連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2022年12月号 映画「ラン」【前編】なんで子どもを病気にさせたがるの?【代理ミュンヒハウゼン症候群】

子どもを病気にさせたがる心理とは?

クロエはある時、些細なことをきっかけに、いつも自分が飲まされている薬が何なのか疑問を抱くようになります。自分で調べようとしますが、母親のダイアンが先回りして、なかなかその薬の正体にたどり着けません。そして、ようやく薬剤師から「犬に飲ませる筋弛緩薬」「人間が飲んだら脚が麻痺するわ」と聞かされるのです。つまり、クロエの病気は、ダイアンによるねつ造であることが判明します。つまり、ダイアンは、代理ミュンヒハウゼン症候群であったということです。なお、この正式な診断名は、作為症(虚偽性障害)です。この診断基準は、以下をご覧ください。

★作為症(虚偽性障害)の診断基準(DSM-5)

ここから、子どもを病気にさせたがる心理を大きく3つあげてみましょう。

①同情されたい

この映画の冒頭で、ダイアンが超早産で赤ん坊を生んだことで打ちひしがれ、医療スタッフから見守られるシーンがあります。もちろん、この時、ダイアンは本当につらい思いをしたのでしょう。同時に、周りからの慰めを心地良く感じてしまい、それに彼女は味をしめてしまったことが考えられます。

1つ目の心理は、同情されたいという同情欲求です。もはや同情されることが快感になっている状態です。これが過剰になった状態を、同情中毒として以下の前回の記事でご説明しました。


>>同情中毒

ただ、その後にダイアンが同情されるシーンは描かれておらず、彼女に関しては、この欲求はこれからご紹介する2つの欲求よりも小さいことがうかがえます。

②認められたい

ホームスクーリングを利用する生徒の保護者会で、子どもが卒業して家を出ると寂しくなると他の保護者たちが涙ながらに語っていました。そんななか、ダイアンは、退屈そうに携帯をいじりながら「子どもが家を出るのは、嬉しいに決まってます」と発言するのです。彼女は、最初からクロエを家から出さない計画があったわけですが、それにしても、見栄っ張りのように見えます。また、ダイアンは、クロエに「何回病院に担ぎ込んだか知らないでしょ」と言っていました。このセリフから、ダイアンは自分が看病していることを誇らしく思っていることがうかがえます。そして、たびたび病院スタッフからねぎらいの言葉をもらっていたことも想像できます。

2つ目の心理は、認められたいという承認欲求です。これは、病院関係者からも学校関係者からも、重度の病を抱える子どもを献身的に看病し子育てをしている良い母親として承認されたいと思う気持ちです。なお、これが過剰になった状態は、承認中毒として以下の以前の記事でご紹介しました。


>>承認中毒

③やってあげたい

ダイアンは、クロエに「今までやってきたことは全部あなたのため」「ママほどあなたを愛してる人はいないのよ」と説きます。クロエから「私は病気じゃなかったの?」「本当は歩けたの?」と聞かれても、「私は傷つけることは何もしていない」「愛してるんだから」と抽象的な言葉だけで、具体的には答えません。挙句の果てに、クロエが「ママが毒薬を入れてたから・・・」と言いかけると、ダイアンはすぐにクロエの口を塞ぎ、「守るため。守ってあげたのよ」と言い張ります。もはや、自分で自分に言い聞かせているようにも見えます。

3つ目の心理は、やってあげたいという育児欲求です。もちろん、私たちも子どもにいろいろやってあげたいという気持ちがあります。ただし、それは本当にやってあげる必要がある時に限られます。子どもが自立してやってあげる必要がなくなれば、それはそれで育児のゴールです。

さすがにダイアンのように、やってあげることがなければやってあげる状況をわざわざつくり出すのは異常です。さらに、そのために嘘をつき通して、やめられなくなっているのも異常です。これは、育児欲求が過剰になっている状態で、同情中毒、承認中毒に合わせて育児中毒と言えます。

「中毒」とは、アルコール、ドラッグ、ギャンブルと同じように、やめたくてもやめられない嗜癖(アディクション)の古い言い回しですが、生々しくてインパクトがあるので、この記事ではあえてそう名付けています。