連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2021年5月号 アニメ「インサイドヘッド」【続編・その1】やったのは脳のせいで自分のせいじゃない!?

どうやって意思決定をするの?

それでは、どうやって脳は意思決定をするのでしょうか? 次に、小びとたちの働く様子から、脳の意思決定のメカニズムを解き明かしてみましょう。

ライリーの頭の中では、小びとたちが、感情操縦デスクの前で、イス取りゲームのように、せめぎ合うようにボタンを押しています。ちなみに、ライリーのママとパパの頭の中は、会議室のように小びとたちはみんな座って意見を言い合ってボタンを押しています。

脳科学的に言えば、これがシグナル伝達です。これは、気質(遺伝素因)、これまでの経験(生育環境)、その時の体調などに照らし合わせた瞬時の感情のアルゴリズムに従って、まさにせめぎ合うように働いています。こうして、意思決定が行われます。

さらに、実際は、5人の感情の小びとたちの下に、さらに小さな小びとたちがたくさんいます。例えば、顔を認識する小びと、親密さ(血縁)を認識する小びと、協力を促す小びと、裏切りを見抜く小びとなど特定の働きをする様々なサブシステムです(心的モジュール)。ちなみに、かつてフロイトが説いた規範意識(超自我)も、この小びとの1人ととらえることができます。彼らは、ライリーの体験(外界からの知覚刺激)に別々に次々と反応しています(並列分散処理)。この膨大な反応(ニューラルネットワーク)を、感情の小びとたちが取りまとめ、意識に上げてくるのです(ソマティック・マーカー)。

つまり、意思決定は、意識によるトップダウンではなく、脳活動(ニューラルネットワーク)によるボトムアップであるということです。簡単に言うと、意思決定は、ワンマンによる独裁政治ではなく、多数決による民主主義であるということです。

これは、脳梁の切断(分離脳)の研究で判明しています。脳梁とは、左右の大脳半球をつなぐ部位です。難治性てんかんへの脳梁離断術後で左右の大脳半球が完全に切り離されると、それぞれの大脳半球が独立して知覚し、ばらばらに動いてしまう症例があることが分かっています(エイリアンハンド症候群)。例えば、「他人」(エイリアン)の手のように勝手に物を取ろうとしている片方の手を、もう片方の「自分」の手が押さえ込んで、もみ合いになってしまうことです。つまり、脳梁の部位でのネットワークが途切れてしまったために、連携のアルゴリズムがうまく働かなくなってしまったのです。

意思決定のアルゴリズムは、SNSのアドワーズ広告にも例えられます。この広告システムは、ユーザーのニーズ(検索ワードの傾向)に合わせた広告を自動的に表示します。これと同じように、脳のシステムは外界刺激に最適化された反応をするのです。

「潜在意識」で説明できないの?

先ほどご紹介した決定論を支持するリベットの実験を「潜在意識」(無意識)という考え方で反論できないでしょうか? これは、意識が「手を動かそうと意図した瞬間」の0.3秒前の「手を動かす脳の指令信号が出る瞬間」に、まず「潜在意識」が潜在的に「手を動かそうと意図」し始めているからであるという理屈です。

しかし、この「潜在意識」の正体は、まさに先ほどご説明した「指令信号が出る瞬間」から0.3秒間の脳活動のせめぎ合い(アルゴリズム)に過ぎません。つまり、「潜在意識」はけっきょく単一の意識であるという根拠がありません

よくよく考えると、もし「潜在意識」が存在して、これを含む意識がワンマンで決めているとしたら、その役割の脳の部位があるはずです。つまりは「意識を司る脳」の部位です。以前から、それは前頭葉であると考えられてきました。しかし、ここで問題が起きます。例えば、それを脳の中にいる1人だけの小びととしましょう(ホムンクルス)。すると、その小びとがどうやって決めるかはまた分かりません。そこで、その小びとの「脳」の中に1人のさらに小さな小びとがいるはずと考えます。すると、さらにその小さな小びとにも・・・と延々と繰り返してしまい、けっきょく答えが出ないことになってしまいます(ホムンクルス問題)。

意思決定のメカニズムから、やはり私たちに自由意志はないのでしょうか? この答えを探るために、次回に意識はどうやって生まれるのかを解き明かしてみましょう。

>>2021年5月号 アニメ「インサイドヘッド」【続編・その2】意識はどうやって生まれるの?