連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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パーフェクトであることの危うさは、「パーフェクト」な人の言いなりになる、「パーフェクト」であることにとらわれる、「パーフェクト」でなければ懲らしめられることであることが分かりました。つまり、パラダピアという国は、ユートピアとは名ばかりで、その正体は実は独裁国家であったということです。
三賢人に追い詰められるなか、ドラえもんは「パーフェクトになんかならなくていい」「これがぼくだからだ!」と訴えます。そして、ドラえもんが何もできない状況で、三賢人から「役に立たないロボットは価値がないでしょう?」と問われた時、のび太は「ドラえもんはぼくのそばにいてくれるよ」「いっしょに泣いてくれるよ。いっしょに笑ってくれるよ。いらないものなんかじゃない!ぼくの大事な友だちだ!」と言い返します。そして、「パーフェクト」洗脳から目が覚めたジャイアン、スネ夫、しずかちゃんも加わり、「いろんな人がいるからおもしろいんだ。ここはユートピアなんかじゃない!」とはっきり言うのです。
最後に、のび太たちがパラダピアでの冒険を終えて無事に帰ってきた時、彼はドラえもんに「ぼく、なんだかこの町が前よりずっと好きになったよ。ユートピアなんていらなかったんだ」「だってこの世界は初めからすばらしいんだもん!」と言います。パラダピアに来た当初に「ぼくのいた世界はひどい」というのび太のセリフと対照的です。彼の成長を感じさせます。今回の冒険で、彼は、多様性のすばらしさを学び、そして、自己肯定感を高めたのでした。
自己肯定感とは、「パーフェクトでなくてもいい」「どんなことがあっても大丈夫」など、自分を無条件に肯定する感覚です。いわゆる自尊心とも言い換えられます。
ただし、のび太は、ラストシーンで0点の答案を見たママから怒られて「そのままのぼくを愛してよ~」と言い返してオチがつきました。このように、「ありのまま」で良いだけだと、努力をしなくなります。これこそがユートピアです。やはり自己肯定感だけ高ければいいわけではありません。
一方で、自己肯定感とは対照的に、「パーフェクトである」「自分はできる」など、自分には能力があり何かを成し遂げることができる感覚は、自己効力感です。いわゆる自信とも言い換えられます。ドラえもんに登場するキャラクターの中で、この自己効力感が高いのは、出木杉くんです。彼は典型的な優等生で、パラダピアに行かなくてもすでに「パーフェクト小学生」です。
ただし、パーフェクトであることの危うさを踏まえると、彼の弱点が見えてきます。それは、のび太たちの大冒険のメンバーには一度も採用されないことです。そのわけは、彼がパーフェクトであるゆえに、たとえ冒険に加わっても知識を披露するだけで、ラストシーンののび太たちのようにワクワクするキャラクターにはならず、冒険する仲間としては扱いにくいからです。そもそも彼のキャラクターからすると、誘われても冒険することを辞退するでしょう。だからこそ、彼は、登場するにしても毎回序盤だけなのです。
のび太と出木杉くんのキャラクターから、自己肯定感と自己効力感はどちらかが高いだけでは危うさがあることが分かりました。このことから、どんな子育てがいいのでしょうか? それは、自己肯定感も自己効力感もバランスよく育むことです。このような子育ては、国家になぞらえると、自己効力感に重きを置く独裁国家でもなく、自己肯定感に重きを置くユートピアでもない、民主主義国家と言えるでしょう。つまり、「パーフェクト」でも「ありのまま」でもない、「ほど良い(グッド・イナッフ)」を目指すことです。
なお、これらの子育てのタイプの詳細については、以下の記事をご覧ください。この記事のグラフでは、自己肯定感を非認知能力、自己効力感を認知能力と表記しています。
昨今、中学受験が過熱しています。ますます多くの家庭が、パラダピアのような独裁国家になっていくことが懸念されます。独裁国家ほど、きれいな言葉などで飾り立てるのを好みます。しかし、その危うさを知った今、実は教育ビジネスに煽られ踊らされ、子どもも親も息苦しさを感じている状況が透けて見えてきます。この映画は、私たち大人へのそんな教訓が暗に込められているようにも思えてきます。
子育てとは、「ほど良さ」のあり方を育むによって「この世界はすばらしい」「生きてることはすばらしい」とまず子どもが思えるようになることではないでしょうか? そう思える子どもがやがて大人になった社会こそが、本当の「理想郷」と言えるのではないでしょうか?
1)「小説 映画ドラえもん のび太と空の理想郷」:福島直浩、小学館、2023