連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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・ミュンヒハウゼン症候群
・作為症(虚偽性障害)
・詐病
・疾病利得
・対人希求
・演技性パーソナリティ障害
・シックロール
・イエス・バット・ゲーム
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みなさんは、特に休みやお金がもらえるわけではないのに、病気になりたいと思ったことはありますか? 「そんなわけない」と思いますよね。しかし、世の中には、症状をねつ造してまで、病気になりたがる人がいます。いわゆるミュンヒハウゼン症候群です。
今回は、これをテーマに、サスペンス映画「二つの真実、三つの嘘」を取り上げます。病気になりたがる原因を解き明かし、嘘つきの心理を掘り下げます。そして、嘘をつくほどでなければ、病気になりたがるのは実はよくあるわけを解説します。さらに、病気になりたがる人の見分け方やその対策を探ります。
なお、ミュンヒハウゼン症候群への理解を深めると、この映画のキャラ設定や展開をよりリアルに見ることができ、B級ホラーらしからぬこの映画の魅力を見いだすことができます。サスペンスではありますが、この前編はネタバレなしです。ホラーOKなら、特に医療関係者をはじめとする援助職の方々にぜひ見てほしい映画です。
主人公はメラニーとエスター。2人は子どもを亡くした女性向けの自助グループで出会います。メラニーは、以前からこの自助グループに通っており、初めて参加するエスターに、夫と小さい息子が以前に交通事故で亡くなっていたことを打ち明けます。ところが、後日、エスターがデパートに行くと、たまたまメラニーが一人で歩いているのを見かけます。そして、突然、慌てふためいて息子の名前を叫び出し、店員に子どもが誘拐されたと言い出すのです。エスターは、駐車場に行って探そうとするメラニーを隠れて追いかけます。すると、メラニーが自分の車から息子を降ろして店に連れていくのを目撃してしまうのです。その後、夫も普通にいっしょに暮らしていることを目撃します。
ここで、タイトルである「二つの真実、三つの嘘」の1つ目の真実が分かります。それは、メラニーがミュンヒハウゼン症候群であるということです。彼女は、夫と息子が交通事故でなくなったり息子が誘拐されたと嘘をつき、その悲嘆や動揺などのつらい精神症状を真に迫って演じています。このように、症状をねつ造すること、周りにアピールすること、金銭目的ではないことなどがポイントになります。なお、ミュンヒハウゼン症候群は、従来の病名であり、この現在の正式な病名は、作為症または虚偽性障害(DSM-5)です。この診断基準は、表1をご覧ください。
ちなみに、息子や夫が嘘の内容の対象になっている点で、表1の右欄の代理ミュンヒハウゼン症候群であると思われるかもしれません。しかし、厳密には、息子や夫に症状をねつ造しているわけでなく、メラニーが自分自身に症状をねつ造している点で、左欄のただのミュンヒハウゼン症候群です。
また、金銭を得たり仕事などの義務を免れたりするのが主な目的である場合は、詐病です。これは、ミュンヒハウゼン症候群とは区別します。なお、詐病については、以下の記事で詳しくご説明しています。
メラニーはなんのためにこんなことをするのでしょうか? それは、同情されることが快感(社会的報酬)になっているからです。詐病は物理的な疾病利得(報酬)があるとすれば、ミュンヒハウゼン症候群には心理的な「疾病利得」があると言い換えられます。
もちろん、私たちも同情されたいと思うことはあります。ただし、それは本当に同情されるほどつらい状態になった時だけです。自分から嘘をついてわざわざ同情される状態をつくり出すのは、度が過ぎています。さらに、嘘を繰り返してまで同情されることがやめられなくなっているのも、度が過ぎています。もはや、これは「同情中毒」と言えます。「中毒」とは、アルコール、ドラッグ、ギャンブルと同じように、やめたくてもやめられない嗜癖(アディクション)の古い言い回しですが、生々しくてインパクトがあるので、この記事ではあえてそう名付けました。
メラニーは、そもそもなぜそこまでして同情されたいのでしょうか? それは、同情されることでしか人とかかわれなくなっているから、つまり同情を乱用した対人希求です。
私たちは人とかかわる時、「すごい」「さすが」とちやほやされたいという承認欲求があります。例えば、映画のラストで、テレビ出演して周りから注目されることをメラニーが想像するシーンが分かりやすいです。しかし、現実のメラニーは、夫の稼ぎによってお金があるとは言え、専業主婦で家庭に閉じ込められて子育てに追われ、夫婦関係もうまく行っていません。そうなると、承認されることが子育てぐらいしかなく、しかもそれすら承認してくれる人がいないので、代わりに「かわいそう」「大丈夫よ」とよしよしされたいという「同情欲求」を満たそうとするのです。つまり、承認欲求がポジティブな対人希求だとすれば、同情欲求はネガティブな対人希求であり、対照的です。
もちろん、この承認欲求も度が過ぎると、「承認中毒」という状態になります。これについては、以下の記事で詳しくご説明しています。
ちなみに、ミュンヒハウゼンとは、「ほら吹き男爵」のモデルとなった中世に実在した貴族の名前です。周りから注目されようと嘘をつく点では同じです。しかし、このミュンヒハウゼン伯爵は周りを楽しませて承認欲求を満たそうと嘘をつきましたが、ミュンヒハウゼン症候群は周りから気の毒がられて同情欲求を満たそうと嘘をついている点で違います。
つまり、ミュンヒハウゼン伯爵は、症状をねつ造したというエピソードが特にないので、実はミュンヒハウゼン症候群は当てはまりません。あえて言えば、注目されたいという特徴から、障害レベルではない演技性パーソナリティが当てはまります。
それでは、メラニーはなぜ次々と嘘がつけるのでしょうか? 私たちは、嘘をつく時に、無意識に落ち着かなくなります。その理由として、もちろん理屈で考えれば、嘘がばれた時に信用されなくなり自分が困るからです。そして、そもそも私たち人間は、嘘をつくなどの反社会的な行動をすると罪悪感を抱くように心が進化したからです。これは、社会脳と呼ばれています。
逆に言えば、嘘つきの原因は、この社会脳が生まれながらうまく働かないという遺伝素因の問題か、社会脳が親によって十分に育まれてこなかったという生育環境の問題か、またはその両方が考えられます。これについては、以下の記事で詳しくご説明しています。
ただし、嘘をついても落ち着かなくならない例外があります。それは、相手を傷つけないための嘘、いわゆる「ホワイト・ライ」です。これも、相手とうまくやっていくための社会脳として進化しました。