連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
********
【キーワード】
・恨み
・ゲーム理論
・「囚人のジレンマ」
・しっぺ返し戦略
・主人と奴隷戦略
・民主主義的パーソナリティ
・権威主義的パーソナリティ
・社会正義
********
みなさんは、ドラマ「半沢直樹」のように、やられたらやり返しますか? なぜやり返すのでしょうか? そもそもなぜやり返したくなる気持ちは「ある」のでしょうか? 逆に、手を組むにはどうすればよいでしょうか?
これらの答えを探るために、今回は、主人公の半沢の生き様に触れながらが、恨みの心理を進化心理学的に掘り下げます。そして、ゲーム理論を通して、より良い人付き合いのあり方をいっしょに考えていきましょう。
半沢は超有能なバンカー。彼が目指すのは出世して頭取に上り詰めること。そのため、上司の不正の押し付け、銀行組織の不正、国家的な陰謀まで徹底的に暴き、自分を窮地に追い込む相手を打ち負かしていきます。彼をそこまで突き動かすのには、ある理由がありました。
それは、彼の家族への銀行の裏切りです。かつて彼の両親はネジ工場を経営していましたが、経営が傾いたことで銀行から融資を引き揚げられました。そして、父親は追い詰められて自殺したのでした。少年期の半沢は、亡き父親のため、銀行を変えたいという強い信念を持つようになったのです。この信念は、銀行への恨みが昇華された心理とも言えます。
私たちは、半沢ほどではないにしても、やられたらやり返したくなる気持ちがあります。それでは、そもそもなぜそんな気持ちが「ある」のでしょうか? ここから、恨みの心理の起源を、3つの段階に分けて、進化心理学的に探ってみましょう。
①怒り
約5億年前に魚類が誕生し、縄張りに侵入する外敵に対して、瞬時に「戦うか逃げるか」と警戒するようになりました。戦って相手を追い払うのが怒りの起源です。一方、逃げ隠れするのが、不安の起源です。
恨みの心理の起源の1つ目の段階は、怒りです。半沢は、だまされたり出し抜かれたりしていることを察知すると、激しく憤っています。これは、彼の権利(縄張り)が侵害されたと言い換えられます。
②牽制
約3億年前に爬虫類が誕生し、外敵を追い払うために力を誇示して戦うふりをするようになりました。なぜなら、実際に戦うと、勝ったとしてもある程度のダメージを負う可能性があるからです。これが、威嚇の起源です。
約2000万年前には類人猿が誕生し、猿同士が力関係(上下関係)によって群れをつくるようになりました(社会性)。当時、お互いの優劣を決めるために、この威嚇を利用するするようになりました。
約700万年前に人類が誕生し、300~400万年前に血縁の家族同士が協力関係によって部族集団をつくるようになりました(社会脳)。ただ、協力関係とはいえ、常に飢餓と隣り合わせであり、飢餓の時は生き残るために競争関係になります。
よって、自分が油断して、食料を部族の仲間の誰かに奪われたら、瞬時にその相手に怒りを感じ、奪い返したでしょう。その時に手出しされたら、手出し仕返したでしょう。こうして、その相手を牽制し、次に同じことをさせないようにすることができます。同時に、見ている周りの人たちにも牽制のメッセージを伝えることができます。もちろん、その後に自分もその相手に警戒するようになるでしょう。こうして、部族内での人間関係を維持したのです。
恨みの心理の起源の2つ目の段階は、牽制です。ただし、ここで重要なことは、仕返しをしすぎないことです。なぜなら、仕返しは、あくまで関係性のバランスを維持するためにやっているからです。仕返しをしすぎると、さらにその仕返し(逆恨み)を招き、関係性のバランスが維持できなくなります。そうなると、部族内でいっしょに生活することが難しくなります。原始の時代、それは死のリスクを高めます。この点で、半沢の「倍返しだ!」というセリフは、あくまで牽制のための感情表現にすぎず、本当にそうしているわけではないことが分かります。
発達心理学的にも、幼児(当時の原始の時代の人類の脳の重量に相当)は、お友達からものを取られたら必死で取り返します。叩かれたら叩き返します。ただし、多く取り返したり(さらに相手のものを取ったり)、多く叩き返すことはあまりないです。あくまで「だまってないぞ(もうやらないで)」というメッセージを伝えているだけで、お友達の関係性が破綻するまでやり返していないことが分かります。
③懲らしめ
約20万年前に現生人類(ホモ・サピエンス)が誕生し、言葉を話すようになりました。言葉によって部族内で情報共有ができるようになったことで、自分が仕返しできなくても、代わりの誰かに仕返ししてもらうことができるようになりました。これが、正義感の起源です。こうして、部族内の秩序を維持するようになりました(利他的懲罰)。
恨みの心理の起源の3つ目の段階は、懲らしめです。懲らしめて懲りさせることです。見せしめにすれば、さらに部族内の裏切りを抑制することができます。これが、懲罰の起源です。実は、半沢は、「やられたらやり返す」とたびたび啖呵を切っておきながら、そのままの仕返し(復讐)を何1つしていないです。彼がしたことは、相手の不正を暴き、組織の人事や法律に委ねていることです。
なお、懲らしめの心理がつい過剰になってしまう場合ももちろんあります。それが怨恨です。怨恨は殺人の動機の1位であることから、私たちは「やられたらやり返す」ことに敏感であることが分かります。