連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2019年7月号 映画「万引き家族」【前編】-親が万引きするなら子どももするの?【犯罪心理】

なぜ「万引き」しないの? ―社会脳

祥太は、いつも万引きをする駄菓子屋にじゅりを連れていき、初めて万引きをさせます。その直後、駄菓子屋のおじいさんから呼び止められ、「これやる」とゼリー棒を2本渡されます。そして、「その代わり、妹にはさせるなよ」とたしなめられます。実は、おじいさんは全てお見通しだったのです。この時初めて、祥太に罪悪感が芽生えます。

初枝が亡くなった後、祥太は、治から「これ(初枝を床下に埋めること)は内緒だぞ。ばあちゃんは最初からいなかった。おれたちは5人家族だ」と告げられますが、納得がいきません。その後、治が初枝のへそくり9万円を探し出し、信代と飛び跳ねて大喜びする様子を目の当たりにしていら立ち、祥太は持っていたヘルメットを放り投げます。

祥太は、後に児童相談所に保護された時、刑事から「あの人たち(治と信代)ねえ、私たちが家に着いた時、荷物まとめて逃げようとしてるところだったんだよ。あなたを置いて」「本当の家族だったらそういうことしないでしょ」と聞かされます。さらに、祥太は、児童養護施設に入って半年後、治に再開します。その別れ間際、祥太は治に「わざと捕まった」と伝えます。実際は、じゅりの万引きがばれそうになって、その身代わりになるために、わざと自分の万引きを店員たちに見せ付けて、注意を引いて逃げて、結果的に捕まったのでした。それなのにです。この時、祥太は、治に決別を悟らせます。子どもが父親を見限る瞬間です。その直後、治は、祥太が乗り込んだバスを必死に追いかけます。まるで、テレビの世界名作劇場のワンシーンです。もはや、どちらが子どもか分からなくなります。そして、独りぼっちになったのは、祥太ではなく、治だったことに気付かされます。

祥太は、治が「本当の家族」ではないと見限ったのでした。家族の温かみは全く表面的であることに気付いたのでした。治は、祥太の将来を考えていません。ただ自分の寂しさを満たしたかっただけなのでした。治は、祥太の幸せよりも自分の幸せを優先していたのでした。

ここで考えたいのは、祥太は、治と違って万引きをしなくなりました。なぜでしょうか? もっと言えば、私たちは、なぜ「万引き」(反社会的行動)をしないのでしょうか? その答えを進化心理学的に解き明かしてみましょう。

数億年前の太古の昔から、自然界では、動物同士が獲物を奪う奪われるという取り合いの関係(競争)になるのはごく当たり前のことでした。しかし、数百万年前に誕生した私たち人類は、サバンナ(草原)で猛獣に襲われたり飢え死にしないために、家族(血縁)を中心とした村(社会)をつくり、助け合い(協力)の関係を築きました。そして、その社会の中でうまくやっていくための様々な社会的感情を進化させました(社会脳)。その基盤になるのが信頼です。そして、社会に望ましい行動を促すのが誇りです。逆に、社会に望ましくない行動(反社会的行動)を抑えるのが、罪悪感です。

つまり、私たちが犯罪をしない理由の答えは、「本当の家族」を中心とする社会に対して罪悪感を抱く社会脳を進化させたからであると言えるでしょう。

なぜ「万引き」は「ある」の? ―犯罪の起源

私たちが「万引き」(反社会的行動)をしない進化心理学的な理由が分かりました。それでは、そもそもなぜ「万引き」は「ある」のでしょうか? その答えを、もう一度、進化心理学的に考え、犯罪の起源に迫ってみましょう。

私たち人類は、原始の時代に長らく、約150人程度の村人たちによる助け合い(協力)をする村を維持して、生存確率を高めました。そこは、限られた資源を分け合う平等社会です。逆に言えば、私たちは、そもそも不平等(格差)であることを嫌います。
しかし、そんな中、協力して得た資源を出し抜いて総横取りする種が現れました。助け合い(協力)よりも、取り合い(競争)の心理が上回った種です(フリーライダー)。フリーライダーとは、周りがお金を払って乗り物に乗っているのに、自分だけただで乗ろうとする種という意味です。なぜなら進化の本来の姿は競争だからです。私たち人類は、信頼による協力と騙しによる競争の心理を器用に使い分けて、バランスを取りながら進化してきたのでした。つまり、私たちの心の中には、信頼の心と同時に、常に裏切りの心が潜んでいるわけです。ただし、裏切りの心は必ず出てくるわけではありません。また、裏切り者は増えません。その理由として、裏切りの心理は短期的には効率的であるというメリットはありますが、長期的には秩序のある社会から排除されるというデメリットの方が大きくなるからです。原始の時代に排除されることは、すなわち死を意味します。

原始の時代は常に飢餓と隣り合わせであることを考え合わせると、飢餓や戦争などにより社会の秩序が不安定になり(アノミー)、不平等(格差)が広がった時にこそ、この社会への裏切りの心理が高まると言えるでしょう。これが、信代や初枝の復讐心の正体です。

つまり、犯罪が「ある」という理由の答えは、不平等な社会に対しては裏切る「反社会脳」を進化させたからであると言えるでしょう。

ちなみに、約5千年前に、文字が発明され、法が明記されるようになりました。それ以降、懲罰による犯罪の抑止や更生の考え方が、文化として根付いていったのです。

★グラフ1 「万引き」の起源

「万引き」は遺伝するの? ―遺伝率

「万引き」(反社会的行動)の起源が進化心理学的に分かりました。それでは、「万引き」は遺伝するのでしょうか? その答えを、行動遺伝学的に考えてみましょう。双生児研究において、反社会的行動の一致率は二卵生双生児が50%程度であるのに対して、一卵生双生児は80%へと高率になることが分かっています。ここから、遺伝、家庭環境、家庭外環境の影響の強さの相対的な比率が算出されます。なお、厳密には男女差、年齢差、研究機関の差がありますが、分かりやすくするために、青年期の平均男女の概ねの数値として示します。

後編に続く »