連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2019年7月号 映画「万引き家族」【前編】-親が万引きするなら子どももするの?【犯罪心理】

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・自己正当化
・敵意バイアス
・ポジティブバイアス
・抽象的思考の困難さ
・反社会的モデル
・格差
・罪悪感
・フリーライダー
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みなさんは、万引きを見かけたことはありますか? なぜ万引きするのでしょうか? 逆に、私たちはなぜ万引きしないのでしょうか? そもそもなぜ万引きは「ある」のでしょうか? 万引きは遺伝するのでしょうか? そして、万引きをしないためにはどうすれば良いでしょうか?

これらの答えを探るために、今回は、映画「万引き家族」を取り上げます。「万引き」と「家族」という全く相容れない2つのテーマが絡み合っており、後半にかけて私たちの心を激しく揺さぶります。

万引き(窃盗)は、犯罪の検挙人員の割合としては2割程度で多くはないです。しかし、認知件数の割合は6割近くあります。認知されていない暗数を含めると、もっとあるでしょう。つまり、万引きは、犯罪の中で最も多いながら、実際に犯人が捕まることが最も少ないと言えます。この映画を通して、万引きを主とする犯罪(反社会的行動)を精神医学的、進化心理学的、そして行動遺伝学的に掘り下げます。そして、犯罪と遺伝の関係という「不都合な真実」を「なかったこと」にしたいという私たちの心理にあえて迫ります。その「真実」を踏まえてこその対策をいっしょに考えてみましょう。

なお、スリルを求める病的な万引き(クレプトマニア)や摂食障害に伴う万引き(盗食)については今回割愛します。

家族にあるまじき3つの「万引き」とは?

ストーリーの舞台は、平屋の古い一軒家。6人の家族が、貧しいながらも、冗談を言い合い、いつも笑いが絶えません。彼らなりに一生懸命に生きて、お互いを気遣っており、家族の温かさが描かれています。しかし、同時に、その家は、周りを高層マンションに囲まれており、今にも崩れそうで、社会から取り残された危うさも暗示されています。

実は、彼らには、家族にあるまじき多くのスキャンダルがありました。これらを3つに分けて整理してみましょう。

①家族が万引きして生計を立てている
父親の治は、時々呼ばれるだけの日雇いの建築作業員です。資格も経験もなく、実際はほとんど働いていません。彼の「稼ぎ」は、スーパーや釣り道具屋などでの万引きと車上荒らしです。母親の信代は、クリーニング工場で、パートで働いていましたが、リストラされてからは無職です。それまでは、当たり前のようにクリーニングに出された衣類のポケットの中の金品をくすねていました。祖母の初枝は、月6万円近くの年金を得ています。これが、この家族の唯一の定収入です。初枝も、パチンコ店で、隣りの客の玉をくすねたり、不倫した元夫と不倫相手との間にできた息子の家族の家に押しかけ、金品をたかっています。やがて、初枝は急死しますが、治と信代はその遺体を床下に埋めて、年金の「万引き」(不正受給)も始まります。

1つ目のスキャンダルは、家族が万引きで生計を立てていることです。そして、家族全員が万引きで得たものを当たり前のように当てにしてます。

②家族が子どもを「万引き」(誘拐)して育てている
治は、近所で、寒い中、罰として外に出されている5歳のじゅりをかわいそうだからとの理由で、家に連れて帰ります。そして、信代は、じゅりの体中にあるやけどの痕を見て、かつての自分と同じく虐待されていることを確信し、帰さずに育てることを決意します。実は、すでにいる11歳の息子の祥太も、数年前に治が車上荒らしをした時に、パチンコ屋の駐車場の車に残されて熱中症になっていたところを、治が助け出し、連れ帰っていたのでした。

2つ目のスキャンダルは、家族が子どもを「万引き」(誘拐)して育てていることです。治と信代の間には子どもはいません。積極的ではなかったにしても、治と信代は、祥太とじゅりを誘拐しています。

また、治は、かつて初枝がパチンコ店で客の玉を盗んでいるのに気付いてから初枝と仲良くなり、信代とともに初枝の家に転がり込んだのでした。そして、信代と異母姉妹と自称していた亜紀も、実はもともとは家出少女で、初枝に誘われて家に居候するようになったのでした。つまり、この家の6人は、誰一人として血がつながっていないのでした。

③家族が子どもの社会性を「万引き」(隔絶)している
祥太とじゅりは、家の出入りを自由にしています。しかし、祥太は小学校に行っていません。じゅりも幼稚園や保育園に行っていません。ご近所付き合いもありません。もちろん、誘拐がばれてしまうおそれがあるからです。そのため、祥太とじゅりは、実質的にはこの家に閉じ込められていると言えます。その代わりに、治は、祥太に万引きの仕方を教えています。そして、2人の連携プレーで万引きを毎回成功させています。さらに、祥太がじゅりに万引きの仕方を教えるようになります。

3つ目のスキャンダルは、家族が子どもの社会性を「万引き」(隔絶)していることです。子どもの教育を受ける権利や社会性を育む権利を奪うこと、そして万引きなどの犯罪(反社会的行動)を教えることは、虐待に当たります(教育ネグレクト、心理的虐待)

また、亜紀は、風俗バイトをしています。このバイト自体は、反社会的行動とは言えないです。ただ、このバイトのことを聞いた初枝は、気にも止めずに受け止めています。本来は、自分の体を大切にできて、先行きが見える、より社会性のある仕事をしてほしいと願うのが親心のはずなのにです。

「万引き家族」は「万引き」をどう思っているの? ―犯罪心理

治、信代、初枝がしている万引き、誘拐、虐待などは、どれも犯罪(反社会的行動)として許されないことです。子どもたちが見ているなら、親としてなおさらです。一体、彼らは「万引き」(反社会的行動)をどう思っているのでしょうか? 彼らのセリフを通して、主に3つの犯罪心理(認知的バイアス)を掘り下げてみましょう。

①自分は悪くない―自己正当化
治は、万引きについて祥太に「お店に置いてあるものはまだ誰のものでもない」「店がつぶれなきゃいい」と説明しています。信代はクリーニング工場で「盗ったんじゃない、拾ったんだ」「忘れるやつが悪い」と思っています。また、信代は、誘拐について「違うよ。別に監禁も身代金も要求していないから」「(虐待していた親は)今頃せーせーしてるんじゃない?」と言っています。治も「保護してやったんだ」と開き直ってもいます。治は祥太に、学校に行かせない理由について「家で勉強できないやつが学校へ行くんだ」と言い聞かせています。

1つ目の犯罪心理は、「万引き」する自分は悪くないと思うこと、つまり自己正当化です。これは、反社会的行動の理由付けをして自分は間違っていないと思い込むことです。そうすることで、罪悪感を抱きにくくなります(中和)。

②相手が悪い―敵意バイアス
信代は捕まった時、初枝の死体遺棄について女性刑事に「捨てたんじゃない。拾ったんです。誰かが捨てたのを拾ったんです。捨てた人ってのは他にいるんじゃないですか?」と答え、暗に初枝を見捨てた息子夫婦の方が悪いと言い張っています。また、信代は、じゅりを誘拐した理由についてその女性刑事に「憎かったのかもね。母親が」と答えます。

2つ目の犯罪心理は、「万引き」される相手が悪いと思うこと、つまり敵意バイアスです。これは、うまく行かないことを相手の悪意によるものだと思い込むことです。そうすることで、自分の反社会的行動の責任を相手(社会)に押し付けることができます。

③向こう見ず―ポジティブ・バイアス
治は、じゅりをあっさり連れて帰ってから半年後に、じゅりが行方不明の事件になっているニュースを見て、「やばいな、やばいよな」と急にオロオロし始めます。大事になっていることを見て、自分の思い付きでしたことのまずさにようやく気付いたのでした。一方、信代は、じゅりを連れて歩く時に初枝から「こういうのはかえって大っぴらにした方が疑われないのよ」と言われて、同意します。さらに、信代は、同僚に誘拐がバレていることを知った後も、「大っぴら」にしています。「見つかったらその時はその時だ」「コソコソ生きるなんて性に合わない」という思いなのでした。

3つ目の犯罪心理は、「万引き」に向こう見ずであること、つまりポジティブ・バイアスです。これは、後先をあまり考えずに、自分に都合が良くなると思い込むことです。そうすることで、反社会的行動の重大性やそれが明るみになる危険性に目をつむることができます。

なぜ「万引き」するの?―犯罪の危険因子

このように、「万引き」(反社会的行動)について、自分は悪くない、相手が悪い、向こう見ずという犯罪心理(認知的バイアス)が働いてることが分かりました。それでは、なぜそんな犯罪心理が働くのでしょうか? つまり、そもそもなぜ「万引き」するのでしょうか?

治、信代、初枝を通して、犯罪の危険因子を主に3つ探ってみましょう。