連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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恨みの原因は、裏切りであることが分かりました。そして、恨みの起源は、怒り、牽制、懲らしめの3つの段階があることが分かりました。恨みは、やり返す、つまり次に自分が裏切ること(非協力)を促進する働きがあることも分かります。逆に言えば、恨まない種(善人)は、裏切られ続けるため、生き残れず、子孫を残していないと言えます。
それでは、そんな裏切られるリスクがある中、そして裏切ったら裏切り返えされるリスクがある中、手を組むための条件とは、何でしょうか? ここから、ゲーム理論の「囚人のジレンマ」を用いて、3つの状況に分けて考えてみましょう。
なお、ゲーム理論とは、端的に言うと、自分や相手の行動による損得を合理的に考える学問です。ゲーム理論を応用した行動経済学の詳細については、末尾の関連記事1をご覧ください。
「囚人のジレンマ」とは、共犯で逮捕された2人の囚人(正確には容疑者)が、お互いに黙秘(協力)したら得することが分かっているのに、お互いに自白(裏切り)をするジレンマに陥るというゲームモデルです。例えば、表2のように、囚人Aと囚人Bがいます。2人とも黙秘すれば、懲役1年ずつになります。しかし、司法取引によって、自分が自白して相手が黙秘したら、自分は微罪で相手は懲役5年になります。そして、2人とも自白すれば、懲役3年になります。
ここで、立場と場合で分けて、合理的に考えてみましょう。まず、囚人Aの立場で、囚人Bが黙秘する場合、囚人Aは懲役1年の黙秘(3点)と微罪の自白(5点)を比べて、自白を選びます。そして、囚人Bが自白する場合、囚人Aは懲役5年の黙秘(0点)と懲役3年の自白(1点)を比べて、やはり自白を選びます。一方、囚人Bの立場でも同じく、囚人Aが黙秘しても自白しても、囚人Bは自白を選びます。結果的に、最適な選択として、2人とも自白してしまうというわけです(ナッシュ均衡)。
①関係が1回だけの場合
「囚人のジレンマ」ゲームは、1回だけの場合、確実に裏切ることが分かります。言い換えれば、今後に無関係になるのであれば、協力しないのが合理的です。これは、私たちが通りすがりの赤の他人をすぐに信用しないのと同じです。
②関係がずっと続く場合
それでは、このゲームを無期限にやり続けたら、どうなるでしょうか? 答えは、裏切るだけでなく協力もする様々な戦略が考えられます。これは、私たちが社会で人間関係が続く場合の行動パターンに通じます。
③関係がいつ終わるか分かった場合
それでは、このゲームを続けている中、いつ終わるか分かった場合、どうなるでしょうか? 答えは、その時点から裏切りが始まります。例えば、残りn回やるとして、最終回のn回目は、関係が1回だけの場合と同じようにあとがないため、確実に裏切ることが予測できます。すると、n回目に裏切ることが分かってしまったので、n-1回目もあとがなくなり、確実に裏切ることが予測されます。すると、n-2回目も・・・というように、残りn回の全てを裏切ることが分かります。いわゆる勝ち逃げです。
ちなみに、最初からいつ終わるかが分かっている場合も、全て裏切ります。言い換えれば、今後に無関係になるのが分かっているのであれば、最初から協力しないのが合理的です。ただし、コンピュータと違って人間の心理には、終わりが分かっていると言っても、遠い先の場合は、裏切りによる利得の重みが目減りするため(割引利得)、すぐに裏切るとは限らないです。つまり、重要なのは、過去にどれだけ長い協力関係があったかではなく、未来にどれだけ長い協力関係が見込めるかということです。
この点で、ドラマでの半沢の家族のネジ工場に融資する銀行が、これまでどんなに長く融資していたとしても、経営不振に陥っていることが判明した瞬間に融資を引き揚げたのは、極めて合理的です。また、泥棒の一味が、山分けの段階(関係が終わる段階)で仲間割れするのは必然であることも分かります。
手を組むための条件は、関係がずっと続くことであることが分かりました。それでは、このゲームの点数を稼ぐために、より多く手を組むための戦略とは何でしょうか? 実は、それは半沢の生き様にも重なるしっぺ返し戦略です。この戦略は、1980年代に実際に行われた反復「囚人のジレンマ」ゲームのコンピュータプログラミング選手権で優勝しており、最も強い戦略の1つと言われています。
なお、この選手権には、先ほどにも触れた恨まない種、つまり毎回協力する戦略(善人戦略)や、対戦相手が前回まで協力と裏切りに対してどちらを選択したかの情報からその回にどちらを選択するかの確率を毎回見積もる戦略(ダウニング戦略)なども出場しました。
ここから、半沢のキャラクターをこの戦略の3つの要素に重ね合わせてみましょう。
①人が良い-最初は協力する
銀行という組織は、出世競争のため、足の引っ張り合いが起こり、いつ出し抜かれて足元をすくわれるか分かりません。そんな中、半沢は「おれは基本的に性善説だ」と言います。
1つ目の半沢のキャラクターは、人の良さです。これは、しっぺ返し戦略の「最初は協力する」に重なります。ポイントは、自分からは裏切らないことです。
②気が短い-裏切られたら次に裏切る
半沢は、宿敵の大和田常務にたびたび出し抜かれます。実は、大和田は半沢の父親を自殺に追いやった張本人でもあったのです。そんな中、半沢は「やられたらやり返す」と怒鳴ります。
2つ目の半沢のキャラクターは、気の短さです。これは、しっぺ返し戦略の「裏切られたら次に裏切る」に重なります。ポイントは裏切りの応酬を必ずやり遂げることです。
③切り替えが早い-協力が得られたら次に協力する
半沢は大和田の悪事を暴き、大和田を役員たちの前で土下座させます。そんな因縁の関係でありながら、その後に半沢は大和田と利害が一致した時、「私を利用しませんか?」と提案します。そして、手を組むようになるのです。半沢は、いつまでも恨んでいないのでした。
3つ目の半沢のキャラクターは、切り替えの早さです。これは、しっぺ返し戦略の「協力が得られたら次に協力する」に重なります。ポイントは協力が得られたらすかさず協力に転じることです。決してその前の裏切りを根に持たないことです。これは、先ほどにも触れた仕返しをしすぎないことにつながります。
なお、厳密には、当初に大和田から協力が得られたわけではないですが、土下座による謝罪は「協力」のメッセージを引き出したとも解釈できます。そして、その後に2人は協力行動を積み重ねるようになっています。
半沢のキャラクターである人の良さ、気の短さ、切り替えの早さが、しっぺ返し戦略の3つの要素に重なることが分かりました。これは、単純に多く手を組むことで点数を稼ぐ戦略でした。ところが、2004年に行われた反復「囚人のジレンマ」ゲームの選手権において、しっぺ返し戦略を打ち負かして優勝した戦略が現れます。それは、大和田の生き様にも重なる主人と奴隷戦略です。この戦略は、最初から60個からなるチームで参加します。それらは、主人の役割のプログラムと奴隷の役割のプログラムにそれぞれ分かれます。ゲームの最初に、あらかじめ決められた順序で協力と裏切りを数回出して主人と奴隷がチームであることを認識しします。そして、チーム内では、手を組まなくても点数を稼ぐのです。
ここから、大和田のキャラクターをこの戦略の3つのポイントに重ね合わせてみましょう。
①部下を駒にする-チーム内では主人は奴隷を常に裏切る
大和田は、組織の中で派閥をつくり、自分の出世のために、部下を半沢に仕向け、打ち負かされると容赦なく切り捨てています。
1つ目の大和田のキャラクターは、部下を駒にすることです。これは、主人と奴隷戦略の「チーム内では主人は奴隷を常に裏切る」に重なります。
②部下を言いなりにさせる-チーム内では主人は奴隷を常に協力させる
大和田は、人事権を悪用し、それを盾に、部下たちに忠誠を誓わせ、逆らわせません。
2つ目の大和田のキャラクターは、部下を言いなりにさせることです。これは、主人と奴隷戦略の「チーム内では主人は奴隷を常に協力させる」に重なります。
③派閥以外の相手は威圧する-チーム外には主人も奴隷も常に裏切る
大和田は、部下を従え、派閥以外の相手には威圧して、基本的に協力をしません。
3つ目の大和田のキャラクターは、派閥以外の相手は威圧することです。これは、主人と奴隷戦略の「チーム外には主人も奴隷も常に裏切る」に重なります。なお、厳密には、大和田は、途中から、頭取の目指す行内融和に従い、派閥以外の相手には、しっぺ返しに近い戦略を取っています。