連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2016年6月号 ドラマ「私 結婚できないんじゃなくて、しないんです」-コミュニケーション能力を高めるには?


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・生涯未婚率
・「仮氏理論」
・「ライフ・イズ・ビューティフル理論」
・「ツッコミマスター」
・進化心理学・進化精神医学
・社会的知能(SQ)
・社会的コミュニケーション障害(DSM-5)
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なぜ結婚しなくなったの?

みなさんは、もう結婚しているでしょうか? またはこれから結婚するでしょうか? 1990年までの日本では、結婚する人が、男女ともに変わらず95%以上でした。ところが、現在はどうでしょうか? 統計的には、男女とも90%近くが、「いずれ結婚するつもり」と考えています。しかし、2010年の生涯未婚率は男性20%超、女性10%超で、急激に上がってきています。このまま行けば、2035年には男性30%、女性20%と予測されています。また、離婚率も生涯未婚率と同じく上がってきています。

一体、何が起きているのでしょうか? どうしてこうなったのでしょうか? そして結婚するにはどうしたら良いでしょうか? さらには結婚を続ける、つまり離婚しないにはどうしたら良いでしょうか?

これらの問いに答えるためのキーワードは、コミュニケーション能力です。このコミュニケーション能力の理解のために、今回、ドラマ「私 結婚できないじゃなくて、しないんです」を取り上げます。主人公の39歳女医のみやびが、恋愛スペシャリストを自称する十倉からスパルタ指導の下で、独身アラフォーを抜け出そうとするラブコメディーです。

このドラマでは、十倉が「仮氏理論」「ライフ・イズ・ビューティフル理論」「ツッコミマスター」という3つの独自理論を説いています。これらを通して、コミュニケーション能力を高めるやり方やあり方をアカデミックに解説します。また、現代の結婚をしない心理について、進化心理学・進化精神医学の視点で探っていきます。さらに、DSM-5(精神疾患の分類と診断の手引第5版)への改定に伴い、新しく登場した「社会的コミュニケーション障害」も解説します。

仮氏理論―誰でも良いから彼氏をつくる

みやびは、「好きになれる人じゃないと」「好きになれる人がいない」と言います。そして、これまでずっと仕事を優先してきました。理想の相手がいないことと時間がないことを理由に、長期間「彼氏がいない状態」になっています。そんなみやびに対して、十倉は「仮氏理論」を説きます。「仮氏」とは仮の彼氏という造語で、仮氏理論とはどんな男でも良いからまず彼氏をつくり、「彼氏がいない状態」から抜け出すことです。この仮氏は、かつての「キープ君」に似ています。この仮氏をつくることによって、労力や時間を注ぐデメリットを上回って得られるメリットが3つあると十倉は説きます。


1つ目は、心の余裕です。十倉は、「最悪あいつがいると思える」と言います。これは、「仮氏」というバックアップがある(いる)からこそ、心の余裕が生まれ、焦らなくなるというわけです。余裕とは、うまく行かなくなっても、いざという時の保険があるということです。

2つ目は、魅力の水増しです。十倉は「彼氏はいるんだけど・・・と含みを持たせて」「彼氏を踏み台に本命の男にジャンプ」と言います。女性は誰かのものであるというだけで、男性にとって魅力が増すという心理を利用しています。

3つ目は、トレーニングになることです。十倉は、「理想の結婚相手はエベレスト」であり、「仮氏は高地トレーニング」であると言います。つまり、恋愛を含むコミュニケーションには、トレーニングが必要であるということです。これは、最も重要なことです。なぜなら、実際に理想の彼氏ができるというチャンスが巡ってきても彼氏いない歴が長すぎれば、「何をして良いか分からない」「何から始めれば良いか分からない」という事態が起きてしまうからいです。つまり、もったいないのは、本命じゃない相手とのデートの時間ではなく、逆に大本命に絞って一本釣りするデートの時間であるということです。

コミュニケーションはダンスと同じです。練習すれば、リズムに合わせてキレのある動きができて、だんだん上手になります。逆に、止めてしまうと、リズムに合わずキレのない動きになり、だんだん下手になります。しかも、恋愛は、仕事、友人、家族などの他のコミュニケーションと比べて、より高い能力と経験が求められます。つまり、本命の彼氏を射止めるために、「仮氏」はダンスの練習台であり踏み台であるということです。そして、それは男女お互い様であるということです。ちなみに、この「仮氏理論」の発想は、心理療法の1つであるブリーフセラピーのスケーリング・クエスチョンによる目標設定に当てはまります。

ライフ・イズ・ビューティフル理論―デートを楽しむ

みやびは、本命の桜井君とのデートで張り切りますが、うまく行きません。その後、十倉の教えに従って、「仮氏」とデートをしますが、楽しくありません。そして、その相手のイケてないところを女子会のガールズトークでこき下ろして盛り上がります。みやびは「デートが楽しくない」と言っています。なぜでしょうか? 原因が3つあります。

1つ目は、自分の良いところばかりを見せようとして緊張していることです。その心理は、結婚という目的に囚われ、デートがその手段となり、仕事となり、苦行となっています。

2つ目は、相手の悪いところばかりを見てしまい幻滅することです。その心理は、結婚という目的に囚われ、相手の値踏みばかりをして、婚活の面接官になっています。

3つ目は、デートを楽しむ経験を積んでいないことです。そもそもデートを楽しんだことがあまりないと、その楽しみ方が分からないということです。


みやびは、美人で医師という最高のキャリアを持っており、デートを楽しんでいそうなイメージがあります。しかし、だからこそ彼女は「恋愛弱者だ」と十倉は言います。そのわけは、勉強や仕事、友人関係で自分の思い通りになってきた人は、逆に必ずしも自分の思い通りにならない恋愛には免疫力がなく、弱いということです。自分だけでなく、結婚や相手にも完璧さを求めて、そうならないことへのいら立ちや不安をつのらせるばかりで、楽しむのが下手だということです。

そんなみやびに十倉は、「ライフ・イズ・ビューティフル理論」を説きます。「ライフ・イズ・ビューティフル」とは、主人公の父親が最愛の幼い息子に、戦争による過酷な運命をポジティブに伝え続けるという感動の映画です。まさにこの映画のように、十倉は「全ての物事にはプラス面とマイナス面がある」「物事の二面性をみろ」「デートは常にプラス思考」「デートを楽しめ」「魔法の言葉は『逆に楽しい』」と言います。何があっても、「逆に楽しい」面を見つけ出すことです。たとえ結婚したとして、その後の結婚生活で、必ずしも相手の欠点がないわけではありません。相手の欠点に目が行ってしまった時、その良さ(プラス面)に目を向け、バランスをとり、トータルで相手を見ることができるかが大切になります。

みやびのような女性の言い分は「好きじゃないと楽しめない」です。逆です。「楽しめていないから好きになれない」です。つまり、どんな相手でも状況でも楽しめるということは、それ自体がとても大事なコミュニケーション能力であるということです。さらには、このコミュニケーション能力を高めるには、ダンスと同じように、普段から楽しんでいることです。楽しむことで相手を好きになります。つまり、人を好きになるのも、それ自体がとても大事なコミュニケーション能力であるということです。

もう1つ魔法の言葉をご紹介しましょう。これは、特に失恋など結果的にうまくいかなかった時点で役立ちます。それは、「良い勉強になった」「経験値が上がった」です。失恋は、避けて通りたいと多くの人は思いがちです。よくよく考えると、失恋のようにうまく行かない相手や状況は、コミュニケーション能力を高めるためには必要なことです。失敗は成長の肥やしです。そして失恋は結婚の肥やしです。うまく行かないことは、マイレージのようなもので、どんどん経験値として貯まっていくことで、将来的にその経験値が生かされ、その後により遠くへ、より高みへ飛べるようになります。ちなみに、この「ライフ・イズ・ビューティフル理論」の発想は、心理療法の1つである認知行動療法の二面性による認知再構築やナラティブセラピーのオルタナティブストーリーに当てはまります。

ツッコミマスター―相手を楽しませる

みやびは、本命の桜井君とのデートで張り切りますが、全て裏目に出てしまいます。挙句の果てに、捨身の告白をしてフラれます。その理由は、「私を選んで」と自分が気に入られることばかりに必死になり、ぎこちなくて気持ち悪かったからでした。そして、みやび自身はもちろん楽しんでいないですし、何より相手を楽しませてもいなかったからでした。

そんなみやびに十倉は、「ツッコミマスターになれ」を説きます。ツッコミマスターとは、相手の言動に盛り上がるツッコミを入れることです。会話が、楽しいキャッチボールになることです。みやびがやっていたのは、言いなりのイエスマンです。会話は、受け身で退屈な一方通行です。

ツッコミマスターになるには、3つの力を鍛える必要です。1つ目は観察力です。これは、興味を持ち相手をよく観察するだけでなく、普段から世の中のことをよく観察して、相手と結び付けることです。良い例は「例えツッコミ」です。2つ目は、行動力です。これは、ツッコミという本音や毒を会話に投げ込むリスクを負う行動を積極的にすることです。ツッコミには、デメリットとして予定調和を崩すことで相手の気を悪くさせるリスクがあります。そこには、安心感はありません。しかし、それを上回るメリットとして、予定調和を崩すことで生まれる笑いがあり、楽しさがあります。気まずくならないための保険として、「思い切って言っちゃうけど」などの前置きをして、相手がツッコミされる心の準備をしてもらうこともできます。3つ目は、包容力です。これは、相手を心から楽しませたいと思うことです。たとえそのツッコミがどぎつくなったとしても、悪気はないと思われるほど、声のトーンや表情などの雰囲気(非言語的コミュニケーション)は温かみがあるのがポイントです。

コミュニケーションとは、ダンスと同じように、自分がわがままで相手を疲れさせず、自分が言いなりで相手を飽きさせず、息を合わせて自分も楽しみ相手も楽しませることであると言えます。そして、このコミュニケーション能力を高めるには、普段から相手を楽しませていることです。その相手が、恋人だけでなく、友人や家族やご近所などのプライベートな関係から、同僚や部下、さらには上司などの仕事関係、さらにはエレベーターで乗り合わせた人などの何でもない関係まで広がれば広がるほど、それが積み重なれば積み重なるほど、この能力は高まります。

また、たとえ結婚したとして、その後の結婚生活で、必ずしも相手とうまく行くことばかりではありません。うまく行かない時、意見が合わなかったりケンカになりかけた時、わがまま(攻撃)でもなく言いなり(非主張)でもない、折り合いを付けるツッコミが良い関係を保つ大きな力になるということです。コミュニケーション能力とは、我慢してけんかしない能力ではなく、たとえけんかしても仲直りできる能力であると言えます。ちなみに、この「ツッコミマスター」の発想は、心理療法の1つであるアサーションとユーモアに当てはまります。