連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2018年2月号 映画「ドンファン」–どう愛する?

なぜ妄想は「ある」の?

それにしても、ドンファンが語る愛の言葉は神秘的で、聞く者の五感をしびれさせ、くすぐります。出会う女性たちを喜ばせるだけでなく、ジャックをも、妻を恋する男に変貌させます。そして、何より、完璧な愛の世界こそが、ドンファンの生きる支えになっています。彼の信念とも言えます。ジャックは、ドンファンの妄想のプラス面に気付いたのでした。

そもそも、なぜ妄想は「ある」のでしょうか? 病気の症状と言ってしまえばそれまでですが、時代や場所を問わず、ある一定の人に見られ、普遍性があります。その答えを進化心理学的に掘り下げてみましょう。

原始の時代、私たちヒトは、チンパンジーと共通の祖先と別れた700万年前から、体と同じく心(脳)も進化させました。特に、約10~20万年前に喉の構造が進化して、複雑な発声ができるようになり、言葉を話すようになりました。そして、言葉によって、抽象的な思考ができるようになりました。その時からです。道具、建築、芸術、文学、宗教、政治などの文化が爆発的に発展していきました(文化のビッグバン)。これが、創造性です。一方、この創造性の心理が過剰になれば、思い込みや思い入れとなり、合理性とは相容れないマイナス面が出てきます。この状態が妄想と呼ばれているのです。つまり、創造性と妄想はコインの表と裏ということです。そして、妄想という診断は、一面的なものの見方に過ぎないということです。

愛するとは?

ドンファンはジャックに説きます。「五感全てが愛で満たされるような女に出会ったことはあるか?」「心の安らぎを与えてくれる女だ」「彼女に出会ったことで私は生を受け、彼女を失うことは死を意味する」「人生で大切な問題は4つしかない。神聖とは何か?心は何からできているのか? 何のために生きるのか?何のために死ぬのか?その答えは全て同じ。愛だけだ」と。

ドンファンは情熱的です。彼には打算やコスパなどの合理的な発想はありません。まさに妄想とも言える相手への一途な思い入れこそが、結び付きをより強めます。進化心理学的に考えれば、創造性は、男女の仲を深め子孫を残すという恋愛において特に重要な役割を果たしてきたと言えるでしょう。「愛は盲目」とはよく言ったものです。これこそが人間らしさであり、恋愛の魅力でもあります。

どう愛する?

ドンファンは「愛の達人が本当の快楽を感じるのは、エクスタシーそのものよりも、彼の腕の中で女が花開いたと知る瞬間だ」と語ります。彼の語る愛とは、相手を満たすことに満たされることです。つまり、相手に喜びを与えることが大事であるということです。そんなドンファンの話を聞いていくうちに、やがてジャックは「情熱なくして人生はない」と言い始めます。ドンファンによって、ジャックの消えかけた情熱の心に火が点いたのでした。ジャックは30年以上連れ添った妻のマリリンへの情熱を取り戻し、愛を語るようになっていくのです。ジャックは、ドンファンを治そうとして、逆に治されたのでした。