連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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・認知再構築(リフレーミング)
・妄想性障害
・統合失調症スペクトラム障害
・創造性
・夫婦カウンセリング(カップルセラピー)
・「ロマンス病」
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みなさんは、誰かを愛していますか? 愛とは何かと考えたことはありますか? 世の中には、あまたの「恋愛マニュアル」があります。そこには、どうしたら相手から愛されるか、モテるかというやり方が紹介されています。もちろん、それはそれで大事でしょう。ただそれ以上に大事ことは、どうしたら相手をうまく愛せるかという心のあり方ではないでしょうか?
今回は、愛をテーマに、映画「ドンファン」を取り上げます。主人公は「愛の貴公子ドンファン」と名乗る青年。現代のニューヨークに、マント衣装に黒マスクという時代錯誤な格好で現れます。失恋を理由にビルの屋上に上がり、「名誉の死」を望むと言って騒ぎを起こしたことで、精神鑑定のために精神科病院に入院することになります。そこで彼は、主治医になったジャックに自分の愛の遍歴を語り始めます。彼の語る壮大な愛のストーリーにジャックは引き込まれ、やがてジャックも愛を語り始めるのです。
それでは、「ドンファン」という恋愛ファンタジーを通して、創造性と妄想の二面性のメンタルヘルスを学びつつ、愛するとは何か、どうしたら相手をうまく愛せるのか、そして、より良いパートナーシップとは何かを探り、いっしょに愛の本質に迫っていきましょう。
ドンファンは、ジャックに「自分はドンファン。あなたはドンオクタビオ。ここはあなたの館だろう。」と言い、客人のように振る舞っています。ジャックが「もしここが精神科病院できみが患者で私が主治医だと言う人がいたら?」と問いかけると、ドンファンは「その人は狭いものの見方しかできないのだ」「私はものごとを心の目で見るからだ」と言い返します。彼は続けて、「例えば、私が美しいという女性を『美しくない』と言う人もいる。鼻が大きいとか、やれお尻が大きすぎるとか、胸が小さいとか。だが、私には女の真価が分かる。どの女性も美しく神々しく完璧だ。なぜなら、私は一面的な物の見方をしないからだ」と説きます。さらに、「女性は、私の前では素直だ。なぜなら、私が、女の奥に秘められた美しさを見いだし、それを愛するからだ。それと同じように、ここが病院だとしても、私の目にはあなたのすばらしい館なのだ。そして、あなたは私と同じ愛の貴公子。今は道を見失っているだけだ」と言い切ります。
実は、ジャックは、初老を迎え、仕事への情熱を失い、数日後の引退を決意していました。妻とも倦怠期を迎え、人生に飽き飽きしていました。ドンファンは、そんなジャックの心の内を見抜き、言い当てたのでした。
ものごとには、プラス面とマイナス面があります。問題なのは、マイナス面があることではなく、プラス面に目を向けない自分の考え方であり、心のあり方であるということです。そして、それは、ものごとだけでなく、人間にも当てはまります。相手をどう見るのか? どう見たいのか? もっと言えばどう見いだしたいのか? つまり、マイナスな点をいくつも探し出して不平不満を言い続けるのか、プラスな点を見いだしてより良い関係を築きたいのか? それは自分次第であるということです。
ちなみに、ドンファンの考え方は、心理セラピーで行われている認知行動療法の認知再構築(リフレーミング)、ナラティブセラピーのオルタナティブストーリー、交流分析の脚本などに重なります。
ドンファンは、叙事詩やオペラに登場する伝説上の愛の貴公子になりきっていました。彼は、メキシコで生まれ育ち、家庭教師の人妻と不倫して、父親が愛と名誉の決闘で亡くなり、その後に母は修道女になったと語ります。続けて、彼は不運にも奴隷船でアラブの国に連れて行かれ、なりゆきでハーレムにいる1000人以上の女性と愛を交わします。そして、その後に乗った船が難破して彼一人だけエロス島に漂着し、最愛の恋人のドンナアナに巡り合い、激しく愛し合い、やがて失恋します。彼の語る生い立ちは、壮大なストーリーなのでした。
一方で、ジャックが入手した情報によると、ドンファンには本名があります。アメリカの片田舎で生まれ育ち、父親は交通事故で亡くなり、母親は確かに修道女になっていますが、彼とのかかわりははっきりしません。3か月前から祖母宅で暮らし始めますが、彼の部屋の壁には黒マスクをしているグラビアアイドルの写真が張り巡らされ、机には「ドンファン」の叙事詩が置いてありました。
ドンファンは、ジャックに「ここが精神科病院であなたが精神科医だということは私も承知している」とも言っています。強制入院が継続されるかを判定する審問会では、ドンファンは判事に「好きだったグラビアアイドルが連絡しても相手にしてくれなかった。生きる望みがなくなって死にたい気持ちになった。それをみんなに知ってもらいたくてハデな騒ぎを起こしただけです。本当に死のうと思ったわけではない」とまともな振る舞いをして、無事に自由の身になります。
果たしてドンファンは正常なのでしょうか? 答えは、正常とは言えないです。客観的に考えれば、彼の話は事実と大きく異なっており、突飛で荒唐無稽です。体系化した誇大妄想があります。誇大妄想をもとにして自殺企図もみられていました。ただし、自殺企図は一度だけであり、反省を見せています。このように、ある程度の病識があり、周りに合わせることができている点で、社会生活は著しく障害されているとは言えなくなります。よって、診断は、妄想性障害となります。
気難しい精神科病院の院長は、「ドンファンは統合失調症だ。早く薬を飲ませてほしい」とジャックに何度も迫ります。果たしてドンファンに薬物治療が必要でしょうか? 答えは、現時点では必ずしも必要ではないです。確かに、より広い診断では、統合失調症スペクトラム障害と言えますが、統合失調症と限定はできないです(グラフ1)。統合失調症は、妄想性障害よりも症状の種類が多く、また症状の程度が重いです。一方、ドンファンは妄想の世界と現実の世界の折り合いを付けて、社会生活を送っています。これが治療不要の理由です。ただし、今後に心理的なストレスが強まるなどで重症化して社会生活が難しくなれば、統合失調症に診断変更されます。このように、統合失調症スペクトラム障害は、「スペクトラム(連続体)」としてつながっていると理解することができます。