
連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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・生涯未婚率
・「仮氏理論」
・「ライフ・イズ・ビューティフル理論」
・「ツッコミマスター」
・進化心理学・進化精神医学
・社会的知能(SQ)
・社会的コミュニケーション障害(DSM-5)
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みなさんは、もう結婚しているでしょうか? またはこれから結婚するでしょうか? 1990年までの日本では、結婚する人が、男女ともに変わらず95%以上でした。ところが、現在はどうでしょうか? 統計的には、男女とも90%近くが、「いずれ結婚するつもり」と考えています。しかし、2010年の生涯未婚率は男性20%超、女性10%超で、急激に上がってきています。このまま行けば、2035年には男性30%、女性20%と予測されています。また、離婚率も生涯未婚率と同じく上がってきています。
一体、何が起きているのでしょうか? どうしてこうなったのでしょうか? そして結婚するにはどうしたら良いでしょうか? さらには結婚を続ける、つまり離婚しないにはどうしたら良いでしょうか?
これらの問いに答えるためのキーワードは、コミュニケーション能力です。このコミュニケーション能力の理解のために、今回、ドラマ「私 結婚できないじゃなくて、しないんです」を取り上げます。主人公の39歳女医のみやびが、恋愛スペシャリストを自称する十倉からスパルタ指導の下で、独身アラフォーを抜け出そうとするラブコメディーです。
このドラマでは、十倉が「仮氏理論」「ライフ・イズ・ビューティフル理論」「ツッコミマスター」という3つの独自理論を説いています。これらを通して、コミュニケーション能力を高めるやり方やあり方をアカデミックに解説します。また、現代の結婚をしない心理について、進化心理学・進化精神医学の視点で探っていきます。さらに、DSM-5(精神疾患の分類と診断の手引第5版)への改定に伴い、新しく登場した「社会的コミュニケーション障害」も解説します。
みやびは、「好きになれる人じゃないと」「好きになれる人がいない」と言います。そして、これまでずっと仕事を優先してきました。理想の相手がいないことと時間がないことを理由に、長期間「彼氏がいない状態」になっています。そんなみやびに対して、十倉は「仮氏理論」を説きます。「仮氏」とは仮の彼氏という造語で、仮氏理論とはどんな男でも良いからまず彼氏をつくり、「彼氏がいない状態」から抜け出すことです。この仮氏は、かつての「キープ君」に似ています。この仮氏をつくることによって、労力や時間を注ぐデメリットを上回って得られるメリットが3つあると十倉は説きます。
1つ目は、心の余裕です。十倉は、「最悪あいつがいると思える」と言います。これは、「仮氏」というバックアップがある(いる)からこそ、心の余裕が生まれ、焦らなくなるというわけです。余裕とは、うまく行かなくなっても、いざという時の保険があるということです。
2つ目は、魅力の水増しです。十倉は「彼氏はいるんだけど・・・と含みを持たせて」「彼氏を踏み台に本命の男にジャンプ」と言います。女性は誰かのものであるというだけで、男性にとって魅力が増すという心理を利用しています。
3つ目は、トレーニングになることです。十倉は、「理想の結婚相手はエベレスト」であり、「仮氏は高地トレーニング」であると言います。つまり、恋愛を含むコミュニケーションには、トレーニングが必要であるということです。これは、最も重要なことです。なぜなら、実際に理想の彼氏ができるというチャンスが巡ってきても彼氏いない歴が長すぎれば、「何をして良いか分からない」「何から始めれば良いか分からない」という事態が起きてしまうからいです。つまり、もったいないのは、本命じゃない相手とのデートの時間ではなく、逆に大本命に絞って一本釣りするデートの時間であるということです。
コミュニケーションはダンスと同じです。練習すれば、リズムに合わせてキレのある動きができて、だんだん上手になります。逆に、止めてしまうと、リズムに合わずキレのない動きになり、だんだん下手になります。しかも、恋愛は、仕事、友人、家族などの他のコミュニケーションと比べて、より高い能力と経験が求められます。つまり、本命の彼氏を射止めるために、「仮氏」はダンスの練習台であり踏み台であるということです。そして、それは男女お互い様であるということです。ちなみに、この「仮氏理論」の発想は、心理療法の1つであるブリーフセラピーのスケーリング・クエスチョンによる目標設定に当てはまります。
みやびは、本命の桜井君とのデートで張り切りますが、うまく行きません。その後、十倉の教えに従って、「仮氏」とデートをしますが、楽しくありません。そして、その相手のイケてないところを女子会のガールズトークでこき下ろして盛り上がります。みやびは「デートが楽しくない」と言っています。なぜでしょうか? 原因が3つあります。
1つ目は、自分の良いところばかりを見せようとして緊張していることです。その心理は、結婚という目的に囚われ、デートがその手段となり、仕事となり、苦行となっています。
2つ目は、相手の悪いところばかりを見てしまい幻滅することです。その心理は、結婚という目的に囚われ、相手の値踏みばかりをして、婚活の面接官になっています。
3つ目は、デートを楽しむ経験を積んでいないことです。そもそもデートを楽しんだことがあまりないと、その楽しみ方が分からないということです。
みやびは、美人で医師という最高のキャリアを持っており、デートを楽しんでいそうなイメージがあります。しかし、だからこそ彼女は「恋愛弱者だ」と十倉は言います。そのわけは、勉強や仕事、友人関係で自分の思い通りになってきた人は、逆に必ずしも自分の思い通りにならない恋愛には免疫力がなく、弱いということです。自分だけでなく、結婚や相手にも完璧さを求めて、そうならないことへのいら立ちや不安をつのらせるばかりで、楽しむのが下手だということです。
そんなみやびに十倉は、「ライフ・イズ・ビューティフル理論」を説きます。「ライフ・イズ・ビューティフル」とは、主人公の父親が最愛の幼い息子に、戦争による過酷な運命をポジティブに伝え続けるという感動の映画です。まさにこの映画のように、十倉は「全ての物事にはプラス面とマイナス面がある」「物事の二面性をみろ」「デートは常にプラス思考」「デートを楽しめ」「魔法の言葉は『逆に楽しい』」と言います。何があっても、「逆に楽しい」面を見つけ出すことです。たとえ結婚したとして、その後の結婚生活で、必ずしも相手の欠点がないわけではありません。相手の欠点に目が行ってしまった時、その良さ(プラス面)に目を向け、バランスをとり、トータルで相手を見ることができるかが大切になります。
みやびのような女性の言い分は「好きじゃないと楽しめない」です。逆です。「楽しめていないから好きになれない」です。つまり、どんな相手でも状況でも楽しめるということは、それ自体がとても大事なコミュニケーション能力であるということです。さらには、このコミュニケーション能力を高めるには、ダンスと同じように、普段から楽しんでいることです。楽しむことで相手を好きになります。つまり、人を好きになるのも、それ自体がとても大事なコミュニケーション能力であるということです。
もう1つ魔法の言葉をご紹介しましょう。これは、特に失恋など結果的にうまくいかなかった時点で役立ちます。それは、「良い勉強になった」「経験値が上がった」です。失恋は、避けて通りたいと多くの人は思いがちです。よくよく考えると、失恋のようにうまく行かない相手や状況は、コミュニケーション能力を高めるためには必要なことです。失敗は成長の肥やしです。そして失恋は結婚の肥やしです。うまく行かないことは、マイレージのようなもので、どんどん経験値として貯まっていくことで、将来的にその経験値が生かされ、その後により遠くへ、より高みへ飛べるようになります。ちなみに、この「ライフ・イズ・ビューティフル理論」の発想は、心理療法の1つである認知行動療法の二面性による認知再構築やナラティブセラピーのオルタナティブストーリーに当てはまります。
みやびは、本命の桜井君とのデートで張り切りますが、全て裏目に出てしまいます。挙句の果てに、捨身の告白をしてフラれます。その理由は、「私を選んで」と自分が気に入られることばかりに必死になり、ぎこちなくて気持ち悪かったからでした。そして、みやび自身はもちろん楽しんでいないですし、何より相手を楽しませてもいなかったからでした。
そんなみやびに十倉は、「ツッコミマスターになれ」を説きます。ツッコミマスターとは、相手の言動に盛り上がるツッコミを入れることです。会話が、楽しいキャッチボールになることです。みやびがやっていたのは、言いなりのイエスマンです。会話は、受け身で退屈な一方通行です。
ツッコミマスターになるには、3つの力を鍛える必要です。1つ目は観察力です。これは、興味を持ち相手をよく観察するだけでなく、普段から世の中のことをよく観察して、相手と結び付けることです。良い例は「例えツッコミ」です。2つ目は、行動力です。これは、ツッコミという本音や毒を会話に投げ込むリスクを負う行動を積極的にすることです。ツッコミには、デメリットとして予定調和を崩すことで相手の気を悪くさせるリスクがあります。そこには、安心感はありません。しかし、それを上回るメリットとして、予定調和を崩すことで生まれる笑いがあり、楽しさがあります。気まずくならないための保険として、「思い切って言っちゃうけど」などの前置きをして、相手がツッコミされる心の準備をしてもらうこともできます。3つ目は、包容力です。これは、相手を心から楽しませたいと思うことです。たとえそのツッコミがどぎつくなったとしても、悪気はないと思われるほど、声のトーンや表情などの雰囲気(非言語的コミュニケーション)は温かみがあるのがポイントです。
コミュニケーションとは、ダンスと同じように、自分がわがままで相手を疲れさせず、自分が言いなりで相手を飽きさせず、息を合わせて自分も楽しみ相手も楽しませることであると言えます。そして、このコミュニケーション能力を高めるには、普段から相手を楽しませていることです。その相手が、恋人だけでなく、友人や家族やご近所などのプライベートな関係から、同僚や部下、さらには上司などの仕事関係、さらにはエレベーターで乗り合わせた人などの何でもない関係まで広がれば広がるほど、それが積み重なれば積み重なるほど、この能力は高まります。
また、たとえ結婚したとして、その後の結婚生活で、必ずしも相手とうまく行くことばかりではありません。うまく行かない時、意見が合わなかったりケンカになりかけた時、わがまま(攻撃)でもなく言いなり(非主張)でもない、折り合いを付けるツッコミが良い関係を保つ大きな力になるということです。コミュニケーション能力とは、我慢してけんかしない能力ではなく、たとえけんかしても仲直りできる能力であると言えます。ちなみに、この「ツッコミマスター」の発想は、心理療法の1つであるアサーションとユーモアに当てはまります。
これまで、「仮氏理論」「ライフ・イズ・ビューティフル理論」「ツッコミマスター」を通して、コミュニケーション能力を高めるやり方やあり方をアカデミックに解き明かしてきました。しかし、それにしても、現在、なぜ結婚しない人がこれほど急に増えたのでしょうか?そもそも、なぜデートもしない人が増えたのでしょうか?
その謎を解くために、私たちが人間となり体と心(脳)を適応させていった数百万年前の原始の時代の狩猟採集社会に目を向けてみましょう。なぜなら、この時代に私たちの心(脳)の原型が形作られたからです。一方、現代の農耕牧畜社会から始まる文明社会は、たかだか1万数千年の歴史しかなく、体や心(脳)が進化するにはあまりにも短いからです。
原始の時代、男性(父親)は日々食糧を確保し、女性(母親)は日々子育てをして、性別で役割を分担し、家族をつくりました。さらに、これらの家族が血縁によっていくつも集まって100人から150人の大家族の生活共同体(村)をつくり、つながって協力しました。そして、そうする種が生き残りました。その子孫が現在の私たちです。逆に、そうしない種は、子孫を残さないわけですから、理屈の上ではこの世にほぼ存在しないと言えます。それが、日本で1990年までの結婚する人が、男女ともに変わらず95%以上であったことを表しています。
ところが、1990年代以降の現代はどうでしょうか? 実は、原始の時代と違う現代の社会構造こそが、結婚をしない心理を生み出していると言えます。その主な3つの心理を探ってみましょう。
①「自由がなくなる」―個人主義化―自己愛の心理
1つ目は、「自由がなくなる」という心理です。高度経済成長期を過ぎた1970年代から、世の中は物質的には豊かになっていきました。生活の余裕ができて、個人の選択の自由が重んじられるようになり、個人主義化していきました。女性も社会参加するようになりました。女性は仕事を持つ、男女ともに余暇活動を楽しむ、自分の趣味や習い事をするなど生き方の選択肢が増えていきました。いわゆる「自分磨き」「リア充(リアル生活充実)」「意識高い系」という流行り言葉がそれを表しています。
また、結婚についても、お見合いなどによって親(社会)が決めるやり方から、恋愛によって個人同士が決める自由が重んじられるようになりました。本人の意思が尊重されることで、周り(社会)よりも自分を大切にする気持ちが高まります(自己愛)。
一見、結婚を選ぶ自由があることは良いように見えますが、ここには落とし穴があります。それは、相手を選ぶ自由があるということは、一方で、相手から必ずしも選ばれない「不自由さ」という責任があるということです。自分が相手を好きだからと言ってどんなに努力しても、必ずしも相手が自分を好きになるという保証がないということです。ここが仕事や友人関係との大きな違いです。恋愛は理不尽なのです。
そして、「面倒は嫌だ」「時間がもったいない」という理由付けによって、拒絶されたり裏切られることがない仕事や趣味、友達関係やペットで、人生を満たそうとします。または、アイドルの追っかけをしたり、二次元(仮想現実)の恋人をつくることで、思い通りになる擬似的な恋愛で欲求を満たそうとします。つまり、「自由であり続けたい」「我慢したくない」ということです。こうして、自分の自由さに目が行くばかりで、恋愛のコミュニケーションの機会が減り、その能力が高まらないままなのです。これが、「自由がなくなる」という心理の根っこにあるものです。
②「コスパが悪い」―効率化―損得勘定の心理
2つ目は、「コスパ(コストパフォーマンス)が悪い」という心理です。世の中は、さらにとても便利で効率化していきました。女性は経済的に自立するようになり、男性も家事労働的に自立できるようになりました。そして、個人主義化と相まって、それまでの三世帯の大家族よりも、未婚の男性や女性がその親と同居するのみの核家族や独り暮らしが増えていきました。もはや、女性が必ずしも結婚して経済的に男性に依存する必要がなく、男性も必ずしも結婚して女性の家事労働に依存する必要がなくなりました。いわゆる男女の役割のフラット化です。逆に、結婚すると、親と別居することになるため、男性も女性も自分の親の経済や家事労働に依存できなくなり、さらに女性が離職して家事労働や子育てに専念する場合は男性が自分の経済を女性や子どもと共有することになり、結果的に生活水準は下がってしまいます。
効率化という社会の価値観によって、「自由がなくなる上に損をする」という損得勘定の発想(外発的動機付け)が強まり、つながる必要がないという心理に陥ってしまいます。そこには、「相手を楽しませたい」「幸せにしたい」というコミュニケーション本来の発想(内発的動機付け)が貧しくなっています。こうして、結婚して失うものばかりに目が向き、得るものには目が向かないため、恋愛のコミュニケーションの機会が減り、その能力が高まらないままなのです。これが、「コスパが悪い」という心理の根っこにあるものです。
③「好きな人がいない」―情報化―受け身の心理
3つ目は、「好きな人がいない」という心理です。1990年代から、インターネットの普及により情報化が一気に加速しました。物だけでなく、情報までも人と直接かかわらなくても手に入るようになりました。つまり、生きていくために、苦労して人とコミュニケーションをして何かを手に入れる体験を子どもの頃からしなくても良くなってきたのです。言い換えれば、より受け身でも生きてはいけるということです。そして、この受け身の心理で恋愛をするようになったのです。デートをしても、男女がお互い受け身なので、楽しくなくて盛り上がらず、好きになれないので、次につながらないのです。つまり、厳密には、「好きな人がいない」のではなく、「好きになる経験を積んでいない」ということです。
また、人と深くかかわり好き好かれるコミュニケーションの体験を積み重ねていないので、人からどう思われるか不安になりやすく、「人見知り」「対人恐怖」に陥りやすくなります。そして、ますます恋愛に臆病になります。悪循環です。情報が溢れる中、不安をなくそうと情報収集ばかりして、頭でっかちになり、ますます不安になっています。とても「結婚は勢い」というふうには思えなくなっています。
さらに、情報化は、相手を商品のように細かくランク付け(価値付け)する意識を強めます。いわゆる「スペック」です。この心理によって、相手のだめなところばかりに目が行きやすくなり、好きになれないのです。好きになるのは、スペックなどの情報によるものではなく、生身のコミュニケーションそのものによるものです。つまり、「好きな人がいない」というのは、相手の問題ではなく、自分の心の問題であるといことです。こうして、相手の欠点に目が行くばかりで、恋愛感情を深めるコミュニケーションの機会が減り、その能力が高まらないままなのです。これが、「好きな人がいない」という心理の根っこにあるものです。
結婚をしない心理の3つの要素のどれも、コミュニケーション能力が絡んでいます。実際に、結婚における魅力について、男性は経済力で女性は容姿であるのは昔からではありますが、昨今はコミュニケーション能力のウェートがますます高まっています。なぜでしょうか? もう一度、進化心理学・進化精神医学の視点で考えてみましょう。
生きていくために必要な能力は、狩猟採集社会の原始の時代や農耕牧畜社会の近代までは主に身体能力でした。ところが、産業革命が起きた19世紀以降、身体能力を必要とする肉体労働は、機械が代わりにやってくれるようになりました。むしろ、その機械を操作するための記憶力や分析能力などの知的能力(IQ)が重要視されるようになりました。ところが、情報化が進んだ1990年以降、記憶力や分析力を必要とする頭脳労働はコンピューターが代わりにやってくれるようになりました。そして、むしろ機械やコンピューターができないコミュニケーション能力が重要視されるようになったのです。つまり、魅力とは、その時代を生きていくために必要な能力であるといえます。そして現在では、このコミュニケーション能力は、いかに人とうまくやっていけるかという社会的知能(SQ:social quotient)として注目されています。
だからこそ、逆にコミュニケーション能力が低い人も目立つようになっていきました。そして、精神障害の1つとして認知されるようになったのです。それが、2013年のDSM-5への改定で新しく登場した社会的コミュニケーション障害です。もともと、軽症の自閉症やアスペルガー障害と診断されていましたが、あまりに増えてしまったため、新しい疾患概念として提唱されたのです。精神障害が、いかにその時代の社会構造によって決められてしまうのかがよく分かります。極端な話、未来の時代に、歌唱力やダンスが生きるために必要な能力と見なされたら、「歌唱障害」や「ダンス障害」という病名が存在しうるということです。
このドラマは、女性向けの恋愛指南のスタイルをとっています。いわば「男たらし」になる術です。ただ、恋愛とは、コミュニケーション能力が最も発揮される瞬間であることを踏まえると、このドラマで説かれた「仮氏理論」「ライフ・イズ・ビューティフル理論」「ツッコミマスター」は、女性だけでなく男性にも、そして恋愛だけでなく、仕事、友人、家族、子育てなど広く人間関係に使える理論であるとも言えます。
つまり、私たちは、このドラマから学んだ理論を通して、よりよいコミュニケーションをする「人たらし」になることができるのではないでしょうか?
1)水野敬也:スパルタ婚活塾、文響者、2014
2)週間東洋経済「生涯未婚」、東洋経済新報社、2016年5/14
3)山田昌弘:家族難民、朝日新聞出版社、2014
4)岡田尊司:夫婦という病、河出書房新社、2016