連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2021年11月号 映画「そして父になる」【続編・その2】子育ては厳しく? それとも自由に? その正解は?【科学的根拠に基づく教育(EBE)】

そもそもなんで家庭環境の影響が少ないの?

子育ての正解は、厳しすぎず、自由すぎず、ほどほどに子育てをする自律的な子育てであることが分かりました。そして、その行動遺伝学的な根拠として、家庭環境の影響が、非認知能力にはほぼなく、認知能力には限定的であることをご説明しました。

それでは、そもそもなぜ家庭環境の影響が少ないのでしょうか? ここで、能力(心理的・行動的形質)は古ければ古いほど癖になりやすい(嗜癖性が強い)という仮説を立てます。そして、この仮説のもと、家庭環境の影響が少ない原因を、進化心理学的に3段階に分けて掘り下げてみましょう。

①非認知能力はとても古くからあるから

約5億年前に魚類が誕生し、有性生殖をするように進化しました。この生殖本能は、セックスをする「能力」と言い換えることができます。そして、その能力は、性欲として、食欲と並び、最も嗜癖性が強いと言えます。約3億年前に哺乳類が誕生し、親が哺乳行動(育児行動)を、そして子どもが愛着行動をするように進化しました。この育児と愛着の習性も、育児をする「能力」と親に愛着を持つ「能力」と言い換えることができます。そして、これらの能力も、かなり嗜癖性が強いと言えます。この詳細については、以下の関連記事をご覧ください。


>>【育児と愛着の嗜癖性】

約700万年前に人類が誕生し、約300万年前に家族をつくり、さらにその血縁から部族をつくるようになりました。この時、狩りや子育てのために部族の中でお互いに協力し合うように進化しました(社会脳)。例えば、それは、周りの人と心を通わせる力こと(共感性)、周りの人に対して自分を落ち着かせること(セルフコントロール)、そして周りの人とうまくやっていくために自分で考えて行動すること(自発性)です。これが、非認知能力の起源です。逆に言えば、それ以前の人類やその他の動物は、車に例えると、この向社会性というナビゲーションがなく、単純なアクセルである快感と単純なブレーキである恐怖だけで行動しており、非認知能力があるとは言えないでしょう。

なお、社会脳のメカニズムの詳細については、以下の関連記事をご覧ください。


>>【社会脳のメカニズム】

1つ目の段階として、家庭環境の影響が非認知能力にほぼない原因は、セックス、育児、愛着ほどではないにしても、この能力がとても古くからあるからであることが考えられます。人類の最も古い能力の1つであり、その分、とても癖になりやすい(嗜癖性が強い)と言えるでしょう。そして、敏感に反応してしまうからこそ(遺伝形質が発現しやすいからこそ)、家庭環境の刺激の程度に違いがあっても、つまりどの親のかかわりによっても、変わらない能力であると言えます。結果的に、家庭環境の影響に違いが出ず、影響度はほぼ0になってしまうです。

つまり、嗜癖性が強いものは、家庭環境の影響が入り込む余地がないと言えるでしょう。

②言語的コミュニケーション能力は比較的最近に出てきたから

約20万年前に現生人類が誕生して、喉の構造が変化して、複雑な発声ができるようになりました。この時、言葉を使う脳が進化しました。これが、言語的コミュニケーション能力の起源です。言語的コミュニケーション能力とは、発音、語彙の数、文法的な正確さなどの基本的な会話力であり、認知能力の基礎と言えます。

この能力に限定した検査は、ウェクスラー式知能検査の下位項目の単語・類似・理解、京大NX知能検査の下位項目の単語完成・類似反対語・文章完成、日本語能力試験の下位項目の聴解などがあげられます。しかし、現時点で、これらの検査の下位項目に限定した行動遺伝学的な研究は見当たらず、家庭環境の影響度は不明です。そこで、語学力(外国語の才能)で代用します。そうするのは、語学力は、日本語における方言と標準語、タメ語と敬語の使い分けの延長ともとらえられ、言語的コミュニケーション能力の1つと考えられるからです。語学力においての遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、50%:23%:27%であることが分かっています。つまり、家庭環境の影響が20%強と出てきます。

2つ目の段階として、家庭環境の影響が言語的コミュニケーション能力(正確には語学力)にややあると考えられる原因は、この能力が比較的最近に出てきたからです。その分、やや癖になりにくい(嗜癖性が弱い)と言えるでしょう。非認知能力ほど敏感に反応するわけではないので(遺伝形質がやや発現しにくいので)、言語環境(家庭環境)の刺激の程度に違いがあると、つまり親によって曝される言葉の数や質の違いによって、変わってしまう能力であると言えます。逆に言えば、言語環境が同じ家庭内では、言語的コミュニケーション能力が似ていく、つまり同じレベルになっていくと言えます。結果的に、家庭環境の影響に違いが出て、影響度が20%程度となってしまうです。

実際に、この嗜癖性の弱さは、語学力に7歳という臨界期がある点でも説明することができます。つまり、年齢とともに嗜癖性が弱くなっていくものは、家庭環境の影響が入り込む余地が出てくると言えるでしょう。例えば、それが、親から伝えられる方言、敬語、外国語などの語彙の数や表現の仕方なのです。

ちなみに、コミュニケーション能力には、この言語的コミュニケーション能力の他に、準言語的コミュニケーション能力と非言語的コミュニケーション能力があります。これら3つは、それぞれ順に、言葉そのものの言語情報、声のトーンなどの聴覚情報、表情などの視覚情報に言い換えられます。これらの能力についての行動遺伝学的な研究は現時点で見当たらず、家庭環境の影響度は不明です。その代わりに、これらの心理的な影響度は、7%、38%、55%であるという実験結果があります(メラビアンの法則)。この影響度を、情報媒体としてより選ばれる、より好まれる、つまり嗜癖性が強いと解釈すると、この3つの能力の出現の順番は、非言語的→準言語的→言語的であることが推定できます。なお、メラビアンの法則の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【メラビアンの法則】

③言語理解能力は最も最近に出てきたから

約10万年前に現生人類は貝の首飾りを信頼の証にするなどシンボルを使うようになりました。この時、言葉によって抽象的に考えるようになりました。これが、概念化、つまり言語理解能力の起源です。さらに、約5千年前に、文字が発明されました。これが、読み書き、つまり学習能力の起源です。

言語理解能力(京大NX知能検査の言語性知能)においての遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響度は、14%:58%:28%であることが分かっています。つまり、家庭環境の影響が60%弱とかなり高まっています。

3つ目の段階として、家庭環境の影響が言語理解能力にかなりある原因は、この能力が最も最近に出てきたからです。その分、とても癖になりにくい(嗜癖性がほとんどない)と言えるでしょう。あまり敏感に反応しないので(遺伝形質がとても発現しにくいので)、学習環境(家庭環境)の刺激の程度に違いがあると、つまり親のかかわり(家庭学習)の程度の違いによって、かなり変わってしまう能力であると言えます。結果的に、家庭環境の影響に大きな違いが出て、影響度が60%程度となってしまうです。ただし、先ほどの知能指数(IQ)においての家庭環境の影響度の変化でもご説明しましたが、この数値が高いのは一時的なもので、年齢とともに下がっていきます。

つまり、嗜癖性がもともとほとんどないものは、家庭環境の影響が入り込む余地がかなりあると言えるでしょう。例えば、それが、先ほどにもご説明した、本がたくさんある家庭環境なのです。

なお、言語理解は、認知能力の1つです。認知能力を代表する知能指数(IQ)には、言語理解の他に、ワーキングメモリー、知覚推理、処理速度があります。他の3つについての家庭環境の影響度は、どれも0%であることが分かっています。結果的に、知能指数(IQ)においての家庭環境の影響度は、トータルで評価されて、先ほど示した数値である約30%になってしまうのです。

また、このことから、ワーキングメモリー、知覚推理、処理速度の3つの能力は、言葉が生まれる前に出現していたことが推定できます。そもそも、これらの能力は、視覚情報を介しており、言葉(聴覚情報)を介する必要がないです。例えば、言葉が生まれる前の原始の時代を想像すると、人類は襲ってくる猛獣から身を交わしつつ、仲間と息を合わせて威嚇しつつ、自分の子どもを守りつつ、逃げ道を探したでしょう。これは、同時並行で作業を記憶するワーキングメモリーです。人類は、獲物を追いかけるために、野山を延々と駆け抜けたあと、道に迷わずに部族の集落に帰ってきたでしょう。これは、二次元の図形や三次元の立体を頭の中で思い描いて自在に回転するメンタルローテーション(知覚推理)です。

ところで、知能指数(IQ)においての成人初期の家庭環境の影響度は、日本では約20%にとどまってしまうのに対して、欧米ではほぼ0%でなくなってしまうことが分かっています。これは、欧米人と比べて、日本人は成人しても実家暮らしが多いことが原因になっている可能性が指摘されています。しかし、嗜癖性の観点で考えると、欧米の言語よりも日本語の方が難解であることが原因になっている可能性も指摘できます。なぜなら、それだけ学習に労力がかかり、嗜癖性がさらに弱くなるので、家庭環境の影響が残ってしまうからです。

ちなみに、音感(音楽の才能)や絵心(美術の才能)についても、家庭環境の影響度は0%であることが分かっています。このことから、これらの能力(才能)も、言葉が生まれる前に出現していたことが推定できます。特に、音楽については、リズムやトーンが共通する点で、準言語的コミュニケーション能力と同時期に出現していた可能性が考えられるでしょう。

そう考えると、準言語的、そして非言語的コミュニケーション能力は、音楽と同じく、言葉が生まれる前に出現しているため、家庭環境の影響は0%であることが推定できます。

★グラフ2 能力の起源