連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
治は、捕まったあとに取り調べの刑事にのらりくらりと答えます。信代は、いかに自分たちが悪くないかを刑事に切々と語ります。しかし、刑事たちは彼らの矛盾点を突き、思惑を全て見破っています。ここでまた仮定の話です。治と信代が、社労士の指南のもと、精神科医に年金の診断書の作成を迫った時、精神科医はどうするでしょうか? 刑事と同じことができるでしょうか?
最後に、精神科医の「ブラックボックス」を3つに分けてみましょう。
①確かめようがない-良識
年金の等級を決定付けるのは、日常生活能力がどれくらい落ちているかでほぼ決まります。これは、食事管理、清潔管理、金銭管理などの生活面で、どれくらいできないことがあるかで判定されます。ここで、患者が「できないことばかりだ」と言い張り、具体的にできないことを社労士がリストアップした「病状報告書」を持ってきたら、精神科医はどう思うでしょうか?
1つ目は、確かめようがないという心理です。身体障害と違って、精神障害は、客観的な検査による根拠が基本的にありません。診断基準は、数値化されておらず、明確になっていません。どうしても、患者の訴えを根拠にするウェートが大きくなります。もちろん、明らかに矛盾した病状は却下できます。しかし、「できない」と言い張る患者に対して、「できる」と精神科医が言い返すには、実際に患者の自宅に精神科医が住み込んで、その様子を確かめるしかありません。
また、患者の発言が90%の可能性で虚偽だと思っても、残りの10%で真実の可能性もあります。精神科医が責任を問われるのは、圧倒的に、患者を信じてだまされることよりも、だまされまいとして患者を信じないことです。なぜなら、患者は「弱者」だからです。そして、医師をはじめとする援助職は、基本的に「性善説」のスタンスで仕事をするべきと思われているからです。逆に言えば、これが精神科医の「弱み」です。つまり、良識的な精神科医ほど、なかなか患者の訴えを否定しないです。
②争いたくない-平和主義
精神科医は、どんな患者もどんな状況をも受容する姿勢で診療を行っています。つまり、基本的に患者の味方で、物ごとの白黒をはっきり付けないかかわりを好みます。なぜなら、それが病状を良くするからです。しかし、一方で、急に患者が社労士とタッグを組んで、障害年金を必死に獲りにやって来たら、精神科医はどう思うでしょうか?
2つ目は、争いたくないという心理です。なぜなら、精神科医は、白黒はっきりさせる刑事ではないからです。もともと味方に徹していただけに、年金の話になると、急に敵対的になるのは、やるせないです。そして、何より、その切り替えが難しいです。
また、精神科医は、「心」を扱うだけに、明らかなウソを除いて、ウソっぽく聞こえても、表向きだけでも信じたふりをします(受容)。なぜなら、信頼関係を損ねたくないからです。そして、信頼関係が病状の安定につながるからです。
特に、開業医の場合は、「患者を失いたくない」「悪い噂を立てられたくない」「トラブルを避けたい」という心理もあるでしょう。これは開業医の「泣き所」です。つまり、平和主義の精神科医ほど、なかなか患者の訴えの真偽の白黒を付けないです。
③時間がない-事なかれ主義
精神科医は、他の科の医師と比べると、比較的に診療の時間に余裕があります。しかし、カルテをはじめとする書類作成は、他の科の医師と比べて、圧倒的に多いです。そんな中、患者と押し問答となり、何度も説明の時間を取られたり、何度も社労士から診断書の書き直しを迫まれたら、精神科医はどう思うでしょうか?
3つ目は時間がないという心理です。持久戦に持ち込まれると、精神科医は、これ以上時間を取られたくないので、確信犯的に「患者を信じる」という大義名分に逃げてしまうのです。なぜなら、先ほどご説明した平和主義は、裏を返せば、事なかれ主義だからです。これでは社労士の粘り勝ちです。
特に、開業医は狙われます。なぜなら、もともと時間がないからです。開業医によっては、最初からスタッフに診断書の作成を任せて、最後にサインをするだけの場合もあります。この状況で、社労士から「診断書原案」が送られてきたら、ありがたくいただき、丸写しさせるでしょう。これは、社労士の「思うつぼ」です。つまり、事なかれ主義の精神科医ほど、患者の訴えを鵜呑みにしてしまいます。
精神障害年金の不正受給は、不正に年金を手に入れたい患者がいて、それを指南する社労士がいて、それに言いなりになる精神科医がいることで成り立つことが分かりました。これは、もはや「障害年金ビジネス」と呼べるでしょう。「貧困ビジネス」や「自立支援ビジネス」とからくりは同じです。これらが、表向きには「貧困をなくす」「ひきこもりを脱する」と言っておきながら、貧困者を貧困のままに、ひきこもりをひきこもりのままにすることで利益を追求します。これと同じように、「障害年金ビジネス」は、表向きには「障害者の権利を守る」と言っておきながら、障害者を「障害がある」ままにすることで利益を追求しています。
このビジネスの問題点を、大きく3つあげてみましょう。
①けっきょく患者のためにならない
1つ目は、けっきょく患者のためにならないことです。例えば、精神科医と患者の信頼関係を揺るがすことはすでにご説明しました。これは、精神科医だけでなく、患者にとってもマイナスです。また、精神科医が言いなりにならなければ、その精神科医を代えるよう社労士が勧めることもマイナスです。そして何より、患者は、実は「障害がある」わけではなくなっているのに、「障害がある」ままにされることで、「病気だからしかたない」「障害があるから働かない」などと病人になりきってしまう心理を強め、その状況に甘んじて、リハビリや就労に消極的になることです(シックロール)。
また、このビジネスモデルは、「もらえないはずの年金をもらえるようにしてあげますよ(だって精神科医の診断書に働きかけるから)」と患者の欲を煽ることですが、実はもう1つあります。それは、「このままではもらえるはずの年金がもらえないかもしれないですよ(だって精神科医の診断書はいい加減だから)」と患者の不安を煽ることです。つまり、もともと社労士の介入がなくても、もらえるはずの年金についても、あたかも社労士の介入によって「勝ち取った」という体裁にすれば、「成功報酬」を堂々と受け取ることができます。精神科医が障害年金についての理解や関心が乏しいとの指摘は、社労士による指南書に書かれています。確かに、この指摘は、精神科医が肝に命じるべきことです。しかし、両方とも、患者に揺さぶりをかけるという点では、やはり不適切であり、患者のためになりません。
②不正で不公平である
2つ目は、不正で不公平であることです。これは、当たり前の話になります。例えば、「障害がある」ふりをする患者は、そうしない患者よりも、毎月6万5千円(基礎年金2級相当)を手にします。「障害がある」よう指南する社労士は、そうしない社労士よりも、1件あたり10万~50万円の高額報酬を手にします。そして、「障害がある」ことに言いなりになる精神科医のクリニックには、そうしない精神科医のクリニックから、不正に年金を手に入れたい患者が流れて増えていきます。
これまで、社労士は、インターネットなどで知ってやってきた患者にしか介入してきませんでした。しかし、最近では、社労士が精神科クリニックに直接提携を持ちかけるという話を耳にします。これは、精神科医が年金診断書を希望する患者を社労士に紹介する見返りに、社労士が精神科医に紹介料を支払うというシステムです。そうすることで、社労士はこのビジネスの「取りこぼし」を減らすことができます。精神科医は、年金診断書の作成代行をしてもらえるばかりか、紹介料をもらえます。この提携は、精神科医が虚偽記載のリスクが高まる一方、社労士は「ノーリスクハイリターン」のままになります。これは、社労士にとって新たなビジネスモデルになりうるでしょう。
③年金の財源を圧迫する
現時点で、障害年金の受給者は、老齢年金に比べると、かなり少ないです。ただし、年金の財源が、危ういのは周知の通りです。今後、この「障害年金ビジネス」が広がったら、どうなるでしょうか?
3つ目は、年金の財源を圧迫することです。端的に言えば、財源を食いつぶすことです。このビジネスの次のマーケットとして掘り起こされる可能性が高いのは、ひきこもりです。ひきこもりは、それ自体は精神障害とは認められておらず、年金の受給対象ではありません。働いていないとは言っても、日常生活に取り立てて制限はありません。ただし、社労士が指南をすれば、「うつ病」の診断で、2級(毎月6万5千円)が取れるでしょう。精神科医にとって、この「患者」の手強い点は、もともと就労していないこと、そして長年自宅にこもっているという状況証拠があることです。それに加えて、初診から、「うつ病」の症状を一貫して訴えられたら、そして実際には内服しないであろう抗うつ薬の処方をその「患者」が希望し続けたら、年金診断書を書かないわけには行かなくなります。
つまり、このビジネスで圧倒的に損をするのは、国です。なぜなら、本来ないはずの支出が、「障害がある」ふりをした患者に支払った分(その一部はそれを指南した社労士に間接的に支払われるわけですが)、増えていくからです。
また、一方で本当に「障害がある」患者は損をします。なぜなら、本来あるはずの受給金が、社労士に支払った分、減ってしまうからです。果たして、このような状況は、障害年金の制度として成り立つと言えるでしょうか?
それでは、一体どうすれば良いでしょうか? 今度は、精神科医、年金制度、社会の3つの立ち位置に分けて、それぞれの取り組みをいっしょに考えてみましょう。