連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2017年3月号 ドラマ「東京タラレバ娘」–ブリーフセラピーとは?

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・発達心理学
・アイデンティティ
・親密性
・ミラクル・クエスチョン
・タイムマシン・クエスチョン
・リソース
・スケーリング
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みなさんは、「あの時ああだったら」「もっとこうしてれば」と思うことはありますか? このように「~たら」「~れば」と後悔するはよくありますよね。これが、「タラレバ」です。ただこの「タラレバ」は否定的な意味合いだけでしょうか? このプラス面はないでしょうか?

それが、ブリーフセラピーです。今回は、ブリーフセラピーをテーマに、ドラマ「東京タラレバ娘」を取り上げます。主人公の倫子は30歳の売れない脚本家。高校時代からの親友でネイリストの香と居酒屋の看板娘の小雪といっしょに、 まめに女子会を開き、「~したら」「~すれば」と好き勝手に言い合いながら酒を飲むのが一番の楽しみです。3人とも長らく彼氏がいない中、今年こそはと奮起して、それぞれの幸せを手に入れようとするラブコメディーです。

彼女たちは、恋愛に行き詰まっています。その原因を、発達心理学のライフステージをキーワードにして、解き明かします。そして、その解決策を、ブリーフセラピーに当てはめて探っていきましょう。

倫子たちのライフステージは?

倫子は脚本家として独立し、香はネイリストとして開業し、小雪は居酒屋の跡取りとして、3人ともそれぞれの自分の道を決めて、突き進んでいます。そんな3人は、小雪の居酒屋で「今日も朝まで女子会だー」「8年前の告白を受けてたら」「早坂さん(倫子の同僚)と付き合ってれば」と毎回騒いでいます。ある時、隣の席にたまたま座っていた常連の金髪男のKEYに「そうやって一生、女同士でタラレバつまみに酒飲んでろよ」と言われ、3人ともショックを受けてしまいます。

その後、倫子は、一時期うまく行かず、脚本家の道をあきらめようとするシーン。たまたま倫子が携わった町おこしの短編ドラマの脚本で、町の良さを届けたいという町の人たちの熱心な思いに刺激を受け、「この町が私を見つけてくれた」「私はここにいる」「ここに来れば自分らしさが見えてくる」というセリフを役者に言わせます。倫子自身が自分らしさを再確認します。

3人とも「自分とはどういう人か?」「自分が生きていくために何をするのか?」という自分らしさがはっきり分かっています。これは、発達心理学では、アイデンティティ(自己同一性)がすでに確立されていると言えます。また、3人は、このアイデンティティの維持のために頻繁に集まって、それぞれの仕事の愚痴や恋愛話で毎回盛り上がります。同性同年代の仲間(ギャング集団)の関係が10年以上続いています。

ここで、人生をいくつかの段階に分けてみましょう。これをライフステージ(発達段階)と言います(グラフ1)。それぞれのステージにはそれぞれの発達課題があります。倫子たちは、立派に思春期の発達課題であるアイデンティティの確立をクリアしています。問題なのは、次の成人早期のライフステージの発達課題の前で足踏みをしていることです。つまり、倫子たちは30歳にもなっても、心は思春期のままだということです。それをKEYに言い当てられてしまったのでした。それでは、次のライフステージの発達課題とは何でしょうか?

エリクソンのライフステージと発達課題のグラフ

倫子たちの次の発達課題は?

倫子がバーテンダーの奥田と交際するエピソード。奥田は、イケメンで高身長の上に人柄もよく相手としては申し分ないです。にもかかわらず、倫子は、だんだん疲れてきて、「やっぱ独りの方が楽」「自分のことだけ考えてたらいいじゃん」と香と小雪に打ち明けます。なぜなのでしょうか?

ドラマでは、「独りに慣れすぎ(ていたから)」と香に突っ込まれています。もっと正確に言えば、倫子は、異性との心理的距離の縮め方が分からなくなっていたのです。そして、孤独を選ぼうとしています。これは、成人早期のライフステージに上がれない場合の状態です(グラフ1)。

そうなると、さらにその先のライフステージに上がるのがますます難しくなっていきます。

ここで分かることは、倫子の次の発達課題は、お互いの価値観(アイデンティティ)を尊重し合って、パートナーとの一体感を抱くこと、つまり親密さです。これは、「いい男と結婚して幸せになる」という倫子の本来の目的に当てはまります。ところが、倫子は、焦るあまりに、幸せになるという中身よりも、結婚するという形を優先させてしまっています。その心理によって、「嫌われたくない」という思いから、相手にどう見られるかということばかりに目が行き、受け身になり、緊張や不安ばかり募らせています。逆に、相手をどう見るか、どうして行きたいかという働きかけによる楽しさや心地良さがありません。親密さを実感していれば、自分がどう見られるかを気にすることが減り、むしろその方が楽になるということに倫子は気付いていません。

一方、奥田も課題があります。奥田の好みのマニアックな映画を倫子が楽しんでいないことを奥田は察していません。倫子を脚本家に導いたアメリカのドラマ「セックスアンドザシティ」を「登場人物が恋愛しか考えてない話って、テーマが見えない」と否定します。そして、「倫子さんもこの(自分の好きなフランス映画の女優)髪型にしたらどう?」「絶対に似合うよ。この髪型にしてくれたらうれしいんだけどなあ」と言います。

たまりかねた倫子から「もし私が映画好きじゃなくても、付き合おうって言ってくれてました?」と聞かれて、奥田は「もし嫌いでも、いっしょに見ているうちにきっと好きになってくれると思うから」と言い切ります。表面的には穏やかですが、実は一方的で、相手を自分好みの女性にしようとしている点で独りよがりです。奥田は、自分のアイデンティティへのこだわりが強すぎて、倫子のアイデンティティを受け入れようとはしていません。

また、セカンド女になっている香や不倫女になっている小雪は、「違う人間同士、そのままでうまくいくわけじゃないんだから、寄せて行かないと」と倫子に説きます。彼女たちなりの親密さがうかがえますが、自分が相手にとって一番ではなく、フェアな関係ではない点で、その親密さには危うさがあります。

実際に、香の彼氏の涼は、「(本命の)彼女も好きだけど、香も好き」と無邪気に言い、わがままです。小雪の不倫相手の丸井は、産後クライシスの妻との関係について「気が重いことばっかりでさ」「こうやって小雪さんと話したり、おいしいもの食べてる時の方がずっと楽しくてよっぽど幸せを感じちゃう」と小雪に漏らしています。彼は、困難を前にして親密さをいっしょに守るべき妻から小雪に一時的に逃げ込んで、甘えているだけです。

さらに、倫子の同僚のADのマミにも課題があります。マミはもともと独特で奇抜なファッションセンスがあります。これがマミのアイデンティティです。ところが、付き合う男性の好みに合わせて、ファッションもヘアスタイルもあっさり変えています。一見いじらしいですが、よくよく考えると、相手のアイデンティティを優先させ、自分がありません。自分を押し殺しています。だからこそ、マミの交際は毎回ふわふわとして長続きしないのです。

親密さを育むには、倫子のように我慢ばかりするのでもなく、奥田のように一方的になるのでもなく、香や小雪のようにアンフェアになるのでもなく、涼のようにわがままになるのでもなく、丸井のように単に甘えるのでもなく、麻美のように言いなりになるのでもないということです。婚活とは、単に理想の相手を見つけることだと思われがちです。しかし、実際はそれだけではなく、お互いがお互いの理想となれるように、この親密さを育むメンタリティも必要であるということです。