連載コラムシネマセラピー

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【3ページ目】2020年10月号 ドラマ「半沢直樹」-なんでやられたらやり返すの? 逆に手を組むには?【ゲーム理論】

半沢と大和田のキャラクターの心理学的な違いは?

半沢と大和田のそれぞれのキャラクターは、とても対照的であることが分かります。ここから、2人のキャラクターの違いを心理学的には比べてみましょう。

①半沢-民主主義的パーソナリティ
半沢は、強い信頼により、同期の渡真利や部下の森山と協力関係を築いています。この関係性は、単なる同僚や上司部下の枠組みを超えた友情による人間関係です(フラット型)。なお、友情の心理の詳細については、末尾の関連記事2をご覧ください。

心理学的に言えば、半沢のキャラクターは、民主主義的パーソナリティです。これは、主にしっぺ返し戦略をとることです。そしてこの由来は、先ほどの恨みの起源でご説明した新しい人類特有の心理です。国家体制で言えば、その名の通りまさに民主主義国家です。

②大和田-権威主義的パーソナリティ
大和田は、人事権という権威により、派閥内の部下たちと上下関係を築いています。相手(部下)の地位を奪おうとする発想があるということは、自分の地位を失うことを過剰に恐れるようになります。

また、その地位(権威)を失えば、常に裏切られるリスクがあります。大和田は、派閥の部下だった伊佐山から「土下座野郎」とののしられ、裏切られます。

心理学的に言えば、大和田のキャラクターは権威主義的パーソナリティです。これは、主に主人と奴隷戦略をとることです。そして、この由来は、先ほどの恨みの起源でご説明した古い類人猿由来の心理です。これは、いわゆる体育会系の人間関係も当てはまります(ピラミッド型)。また、家柄や学歴の違いを過剰に気にすることもそうです。

国家体制で言えば、独裁者が国民を服従させる独裁国家が当てはまります。

ちなみに、この根っこの心理は、もともとの不安気質から、他人に対する不信感が強く、相手(社会)との信頼関係(協力関係)がなかなか築けず、それを解消するために力を持った権威にすがることが考えられています。言い換えれば、最初から上下関係が決まっている方が、関係を築く葛藤が少なくなるというメリットがあります。

★表2 半沢と大和田の違い

なんで大和田のような権威主義的パーソナリティは「いる」の?-社会構造の変化


進化心理学的に考えれば、半沢のような民主主義的パーソナリティの方が新しい人類特有の心理です。それなのに、なぜ古い類人猿由来の心理である、大和田のような権威主義的パーソナリティが幅を利かせているのでしょうか?

文化心理学的に考えると、その答えは、社会構造の変化です。約1万数千年前に、農耕牧畜による定住革命によって、食料の貯蔵が可能になり、人口増加が起こり、文明社会になり、栄えました。同時に、部族社会のような信頼関係は弱くなり、社会が階層化されていきました。これが、奴隷制度や封建社会(権威主義)の起源です。 この新たな文化(社会構造)によって、かつての類人猿の上下関係の心理が再び適応的となってしまったというわけです。

特に、東アジアの文化圏の人たちはこの権威主義的パーソナリティの人が多いと言われています。そのわけは、もともと不安気質(セロトニン不足)の人が多いからです。この詳細については、末尾の関連記事3をご覧ください。

時代が流れ、 18世紀の産業革命により、貨幣経済や民主政治によって、個人を区別するようになり、人権が意識される文化(社会構造)になってきました。これが、民主社会の起源です。さらに、20世紀後半の情報革命があと押しして、本来の人類特有の協力関係の心理を再び発揮できるようになってきたというわけです。 ただし、類人猿由来の上下関係の心の進化と権威主義的な文化の歴史の方が、人類特有の協力関係の心の進化と民主主義的な文化の歴史よりも圧倒的に長いため、私たち現代人はつい権威主義的になってしまうのでしょう。

そんな中、実質的な独裁国家である中国は、情報統制に躍起になっています。香港国家安全維持法の制定によって、その国家権力(権威)を増しています。これらの政策は、まさに権威主義(主人と奴隷戦略)を国家的に維持するためには合理的であると言えるでしょう。

★グラフ2 権威主義的パーソナリティの起源

より良い人付き合いのあり方とは?

半沢のような民主主義的パーソナリティが広がるのは、時代の流れ(社会構造)であることが分かりました。それでは、しっぺ返し戦略を基本に、私たちが相手(社会)とより良い人付き合をするには、どうすれば良いでしょうか? ここから、再び半沢の生き様を通して、3つあげてみましょう。

①判断材料を増やす-冷静さ
半沢は、相手が本当に裏切っているのかを徹底的に検証し、証拠を探します。証拠が出てきて確証が得られるまでは、相手から仕事の邪魔をされても我慢し、要求されれば謝罪もしています。そのわけは、白黒はっきり選択するだけのプログラミングのゲームとは違って、実際の人間関係は、誤解や伝達ミスが一定の確率で起こるからです。証拠がないのにすぐに裏切りだと主張してしまったら、その発言自体こそが「裏切り」とされてしまうからです。

1つ目は、冷静さです。つまり、判断材料を増やすことです。そのために、相手のふりやだまし(社会的シグナル)を見破るなどの心理学を武器にするのも1つでしょう。

②1回は許す-寛容さ
半沢の同期で親友の近藤は、大和田に取り込まれて、半沢を裏切ってしまいます。そのわけは、近藤はストレスから精神障害を発症しており、メンタルが弱っていたのでした。そんな事情も考慮して、半沢は近藤を許すのでした。白黒はっきり選択するだけのプログラミングのゲームと違って、実際の人間の心は、特殊な事情があればブレることもあります。

2つ目は、寛容さです。つまり、1回は許すことです。これは、最初は協力して、2回連続で裏切られたら次に裏切る戦略(堪忍袋戦略)です。この戦略は、実際の反復「囚人のジレンマ」ゲームの選手権で、しっぺ返し戦略に次いで好成績でした。

ちなみに、この戦略は、1回裏切られたとしても、次にまた関係する可能性が低い場合は、積極的にはやり返さず、やり過ごすことでもあります。そもそもやり返すためには、それなりの労力(コスト)がかかります。その労力を別の建設的なことに注ぎ、相手に仕返すのではなく、相手を見返すくらいに自分が成長することがより適応的であると言えます。現代社会は、原始の時代と違って、必ずしも同じ「部族集団」(組織)にいるわけではないです。そう考えると、そもそも能力の高い半沢は、銀行で理不尽な思いを繰り返すなら、自分の能力を発揮できる外資系企業などにさっさと転職するのが正解になるでしょう。

③信念を語る-熱心さ
半沢は、たびたび「我々は、金融の力で世の中の懸命に働く人の助けになる」という熱い信念を語ります。これは、自分は相手(社会)のことを考える協力的な人間であるというメッセージを伝え、相手(社会)との未来に重みを持たせる意味合いがあります。白黒はっきり選択するだけのプログラミングのゲームとは違って、実際の人間関係は、対戦する前から挨拶など様々なコミュニケーションをすることで、協力のサインを発信し、そして感じ取ることができます。

3つ目は、熱心さです。つまり、信念を語ることです。そうすることで、最初から相手に自分が協力的であると好印象を持ってもらうことができます。これは、人は第一印象を重視するという心理に通じます(初頭効果)。逆に言えば、「やられたらやり返す」と宣言することは、自分はそういう人間でもあるとの警告メッセージを伝えることです。

なぜ「半沢直樹」は愛されるの?

半沢が自分の信念によって啖呵を切って「囚人のジレンマ」を乗り越えようとする姿に、私たちは心を打たれ、しびれます。

「半沢直樹」は、私たちの「やられたらやり返す」という原始的な心をくすぐりつつ、「悪を暴く」という現代的な落としどころを用意しています。その主旨は、ひと言で言うと、社会正義です。そのため、よくよく見ると半沢が「社会正義」のために数々の違法行為をしていることに私たちはあまり気にとめません。そのわけは、「社会正義」という懲らしめこそが、私たち人類特有の協力関係の証だからでしょう。

そして、このような半沢のキャラ設定とシナリオ展開だからこそ、このドラマが多くの人に愛されると言えるのではないでしょうか?

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参考文献

1)付き合い方の科学:R・アクセルロッド、ミネルヴァ書房、1998
2)孤独の科学 人はなぜ寂しくなるのか:ジョン・T・カシオポほか、河出書房新社、2018
3)社会的ジレンマ:山岸俊男、PHP新書、2000