【1ページ目】2025年11月号 映画「エクソシスト」【その1】どうやって憑依するの?-「ニューラルネットワーク分離作動説」

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・トランス
・憑依アイデンティティ
・暗示
・「解離=ローカルスリープ」説
・統合情報理論
・分離脳
・エイリアンハンド症候群
・「ローカル・アウェイクニング」
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何かに憑りつかれている、悪霊が乗り移った・・・いわゆる憑依現象は、昔から世界中でみられます。そして、お祈りやお祓いなどの儀式は今でもごく自然に行われています。しかしながら、まったく科学的ではありません。いったい、憑依とは何なんでしょうか? どうやって憑依するのでしょうか? そして、そもそもなぜ憑依は「ある」のでしょうか?

今回は、オカルト映画の金字塔「エクソシスト」を取り上げ、精神医学の視点から憑依の特徴を説明し、脳科学の視点からそのメカニズムを解明します。さらに、進化精神医学の視点からその起源に迫ります。

憑依の特徴とは?

エクソシストとは、悪魔祓いをする神父のことで、日本では祈祷師とも呼ばれます。このストーリーでは、ある少女リーガンが悪魔に憑りつかれたとされます。対応した精神科医もお手上げとなり、悪魔祓いをする神父が決死の覚悟で彼女を救おうとします。それでは、まず彼女の状況を踏まえて、精神医学の視点から憑依の特徴を大きく3つ挙げてみましょう。

①自分をコントロールできない―トランス


リーガンは、ベッドの上で、急に激しく起き上がったり反り返ったりするなか、「ママ助けて!(何かが)私を殺す気よ」と叫び続けます。彼女が首を180度後ろに向けるシーンもあります。このシリーズの別の映画では、いわゆるスパイダーウォークなどのありえない動きをするシーンもあります。

1つ目の特徴は、自分の発言や動きをコントロールできないことです。精神医学では、トランス(意識変容)と呼ばれます。なお、リーガンには見られませんでしたが、ぶつぶつと同じ言葉を口癖のように言う場合もあります。

ちなみに、ベッドや棚などが勝手に動き出すのは、この映画の悪魔の仕業であるという演出であり、このトランスとは無関係です。

②憑依されたものになりきる-憑依アイデンティティ

やがてリーガンは、白目をむいて近くにいた精神科医を殴りつけます。そして、野太い声で「このメ〇豚はおれのものだ」「ファッ〇してみろ」とあざ笑うのです。

2つ目の特徴は、憑依されたものになりきることです。精神医学では、憑依アイデンティティ(自我障害)と呼ばれます。なお、憑依の対象は、悪魔だけでなく、神、死者の霊、動物、架空のキャラクターなど人間が想像できうるすべてのものになります。特にこれまで日本では、狐憑きなど動物が憑依の対象となることが多くありました(*1)。また、霊媒師のように死者の霊が憑依の対象となることもよく見られました。

③宗教儀式に誘発される-暗示

当初リーガンは、精神科医による催眠療法を受けました。精神科医は厳かに「リーガンの中にいる者に言う。この催眠に反応して、すべて答えるのだ。進み出ろ」「中にいる者か?」「何者だ?」と問い詰めます。すると、リーガンは鬼の形相になってにらみつけ、いきなりその精神科医の股間を両手で握りつぶし押し倒すのでした。

その後、神父が登場し、聖水をかけたり、聖書を朗読して、何とか悪魔を退散させようとしますが、そのたびに悪魔が憑依しているリーガンは激しく抵抗するのです。

3つ目は、宗教儀式に誘発されることです。精神医学では、暗示と呼ばれます。催眠療法にしても宗教儀式にしても、本人に悪魔が憑依していることを強く認識させることで、実はますます憑依状態を引き起こして助長しています。つまり、周りから悪魔が「いる」と言われることで、ますます本人自身がその悪魔になりきってしまうのです。これは、役者が、他の役者との相互作用でその役に入り込んでしまい、役が抜けなくなり、日常生活でもその役の振る舞いをしてしまうことに似ています。

なお、催眠療法は、現在は精神科で行われることはありませんが、この映画が製作された1970年代は有効とされ行われていました。