連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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・行動遺伝学
・差別
・ラベリング理論
・不平等
・ストレングスモデル
・ペアレントトレーニング
・社会的絆理論
・「不都合な真実」
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「万引き」(反社会的行動)の起源が進化心理学的に分かりました。それでは、「万引き」は遺伝するのでしょうか? その答えを、行動遺伝学的に考えてみましょう。双生児研究において、反社会的行動の一致率は二卵生双生児が50%程度であるのに対して、一卵生双生児は80%へと高率になることが分かっています。ここから、遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響の強さの相対的な比率が算出されます。なお、厳密には男女差、年齢差、研究機関の差がありますが、分かりやすくするために、青年期の平均男女の概ねの数値として示します。
①遺伝-約60%
1つ目として、遺伝の影響(遺伝率)は約60%と算出されます。音楽やスポーツの遺伝率は、80%を超えています。つまり、反社会的行動は、音楽やスポーツほどではないにしても「ネガティブな才能」と言えそうです。
遺伝の要素は、先ほどご紹介した抽象的思考の困難さの他に、共感性欠如、衝動性などが指摘されています。よって、例えば、万引きをともにしている治と信代の間に、もしも子どもが生まれたとしたら、その子どもが万引きをする可能性は、音楽やスポーツほどではないにしても、一定の可能性があると言えます。
②家庭環境-約20%
2つ目として、家庭環境(共有環境)の影響は約20%と算出されます。なお、養子研究において、犯罪率(反社会的行動)が最大になるのは、実親が犯罪歴(反社会的行動)を持たない子どもよりも持つ子どもが、そして犯罪歴(反社会的行動)を持たない養親よりも持つ養親に育てられた時であることが分かっています。これは、遺伝と環境の相互作用と呼ばれます(G/E相関)。
家庭環境の要素は、主に、先ほどご紹介した反社会的行動モデルです。よって、例えば、先ほどの治と信代の間に生まれた子どもが、一般家庭(反社会的モデルではない家庭)に養子として出されたら、その子どもが万引きをする可能性は低くなると言えます。ちなみに、「祥太」という名は、治の本名である「勝太」から名付けられており、治なりの思いがありました。そんな治と信代という家庭環境の影響があっても、祥太が万引きをしなくなったのは、祥太にはもともと遺伝の影響が少なかったからであると説明できます。
なお、実は、家庭環境の影響が一定数あるのは、反社会的行動の他に、アルコール、タバコ、ドラッグなどの依存症(嗜癖)と語学力です。つまり、幼少期から家庭内で良くも悪くもお手本(モデル)として見てしまうことは、本人の好き嫌い、善し悪しの価値観に影響を与えているようです(家族文化)。逆に言えば、「見ていなければ、ならない、やらない」とも言えるでしょう。
③家庭外環境-約20%
3つ目として、家庭外環境(非共有環境)の影響は約20%と算出されます。家庭外環境の要素は、遺伝と家庭環境を除いた残りの要素になります。これは、友人関係をはじめとして、学校、職場、近所との人間関係、そして結婚相手と築く家族関係などの社会的な環境です。ここで、家庭内環境と家庭外環境を合わせた環境を「水やり」に例えてみましょう。すると、遺伝は「種」です。つまり、「種」に「水やり」をして初めて、ある特定の心理の「芽」が出たり、実際の行動という「花」を咲かせます。
例えば、祥太は、学校に行かせてもらえず、近所付き合いもないという点で、家庭外環境の影響がほとんど0という極めて特殊な状況でした。祥太にとって初めての家庭外環境の影響が、万引きした駄菓子屋のおじいさんの「妹にはさせるなよ」という一言なのでした。ただ、祥太には、それで十分だったのです。その瞬間に、罪悪感(社会性)の「芽」が出たのです。そして、万引き(反社会性)の「芽」はしぼんでいったのでした。
「万引き」(反社会的行動)が一定の確率で遺伝することが分かりました。ただ、この事実を知らされて不快に思っている人もいるでしょう。この事実を伝えている私自身も、居心地の悪い思いです。できることなら、「なかったこと」にしたいです。
それでは、あえて考えてみましょう。なぜ「なかったこと」にしたいのでしょうか? その心理を主に3つ掘り下げてみましょう。
①差別になると思うから-私たちはもともと「善」である-信頼感
先ほど、治と信代の間に生まれた子どもが万引きをするのは、一定の可能性があると説明しました。つまり、その子どもは、万引きを実際にする前から、万引きをする可能性があると指摘することになります。これは、「犯罪者の子ども」という烙印です。
1つ目の心理は、犯罪と遺伝の関係を受け入れると差別になると思うからです。確かに、犯罪という「悪の遺伝子」があるとしたら、社会全体で排除しようとする流れになる危うさがあります。それは、かつての「優生思想」につながります。
逆に言えば、差別になってはいけないという思いには、私たちはもともと「善」であるという信頼感が根底にあります。信頼感は、原始の時代に進化した社会脳の基盤であることをすでにご説明しました。これは、「生まれながらの犯罪者はいない」という信念です。犯罪が遺伝するとなると、その信念が揺らいでしまうからです。
また、犯罪をすると決め付ける、レッテル貼りをすることで、犯罪を誘発するという実際的な問題もあります(ラベリング理論)。
②不平等になると思うから-私たちはもともと「同じ」である-公平感
信代を取り調べる女性刑事は、じゅりを誘拐した理由について「あなたが産めなくてつらいのは分かるけどね」「(子持ちが)うらやましかった?」と尋ね、挑発しながらも理解しようとしています。
2つ目の心理は、犯罪と遺伝の関係を受け入れると不平等になると思うからです。確かに、反社会的行動が生まれながらにある程度決まっているとしたら、あまりにも残酷です。それは、性格、知能、精神障害などについても言えるでしょう。
逆に言えば、不平等になってはいけないという思いには、私たちは、たとえ見た目は違っても、見えない心についてはもともと「同じ」であるという公平感が根底にあります。公平感も、原始の時代に進化した社会脳です。これは、「心は空白の石版である」という信念です。犯罪が遺伝するとなると、その信念が揺らいでしまうからです。
③懲らしめられなくなると思うから-私たちはもともと「意思」がある-責任感
治を取り調べる刑事は、祥太に万引きを教えた理由について「他に教えられることが何にもないんです」という治の開き直ったような返答を聞き、怒りを抑えきれません。
3つ目の心理は、犯罪と遺伝の関係を受け入れると懲らしめられなくなると思うからです。確かに、犯罪が遺伝子によって突き動かされたとしたら、本人の責任をどこまで問えるのかという懲罰の正当性が曖昧になります。
逆に言えば、懲らしめられなくなってはいけない、懲らしめたいという思いには、私たちはもともと「意思」がある、つまり「行動には責任が伴う」という責任感が根底にあります。責任能力は、懲罰において必須事項です。これは、「懲らしめられると思うと罪を犯さない」「懲らしめれば心を入れ替える」という信念です。これは先ほどにご説明した通り、懲罰によって犯罪が抑止され更生されるという考え方です。犯罪が遺伝するとなると、その信念が揺らいでしまうからです。