連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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・年金不正受給
・社会保険労務士
・疾病利得
・詐欺罪
・モラルハザード
・信書開封罪
・ノーリスクハイリターン
・シックロール
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「年金2000万円問題」が話題になりました。かつての「消えた年金」のように、年金政策は、一歩間違えれば、政権を揺るがす大問題に発展します。それだけ年金にまつわる不祥事は、国民にとって敏感な社会問題です。
そんな中、みなさんは、精神障害年金というものがあるのを知っていますか? それが今、危うい「ビジネス」になっているかもしれないということも? そして、それが年金の財源を食いつぶすかもしれないということも? 実際に、インターネットで「障害年金」と検索すると、「受給成功率を上げる」「完全成功報酬制」などとの謳い文句が並ぶ精神障害年金の相談の広告があふれ出てきます。
今回のテーマは、精神障害年金の不正受給です。これは一体、何なんでしょうか? 不正受給はどうやって起きるのでしょうか? そして、どうすれば良いでしょうか? これらの問いへの答えを探るために、映画「万引き家族」の登場人物を再び取り上げます。前編では「万引き」を精神医学的に解説しました。今回は、社会医学的な視点で、精神障害年金にまつわる「ブラックボックス」を明らかにします。そして、障害年金が「ビジネス」として悪用されることなく、本当に必要な人に行き届く運用のあり方とその限界についていっしょに考えていきましょう。
「万引き家族」の登場人物の1人の初枝は、月に6万円近くの年金を得ていました。これは、65歳を目安とする老齢(高齢)の時期から支給される老齢年金です。その後に、初枝は急死します。しかし、同居している治と信代は、その遺体を床下に埋めて、本人が「生きている」ことにして、初枝の年金の支給を代わりに受け続けます。これが、年金の不正受給です。
年金の不正受給は、老齢年金だけでなく、障害年金でもありえます。障害年金とは、その障害によって、日常生活や就労に制限が生じている場合に支給されます。この障害年金の不正受給は、本人が「障害がある」ふりをして、可能になります。なお、この記事で「障害がある」とは、日常生活や就労に制限が生じるレベルとします。
ただし、身体障害の場合、その認定には、客観的な検査による根拠が必要になるため、不正受給は起こりにくいです。一方、精神障害の場合、その認定には、必ずしも客観的な検査は必要ありません。患者の訴えをもとに、精神科医が「障害がある」と判断すれば、ほぼ認定されます。ここに、不正受給の「ブラックボックス」があります。さらに、昨今ではインターネットによる精神障害年金の相談対応で、障害年金に詳しい社会保険労務士(以下、社労士)が介入することが増えています。ここに、不正受給がビジネスになりうる「ブラックボックス」があります。
なお、紹介する事例については、精神科医や患者からの聞き取り調査に基づいています。
ここから、精神障害年金の不正受給が起きる原因を、患者、社労士、精神科医の3つの立ち位置に分けて、ぞれぞれの「ブラックボックス」を明らかにしてみましょう。ただし、ここで誤解がないようにしたいのは、これから解き明かす「ブラックボックス」は全ての患者、社労士、精神科医に当てはまるわけでは決してないということです。あくまで彼らの一定数に当てはまるということです。そして、その数が今後に増えていく危うさがあるということです。
治と信代は、初枝の老齢年金を不正受給する際に、葛藤ありません。その原因については、前編ですでにご説明しました。これは、障害年金の不正受給をする心理にも当てはまります。この心理を前編の原因の状況に重ね合わせながら、まず患者の「ブラックボックス」を3つに分けてみましょう。
①もらえるものはもらいたい-過剰な権利主張
精神障害年金の受給金額は、基礎年金2級で月に6万5千円程度です。5年前まで遡った請求(遡及請求)をすれば、390万円が一気に手に入ります。これは、収入としてはかなりの額です。精神障害によって日常生活能力が下がっている場合には、非常にありがたく、この経済的なサポートによって、安心が得られ、病状を安定させる一因になることもあるでしょう。しかし、問題は、薬やリハビリなどの治療により病状が改善し、日常生活への制限がなくなった場合です。さらには、就労を始めた場合です。次の更新の時に、その状況を精神科医に報告できるでしょうか? 正直に報告してしまうと、「障害がある」と判断されず、受給が減額されたり、停止してしまいます。本人は、この事実に気付きます。すると、本人にはどういう心理が芽生えるでしょうか?
1つ目は、お金を減らされたくない、もらえるものはもらいたいという心理です(過剰な権利主張)。つまり、「障害がある」ままにしておこうという心理です。この心理は、意識的ではありますが、無意識的な疾病利得の心理にもつながっています。これを強めるのは、前編で解説した「やってはいけないことの意味がよく分かっていない」という状況です。うそをつくことは良くないことだというモラルが働かなくなっていることです。例えば、障害年金の診断書の更新日が近付くと、急に不調を訴えます。「お金が減らされないように書いてください」と最初から本音を言う人もいます。
また、正直に病状の改善を報告してしまい、実際に受給が減額されたり停止した場合には、その時になって、本人は不調を再度訴えます。実は具合が悪すぎて、そのことすら言えなかったと苦しい理屈を言う人もいます。怒り出す人もいます。せっかく始めた就労を中断するという実力行使に出る人もいます。そして、診断書の再作成を要求します。これは、ちょうど生活保護を受給している人がなかなか就労しようとしない心理に似ています。
ちなみに、2016年に障害年金の等級判定ガイドラインが改定されてから、それ以前と同じ診断書の内容でも等級が下がったり、受給期間が短くなることで次回更新が早まるようになりました。本人たちがますます警戒する事態になっています。
②自分だけ損したくない-損失回避
障害年金を受給する前はどうでしょうか? 本人は、すでに受給している知人、インターネットの案内や個人のブログなどから、障害年金についての「裏ワザ」情報を得ます。そして、自分も病状を大げさに言えば、障害年金を得ることができることに気付きます。すると、本人にはどういう心理が芽生えるでしょうか?
2つ目は、みんなやっている、自分だけ損したくないという心理です(損失回避)。つまり、「自分も障害者になったんだから、もらって当然だ」という心理です。これを強めるのは、前編で解説した「やってはいけないことをする親(周り)がいた」という状況です。例えば、「自分と同じ病気の友達はもらっているのに、なんで自分はもらえないんですか?」と精神科医に迫ります。これは、ちょうど給食費の未納問題やNHKの受信料問題にも通じる心理です。
③バレても損しない-モラルハザード
障害年金を受給しながら、実は「障害がある」ふりをしていたことや、就労の事実を隠していたことがバレた場合、どうなるでしょうか? 実際は、現時点で摘発されるということはないです。また、バレたとしても、それまでの受給金額の返金は求められる場合はありますが、よほど悪質でない詐欺罪(刑法246条)には問われないでしょう。本人は、この事実に気付きます。すると、本人にはどういう心理が芽生えるでしょうか?
3つ目は、バレない、バレても損しないという心理です(モラルハザード)。つまり、「言ったもん勝ち」という心理です。これを強めるのは、前編で解説した「やってはいけないことを刺激する社会がある」という状況です。世の中は、格差が開くのと相まって、価値観が多様化しました。これは、個人の権利意識が強まることであり、その分、他者(社会)への配慮が弱まることでもあります。それは、周り(社会)からどう思われるかを気にしなくなり、「やってはいけない」という心理が希薄になることでもあります。本来、障害年金は、障害が原因で働けない人のためにある制度です。それが、「障害」を理由に働かない人によって悪用されるという事態が起きています。