連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2024年2月号 映画「かがみの孤城」【その1】けっきょくなんで学校に行けないの?-不登校の心理

逆になんで学校に行くの?

こころが不登校になったあと、いじめ女子グループのターゲットは、クラスメートの萌ちゃんに変わっていました。彼女は、こころと同じように悪質ないじめを受けますが、不登校にはなりませんでした。なぜ彼女は学校に行けるのでしょうか?

大きく3つの可能性をあげて、その中から萌ちゃんが学校に行く一番の理由(目的)を考えてみましょう。

①親から行けと言われるから

1つ目は、(社会)から行けと言われるからです。これは、先ほどのこころの母親の「行くの?行かないの?」と言うセリフに重なります。そしてこれは、こころをはじめ、多くの子どもに当てはまります。もちろん、親としては「学校に行くのは勉強して立派な大人になるため」という思いがあります。教師としても、そう伝えるのが職務です。

ただし、「立派な大人になる」のは子どもが自分で望んでいるわけではないです。勉強好きの子どももごく一部です。すると、これは子どもにとって「学校に行くために学校に行く」という状態になってしまいます。「学校に行け」「勉強しろ」と言われて、とりあえずそれに従っている状態です。

発達心理学的には、小学生まではそれが可能です。しかし、中学生にもなると、反抗期(思春期)です。もはや親や教師の言うことを聞かなくなります。勉強が難しくなったり、大人になった将来のことを考えていなければ、なおさらです。しかも、親や教師が反抗させまいとすれば、子どもはもっと反抗して逆効果です。そうなると、学校に行く目的がなくなってしまいます。

以上より、親や教師(社会)から行けと言われること、つまり勉強することを学校に行く一番の理由(目的)にしてしまうと、不登校のリスクを高めてしまうことが分かります。これは、萌ちゃんには当てはまりません。なお、反抗の心理の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【反抗の心理】

②友達に会えるから

2つ目は、友達に会えるからです。友達とは自分の味方であり、その友達が集まっている教室(学校)が居場所になります。学校に行く理由を、このようにぼんやりと考えている子どもは、かなりいるでしょう。学校の代わりにフリースクールが居場所になると唱える教育関係者もいるでしょう。

発達心理学的には、小学生までならそれで良いです。なぜなら、いろんな友達とかかわりたいと思う気持ち(同調)を高める時期だからです。しかし、中学生にもなると、思春期真っ盛りです。思春期は、同調の心理がさらに発達して、不特定多数から特定少数の友達(グループ)といっしょにいたいと思うようになる時期です。そのため、グループに入れないなど友達関係がうまくいかないと、学校に行く目的がなくなってしまいます。そして、こころのように「ぼっち」(ひとりぼっち)である状況をクラスメートから指摘されることは、味方がいない「だめな自分」が晒されていることを意味します。こうして、居場所がない感覚に陥り、学校に行くのがますますつらくなります。この点で、友達関係の葛藤を自覚できなかったり、恥ずかしくて認めたくないために言い出せなかった場合も、「無気力・不安」の方にカウントされている可能性が考えられます。

以上より、友達に会えること、つまり学校が居場所であることを学校に行く一番の理由(目的)としてしまうと、不登校のリスクを高めてしまうことが分かります。これも、萌ちゃんには当てはまりません。そして、こころがフリースクールにも行けなかったのは、まさにこれが原因です。つまり、フリースクールにしても学校にしてもただ居場所であるだけでは限界があるということです。なお、同調の心理の詳細については、以下の記事のページの最後をご覧ください。


>>【同調の心理】

③大人になるために必要だから

3つ目は、大人になるために必要だからです。ここで、こころが久々に萌ちゃんに再会した時に、萌ちゃんが言ったセリフがヒントになります。それは、「ばかみたいだよね。たかが学校のことなのにね」「だってあの子たち(いじめ女子グループ)、恋愛とか目の前のことしか見えてないんだもん。成績も悪いし、ガキっぽいし。10年後も20年後もあのままだよ。きっとろくな人生送らないよ」「ああいう子たちってどこにでもいるし」というセリフでした。

萌ちゃんは、親の仕事の都合で転校を繰り返していたこともあり、彼女ならではの冷静な判断力を持っています。そして、「目の前」ではなく「10年後、20年後の人生」という大人になった未来の視点を持っています。つまり、「今、相手にどう思われるか」ではなく、「これから自分はどうしたいか(どうなりたいか)」という発想です。例えば、どんな仕事をしたいのか、どんな所に行きたいのか、どんな人に会いたいのか、どんな人といっしょにいたいのかなど、なりたいと思う大人の自分を具体的にイメージしていくことです。

発達心理学的には、これは思春期の発達課題である自我同一性(アイデンティティ)です。この自我を育むために、学校に行って、勉強して、友達に会っているのです。この先に、大人になる、つまり自立(自我同一性の確立)があります。この自我があることによって、萌ちゃんはいじめられて周りから友達がいなくなっても、こころほど気にせず、不登校にならなかったのでした。

以上より、萌ちゃんのように大人になりたいと思うこと、つまり自我を育むことを学校に行く一番の目的とすることで、不登校のリスクを低くできることが分かります。なお、自我をはじめとする発達課題の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【発達課題】

不登校の根っこの心理とは?

学校に行く一番の目的は、大人になる(自我を育む)ためであるということが分かりました。この自我が芽生えているかどうかが、同じいじめを受けながら、こころが不登校になって萌ちゃんが不登校にならなかった決定的な違いです。

また、先ほどの文科省の調査の「無気力・不安」の正体とは、この自我がまだ芽生えていないために、ただ勉強する気が起こらない無気力感であったり、友達がいないこと(いないことを見られること)を気にしすぎる不安感であったりするのなどの心と体の反応(症状)であることが分かります。そして、不登校が長引けば、この自我を育むチャンスをますます逃してしまうことが分かります。

つまり、不登校の根っこの心理とは、自我の弱さであると言えます。