連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2021年5月号 アニメ「インサイドヘッド」【続編・その1】やったのは脳のせいで自分のせいじゃない!?

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・自由意志
・リベット
・決定論
・分離脳
・「潜在意識」
・「ホムンクルス問題」
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2021年3月号で、子どもから大人まで楽しめるディズニーアニメ「インサイドヘッド」をご紹介しました。この作品では、ライリーという女の子の頭の中で、感情の小びとたちがコミカルに活躍する様子が描かれていました。そして、彼らの働きぶりから、感情心理学を学びました。

ただ、、みなさんの中で、この作品を見終わった人は、よくある純粋な子ども向けのアニメにない、ある不気味さに気づきませんでしたか? それは、主人公であるはずのライリー自身がどう考えて、どう行動しようとするかという彼女自身の心の中(意識)がいっさい描かれていないことです。もっと言えば、ライリーが完全に小びとたちの操縦通りに動く「ロボット」になっており、自分で決める能力(自由意志)がないように描かれていることです。

今回は、この作品への続編記事として、制作者が確信犯的に仕込んだこの「私たちに自由意志はないの?あるの?」という裏メッセージを脳科学的に読み解きます。そして、意識を生み出す脳の正体を解き明かします。さらに、意識の起源を進化心理学的に迫ります。そこから、私たちはなぜ自由意志があると思ってしまうのかという問いへの答えを探っていきましょう。

意識の正体とは?

意識とは、脳が作り出している脳の一部と理屈では理解できるような気がします。と同時に、1つの魂という存在として体に宿っているようにも感じています。そもそも意識とは何でしょうか? まず、ライリーとライリーの頭の中(脳)の関係から、意識の正体を解き明かしてみましょう。

小びとたちがいつもいる司令部の建物は、よくよく見ると、脳のど真ん中にある間脳を逆さまにした形をモデルにしています。間脳とは、感覚入力の中継(視床)、自律神経やホルモンの調整(視床下部)、ホルモンの指令(下垂体)をする3つの部位が合わさった、まさに中枢です。また、小びとたちの目の前にある感情操縦デスクは、脳の神経細胞のシグナル伝達をする接合部位(シナプス後部)の形をモデルにしています。彼らは、この感情操縦デスクのボタンやレバーを動かすことで、ライリーは考え、行動するように描かれています。

つまり、この作品の裏メッセージを脳科学的に読み解くと、意思決定は、意識が行っているのではなく、実は先に脳が行っているということです。つまり、意識の正体とは、脳が決めたことをただ見ているだけであるということです。簡単に言うと、意識は、主役ではなく、観客であるということです。

これは、実際に、リベットによる実験で明らかになっています。この実験では、開頭手術中の患者の脳(随意運動野)に電極を取り付けます。そして、手を動かそうと意図した瞬間、手を動かす脳の指令信号(運動準備電位)が出る瞬間、実際に手が動く瞬間のそれぞれ3つのタイミングの時間差を計りました。もともとの予想は、「意図する→指令信号が出る→実際に動く」という順番でした。ところが、実験の結果は、「指令信号が出る→(0.3秒経過)→意図する→(0.2秒経過)→実際に動く」という衝撃の結果だったのでした。これは、その後のfMRIによる追試研究でも繰り返し確かめられています。

意識とは、これまで「司令部」として能動的に決断を下しているように思われていましたが、実は私たちがそう思い込んでいるだけであり、実際は、脳が決めたことを0.3秒後に受け身的に見ているだけであったということです。つまり、私たちの考えや行動はあらかじめ脳によって決められていることになります。これは、決定論(神経生物学的決定論)と呼ばれ、実際に現在の多くの脳科学者たちから支持されています。

ただし、そうなると、ある問題が起きます。例えば、ライリーが家出をするために、ママの財布からクレジットカードを盗むシーンがあります。これは、ライリーの頭の中で、イカリという小びとの暴走によるものでした。つまり、問題とは、盗んだのは小びと(脳)のせいであり、ライリー自身(意識)のせいじゃない、ライリーに盗みの責任はないという理屈が成り立つことです。

言い換えれば、自分(意識)に、自分の考えや行動を決める能力(自由意志)がないということは、犯罪行為の責任を問えなくなるかもしれないことを意味します。

果たして、私たちに自由意志はないと言えるのでしょうか? この答えを探るために、脳の意思決定のプロセスをもっと掘り下げてみましょう。