【4ページ目】2014年9月号 映画「人間失格」傷付きやすい

パーソナリティの偏り

葉蔵は、家財を遊びの軍資金にするため次々と質入れしています。そして、財産を食い潰す放蕩ぶりが仇となり、父親の引退をきっかけに、経済的に困窮し、落ちぶれていきます。現実が行き詰れば、空虚感はやがて自殺衝動を駆り立てます。そして、初めて自分が恋した常子と共に入水自殺を図ります。しかし、常子だけ死なせてしまい、自分は生き延びるのです。実際に、太宰も何度も自殺を企てています。そして、毎回違う女性が一緒でした。

彼の自殺衝動は、本気で死を決しているというよりは、「生と死のギリギリの境をさ迷うスリルをあえて味わいたい」「そのスリルを通して生きている実感を噛みしめたい」という無意識の心理が働いているようです。他人を巻き込み、手の込んだことをするのは、逆に、生への執着を確かめたいからとも言えます。この心理は、昨今、話題になるリストカットや過量服薬などの自傷行為につながる心の揺らぎと言えます。

★パーソナリティの偏り

葉蔵は、情緒不安定、空虚感、見捨てられ不安、スプリッティング、操作性、自殺衝動などの症状が揃っており、境界性パーソナリティ障害(情緒不安定性パーソナリティ障害)があると言えます。ただ、パーソナリティとは、あくまでその人のものごとの捉え方(認知)や感情の偏りなので、その良し悪しは周りとの相性や見方によって二面性があるとも言えます(表1)。

★表1 葉蔵の情緒不安定の二面性

自己愛―何ごとも自分の思いどおりにしたい

葉蔵は、幼い頃から召使いを何人も抱えるお屋敷に住み、端正な顔立ちで何人もの幼なじみの女の子たちにチヤホヤされて過ごしてきました。そんな家柄、経済力、容姿に恵まれてしまったら、何ごとも自分の思い通りにしたいという気持ち(自己愛)が強く、思い通りにならなくなった時に、そのギャップで傷付きやすさも強まります。実際に、太宰も名誉欲しさに芥川賞の推薦を選考委員の大御所に懇願したという逸話はあまりにも有名です。

葉蔵は、定職に就かず、ヒモのような生活を続け、「きっと偉い絵描きになってみせる」「今が大事なとこなんだ」といつまでも叶わぬ夢を追い、不健康なこだわりを持ち続けて、健康的なあきらめができないのです。幸せの青い鳥を追い続ける「青い鳥症候群」とも呼ばれ、現代でもある程度の年齢を重ねても「いつかビッグになる」と言い続ける男性や「いつか白馬の王子様が迎えに来る」と言い続ける女性が当てはまりそうです。

ただ、自己愛のパーソナリティも二面性があり、高過ぎる理想と現実のギャップに苦しむ一方、自分を大切に思う気持ちが向上心として生きる原動力になることもあります(表2)。

依存―すがりつき、のめり込み、歯止めが利かない

葉蔵の空虚感は、果てしない底なし沼であり、人間関係ではけっきょく満たされません。この満たされない心は、やがてお酒や薬物で満たされるようになります。バーで居候していた時は、いつも酔っ払い、痩せていきます。何かにすがり、のめり込み、歯止めが利かないのです。健康的な人の「もうこれぐらいで止めておこう」という節度、限度の加減がないのです。例えば、「もっと命がけで遊びたい」「生涯に一度のお願い」「そこを何とか頼む」などの葉蔵のセリフが分かりやすいです。

このようにある一定の枠組み(決めごと)から外れやすい性格傾向は、依存と呼ばれます。人間関係に溺れるだけでなく、アルコールに溺れ、やがて、睡眠薬、麻薬にも溺れていき、依存の対象が広がっていきます。依存のパーソナリティも二面性があります(表2)。人間関係に溺れるためには、相手をしてくれるだれかがいなければなりません。そのため、とても甘え上手になっていきます。さらに、特にアルコール、薬物などの依存物質を乱用してしまうと、やがて止めることだけで手足が震えたり自律神経が乱れたりする離脱症状(いわゆる禁断症状)と呼ばれる体が欲して言うことを聞かなくなる症状が現れ、アルコール依存症や薬物依存症に陥っていきます。

最終的に、アルコールと薬物で体がボロボロになってしまった葉蔵は、後見人の平目の助けにより、入院隔離されます。ようやく、断酒、断薬が強制的ながら徹底されるのです。依存症の患者は、もともと枠組みが外れやすいということがあるので、生活や考え方の枠付けを徹底する治療を行います。例えば、規則正しい生活リズムや「ダメなものはダメ」というルールを守ることです。

★表2 葉蔵のパーソナリティの偏りの特徴