【4ページ目】2013年9月号 テレビドラマ「泣かないと決めた日」【続編】なんでハラスメントをするの?どうすればいいの?―差別の心理
③原始時代仕様の心と体
原始時代仕様であるのは、脅威センサーだけでなく、心もですし、体もです。例えば、現代は、原始の時代とは違い、文明によって、運動をほとんどしなくてもよくなりました。だからと言って、人は運動をしなくなったでしょうか?
人は、運動をしなければ、体調や気分がすぐれなくなり不健康になることを実感しています。だから、逆にあえて運動をするために、私たちは散歩したりスポーツジムに通うなどして体と心の健康を維持しています。さらには、現代は、科学や法律によって、得体が知れないものへの恐怖や身の危険を感じることが少なくなってきました。しかし、人はそれでそのままハッピーなのでしょうか? では、なぜ人はジェットコースターに乗るのでしょうか? なぜお化け屋敷に行くのでしょうか? なぜアクション映画やホラー映画を見るのでしょうか? その答えはこうです。原始の時代から人は、得体が知れない恐怖や身の危険を感じることが当たり前の環境で生きてきました。そして、当たり前だと思う遺伝子が現代の私たちに引き継がれてきました。だから、現代になって、いきなりそれらの刺激(ストレス)がなくなると、逆に物足りないということです。人は、ある程度のハラハラドキドキの擬似体験が必要なのです。
体のアレルギー反応になぞらえてみましょう。花粉症や喘息などの体のアレルギー反応では、自分の免疫の抗体が自分の体を間違って攻撃します。その原因の1つは、現代の生活環境があまりにも清潔になってしまい、本来攻撃していた細菌があまりにもいなくなってしまったからなのです。これと同じように、心のアレルギー反応、つまり脅威へのアレルギー反応によって、脅威が全くなくても脅威を抱く矛先がどこかに向けられてしまいます。
その時にたまたま選ばれた誰かが、生け贄(身代わり)としてターゲットとなるのです(スケープゴート現象)。そして、悲しいことに、私たちは、脅威のターゲットがその誰かに特定されていることで、心のバランスが保たれ、安心が得られるのです。たとえそのターゲットが全く見当違いだとしてもです。
④黒い羊効果
私たちは、この心理を感覚的に知っており、逆に利用してさえいます。例えば、美樹の1つ先輩の同僚は、ターゲットが美樹でなくなったら、次は自分になるという危機感を募らせています。誰かが犠牲になれば、自分は安全だという心理です。だからこそ、この同僚は、「必死」に美樹に強く当たっているのです。また、リーダーは、部下たちが自分の陰口を言っているのを立ち聞きしてしまい、その不満をかわそうとしていました。実際に、かつて国の支配者が、民衆の不満を逸らすため、国家的に「悪者」を作り出し、不満のはけ口としてその「悪者」を攻撃させるという偏見(差別)の心理を利用してきた悲しい歴史もあります。
ヨーロッパでは、昔から日常用語として、「悪者」になった人を「黒い羊」と呼ぶことがあります。羊はたいてい白く、もともと従順で群れに馴染みやすいイメージがあります。その白い羊毛が様々な色に染められるのに対して、黒い羊毛は黒色にしかならない、つまり他の色に染められないことから、黒い羊は、否定的な「悪者」のイメージが付いてしまいました。
英語のことわざに「どんな群れにも1頭の黒い羊がいる(There is a black sheep in every flock.)」があります。これは、人間の世界に当てはめると、群れという社会には、黒い羊、つまり裏切り者、ならず者、厄介者、異端者、逸脱者という「悪者」が必ずいるという意味になります。ただ、カテゴリー化の中の偏見(差別)の心理を踏まえると、正確には、「1頭の黒い羊がいる」のではなく、「1頭が黒い羊に見える」ということになります。他の羊が全て真っ白だと、たまたまある羊がちょっと黒いだけでも、とても黒く見えてしまうのです。つまり、他の人たちが全員同じ方向を向いていればいるほど、ある1人の人が少しでもずれた方向を見ると、全員がその人へより大きな敵意を感じてしまうということです(黒い羊効果)。
かつて「歩きタバコ」は当たり前に行われていました。しかし、最近は「歩きタバコ」が規制されることで、ほとんど見かけることはなくなりました。すると、逆に「歩きタバコ」をしている人をたまに見かけると、規制の地域以外であっても、不快に思い、その人に敵意を抱いてしまいます。これと同じように、きっと近い将来、「歩きスマホ」が規制されれば、「歩きスマホ」をする人に敵意を私たちは抱くでしょう。よく冗談で言われる「赤信号みんなで渡れば怖くない」という言い回しがあります。その逆の「みんなが渡らない青信号を渡る」傾向のある人―例えば、「新卒」ではない就職活動者(フリーター)―は、就職面接などでは採用されにくいという現実もあります。