連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2024年7月号 映画「心のままに」【その2】だからハイテンションになってたの?―躁うつ病の起源

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・反応閾値モデル
・双極スペクトラム(ソフト・バイポーラリティ)
・個体差
・季節変化
・順位付け
・双極Ⅰ型障害
・双極Ⅱ型障害
・ランク理論(社会的地位理論)
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前回(その1)は、躁うつ病の症状と原因をご説明しました。それでは、そもそもなぜ躁うつ病は「ある」のでしょうか?

今回(その2)は、前回に取り上げた映画「心のままに」を踏まえて、進化精神医学の視点から、躁うつ病の機能、つまり躁うつ病の存在理由(起源)に迫ります。


>>【その1】どうハイテンションになるの?そのあとは?―躁うつ病

そもそもなんで躁うつ病は「ある」の?

前回(その1)で、躁うつ病は遺伝の要素が大きいことが分かりました。だとしたら、なぜ遺伝の要素が大きいのでしょうか? 言い換えれば、そもそもなぜ躁うつ病は「ある」のでしょうか? ここから、躁うつ病の起源を3つの段階に分けて、進化精神医学の視点から迫ってみましょう。

①個体差

約4億年前に昆虫が誕生しました。そのなかの真社会性の昆虫であるアリは、生殖だけをする1匹の女王アリと生殖不能になって働くだけの無数の働きアリになって分業するように進化しました。働きアリは、自分自身の子孫(遺伝子)を残せなくても、血縁のある女王アリが部分的に子孫(遺伝子)を残してくれるため、集団としては子孫を残していることになります。そしてさらに、働きアリの中にも、「とても働く」働きアリと「あまり働かない」働きアリがいるようにも進化しました。

1つ目は、個体差です。つまり、個体差がない種よりも、個体差がある種の方が、集団としてはより子孫を残す、つまり結果的には包括適応度が高くなります。どういうことでしょうか?

現代の人間の合理化された社会構造のなかでは、一律に決まった労働に対して、一律の労働力を発揮する方が労働効率は高まります。つまり、個人差(個体差)がない方が合理的であるとされています。

しかし、原始の時代は違います。獲物がたまたま見つかり労働力が急に必要になったり、飢餓や災害が起きて労働力が急に失われたりするなど、生存環境はとても不安定です。そんななか、それぞれの個体の働くスイッチ(反応閾値)に個体差があると、労働力がいよいよ必要になった状況で、もともとスイッチが入りにくくて(反応が鈍くて)「あまり働かない」個体のスイッチがようやく入り、予備要員として働き始めるのです。臓器の予備能にも似ています。これは、反応閾値モデルと呼ばれています(*4)。簡単に言うと、周りが働いていれば自分は働かず、周りが働いていなければ自分は働くという反応へのスイッチの入り具合(閾値)に個体差があることです。

実際の実験研究によると、働きアリ150匹を個体識別して、「とても働く」働きアリと「あまり働かない」働きアリを別々に分けたところ、もともと「とても働く」働きアリグループのなかで「あまり働かない」働きアリが現れる一方、もともと「あまり働かない」働きアリグループのなかで「とても働く」働きアリが現れていき、最終的には、働き具合はもともとの割合と同じになる結果が得られました(*4)。なお、当然ながら、とても働いている働きアリは、その分早く寿命が尽きる、つまり過労死しやすくなることも分かっています(*4)。

実際のコンピューターシミュレーションの研究においても、必要な労働が一定の場合は、予想通り、個体差があるよりも個体差がない人口生命の集団の方がより高い労働効率で生き残っていました。一方で、必要な労働が不定の場合は、個体差がない人口生命の集団は過労死してしまい、逆に、個体差のある人口生命の集団の方が最終的に生き残り続けました(*4)。

このように、活動レベルにおける個体差は、躁うつ病を中核とした一連の症候群である双極スペクトラム(ソフト・バイポーラリティ)の起源でしょう。躁状態と抑うつ状態は、この個体差の正規分布のそれぞれ一番端っこ、つまり「とても働く」個体と「あまり働かない」個体の極端な例に過ぎないと言えるでしょう。
ただし、実は「あまり働かない」のではなく、「あえて働かない」戦略を取る種も一定数います。これは、フリーライダーと呼ばれています。人間社会だけでなく、アリ社会にもその存在が確認されました(*4)。フリーライダーの詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【フリーライダー】