【3ページ目】2018年5月号 映画「アメリカン・スナイパー」なぜトラウマは「ある」の? どうすれば良いの?
トラウマに対してどうすれば良いの?
それでは、トラウマにどうすれば良いでしょうか? クリスほどのトラウマではないにしても、私たちも同じように忘れたくても忘れられない「トラウマ」があるでしょう。例えば、いじめ、裏切り、仕事の失敗、そして失恋などです。
クリスが除隊後にしてきたことを通して、私たちの「トラウマ」にもできる対策を大きく3つに分けてみましょう。
①トラウマを色あせさせる
クリスは、除隊後、息子を猟に連れ出し、娘を牧場に連れ出すなど家族との時間を大切にしています。戦地で脳に刻まれたトラウマの記憶よりも、平和な日常生活の記憶が上書きされていきます。
このように、1つ目はトラウマを色あせさせることです。これは、時間をかけて普通に日常生活を送ることを積み重ねることです。最近では、そもそもトラウマにさせない、PTSDの発症の予防策の研究が進められてます。それは、トラウマ体験から6時間以内にコンピューターゲームのテトリスをやり続けることです。これは、記憶の学習をするレム睡眠中にゲームの体験の学習を多く占めるように仕向けることで、逆にトラウマ体験の学習をある程度阻害することができると説明されています。
私たちも同じように、つらいことがあった時は、そればかりに思い悩まずに、代わりに別のことをやる、つまり気晴らしが治療的であると言えるでしょう。
②トラウマを共有する
クリスは、除隊後、体や心に傷を負った帰還兵の戦地での体験談を聞きます。また、射撃訓練を通して、帰還兵のサポートという役回りを買って出ます。帰還兵たちとのつながりを大切にしています。
このように、2つ目はトラウマを共有することです。これは、お互いに分かり合えて助け合える自助グループなどの集団療法にもつながります。支えることは支えられることでもあります。
私たちも同じように、つらいことがあった時は、それを心の奥底に押し込めるのではなく、分かってもらえる人に話す、つまり心の風通しが治療的であると言えるでしょう。
③トラウマを塗り替える
クリスは、除隊後、イラク派遣での経験を生かし、民間軍事会社を設立し、講演活動や、執筆活動を行っています。160人も殺したことに後悔を持たないよう、その経験を次のキャリアに役立ています。
このように、3つ目はトラウマを塗り替えることです。これは、トラウマに新たなプラスの意味付けをする認知行動療法や眼球運動脱感作再処理法(EMDR)にもつながります。
私たちも同じように、つらいことがあった時は、それを単なる黒歴史のままにしておくのではなく、笑い話のネタにする、つまりユーモアのセンスが治療的であると言えるでしょう。
PTSDからPTGへ
クリスは、やがてトラウマを乗り越えます。再び、冗談ばかりを言う家族思いのかつてのクリスに戻ります。そして、帰還兵を支援し、会社を興すなどの社会貢献をして、人生をより前向きに生きるようになります。もはやただのカウボーイ好きではなくなりました。
このように、トラウマは、心の傷というマイナス面だけでなく、傷が癒えた後に成長するというプラス面もあることが分かります。これは、心的外傷後成長(PTG)と呼ばれています。私たちは、PTSDからPTGへというトラウマの両面性をより良く理解することで、この映画から、より多くのことをよりリアルに学ぶことができるのではないでしょうか?
参考文献
1)アメリカン・スナイパー:クリス・カイルほか、ハヤカワ文庫、2015
2)こころの科学「トラウマ」:加藤寛編、2012年9月号
3)PTGの可能性と課題:宅香菜子編、金子書房、2016