核症状―核になる症状

中核症状―核になる症状

義母が友人へ手紙を書き綴るシーンで、「私は毎日、何もすることがなくてどんどんバカになって」と書いているうちに、「バカ」という字が書けないと物忘れ(健忘、記憶障害)を自覚します。また、巴に「買い物の帰りに迷子になる」と指摘されていますが、今がいつでここがどこなのか見当がつかなくなっていきます(場所と時間の見当識障害)。さらに、パン屋に行けば、菓子パンを30個買うなど目的に合った行動ができなくなります(実行機能障害)。やがては、動物園に行った時、鏡に映った来園者をヒトであるとするジョークの場で、義母は「あのバアさん、私のことジロジロ見るんだよ」と言い、鏡に映った自分自身を理解できなくなるのでした(鏡現象、自己の見当識障害)。

これらの症状は、主に記憶や理解に関係しており、認知症の核となる症状(中核症状)です。

周辺症状―中核症状から広がっていく症状

周辺症状―中核症状から広がっていく症状

認知症が進んでいくに従って、実は症状は何でも起こりえます。脳が縮んだり(全般性脳萎縮)、脳の血管が詰ったりすることで(梗塞巣)、脳の至るところで働きが悪くなっていくわけで、何が起きても不思議ではありません。ここからは、中核症状から広がっていく症状(周辺症状)を見ていきましょう。

まず、家族の団欒であるはずの食事の場面で、義母が大皿の食事を丸ごとがつがつと食べるシーンです。食欲などの欲求が抑えられないのです(脱抑制)。病院に連れられる中、巴には「私は病気じゃありません」と声を荒らげる一方、いざ診察の場面になると義母はいい子ぶります(取り繕い反応)。これはもともとの自尊心によるもので、これでは一見何の問題もないように思われてしまいがちです。医師は、記憶検査(認知症スクリーニング検査)、認知症により日常生活がうまくいっていないという家族の意見(臨床症状)、そして画像検査も踏まえて総合的に評価して、アルツハイマー型認知症の初期と診断します。

周辺症状―中核症状から広がっていく症状

やがて、義母は小学生の孫を捉まえて、「私のお金が盗られたんだよ、全部」「こんな恐ろしいことするの、巴さん(嫁)よ」と訴えます(物盗られ妄想)。また、「どうしてみんな私を貶めようとするのよ」「恩ある祖母を嫌うようにと(孫を)そそのかして」と嘆きます(いじめられ妄想)。その後、この症状はエスカレートしていき、やがては花瓶を地面に叩きつけたり、巴の髪を引っ張りご近所の目の前で引きずり回します(攻撃性)。

★図:「認知症の症状」