連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2024年7月号 映画「心のままに」【その2】だからハイテンションになってたの?―躁うつ病の起源

③順位付け

約2000万年前に類人猿が誕生しました。彼らは実際にケンカをするよりも、うなり声や攻撃のポーズなどの威嚇をして、そのすごさ(ハイテンション)をもとにした序列によって群れをつくるように進化しました。

3つ目は、順位付け(ランキング)です。なお、群れで飼われるニワトリも、お互いつつき合うことで、それぞれの強さ(序列)を確かめて、群れの秩序を保っています(つつき順位)。

現代の人間の文明化された社会構造のなかでは、気分が安定して穏やかであることが望ましいとされています。ハイテンションになって偉そうにしたり威嚇することは、不必要であるどころか、むしろ、異常であると見なされます。

しかし、原始の時代は違います。当時は、細かいルールや先々の予定はなく、その瞬間を瞬発力で生きているだけで十分なので、ハイテンションであることは、その分、獲物を多く取ることができるでしょう。そして、性的にアクティブにもなり、異性にモテていたでしょう。そして、映画でハイテンションのジョーンズがコンサートで勝手に指揮を執ったように、約300万年前の原始の部族社会ではボスになっていたでしょう。つまり、ハイテンション(躁状態)であることは、生存と生殖の適応度を高めることができるというわけです。

以上より、順位付けが、躁状態を進化させた、つまり起源であると言えるでしょう。そして、躁状態は、順位付けされた群れ社会で上位に行くための機能である、簡単に言えば「ボスザル」になる能力であると言えるでしょう(*5)(*6)。これは、ランク理論(社会的地位理論)と呼ばれています。

ただし、躁状態にはタイムリミットがあり、その後にはジョーンズのようにエネルギー切れ(抑うつ状態)になります。ボス行動(支配行動)とは対照的な服従行動です。これは、同僚のハワードや主治医のボーエン先生がジョーンズを助けてくれたように、周りの援助行動を引き出す生存戦略と言えます。このようにして、躁うつ病であることは、子孫を残すだけのベネフィットの方が大きかったでしょう。

実際の疫学研究において、躁うつ病の繁殖成功率は、男性75%、女性85%と、症状が派手な割にそれほど低下していません(*5)。となると、原始の時代は断然高かったことが推定できます。

また、臨床経過においても、躁状態が顕著なタイプ(双極Ⅰ型障害)は、躁病期9%強、抑うつ期32%強、寛解期52%、混合期6%強です(*1)。先ほどの躁状態が軽いタイプ(双極Ⅱ型障害)と比較すると、躁病期が1%→9%と長くなっているのにもかかわらず、体を休めるための抑うつ期は50%→32%と長くならずにむしろ短くなり、寛解期は46%→52%とやや長くなっています。これは、「ボスザル」の座になるべく長く座るための進化でしょう。

なお、順位付けにとらわれる心理の詳細については、以下の記事をご覧ください。


>>【順位付け(ランキング)の心理】

★グラフ1 躁うつ病の起源

「心のままに」とは?

ジョーンズの主治医であるボーエン先生は、精神科医として患者たちの感情を真摯に受け止め、常に自分の感情は抑えてきました。そして、実は離婚したばかりで心を閉ざしていました。そんな彼女は典型的な現代人です。一方、まさに「心のままに」生きるジョーンズは、対照的に「原始人」です。そんな二人は、やがてお互いに激しく惹かれ合うのでした。

約200年前の産業革命で科学が発展し、合理主義が広がっていったことで、気分や気力はみんな等しく一定である(べき)という価値観が広がってしまいました。それ以降、ジョーンズのような躁うつ病の人は「心の病」と見なされるようになってしまったのでした。

「心のままに」とは、まさにジョーンズの生き方であり、そんなジョーンズに自然と惹かれてしまうボーエン先生であり、そんな彼らを私たちに温かい目で受け止めてほしいというこの映画のメッセージでしょう。

参考文献

*1 「標準精神医学 第8版」p.306、p.335:医学書院、2021
*4 「働かないアリに意義がある」p.39、p.59、pp.64-65、pp.74-78、p.122:長谷川英祐、ヤマケイ文庫、2021
*5 「進化精神病理学」pp.214-217、p.281:マルコ・デル・ジュディーチェ:福村出版、2023
*6 「進化精神医学」pp.109-112 :アンソニー・スティーヴンズ、世論時報社、2011