連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2021年5月号 アニメ「インサイドヘッド」【続編・その3】意識はなんで「ある」の? だから自分がやったと思うんだ!

なんで私たちは自由意志があると思ってしまうの?

意識の起源は、舞台装置のみの原始的な意識、モニター装置が加わった俯瞰的な意識、そして解釈装置も加わった観念的な意識の3段階からなることが分かりました。そして、意識が「ある」のは、生存と生殖だけでなく、社会的関係にも必要だからであるということも分かりました。ここで、私たちに自由意志があると思ってしまう(思い込まされている)原因が見えてきます。

それは、先ほどご紹介した、社会的関係によって進化した社会脳です。社会脳とは、社会的関係を維持するために必要な脳の働きであるとご説明しました。つまり、自由意志とは、その能力が実際にあるのではなく、この社会脳によってその能力があると思う(思い込まされている)「概念」です。つまり、自由意志があると思うこと(自由意志があるという概念)は、相互作用する社会的関係を維持する進化の歴史で適応的であったということです

これは、実際に心理実験で確かめられています。この実験では、被験者を2つのグループに分けます。1つのグループには、決定論を説いた文章(自由意志の否定)を読んでもらいます。もう1つのグループには、人生を前向きに展望する文章(自由意志の肯定)を読んでもらいます。そして、コンピュータによるテストを受けます。この時、ズルができるように意図的な細工をします。すると、自由意志の否定グループは、肯定グループよりズルする人が有意に多かったのでした。ここから、自由意志への不信感が「真面目に努力しても無駄」「ズルをしてもよい」という心理に影響を与えたと結論づけられました。

つまり、自由意志は、あるかどうかの能力の問題ではなく、あると思うかどうかの信念(解釈装置による解釈)の問題であったということです。そして、その信念を持つように影響を受けることで(その能力があると思うことで)、私たちの人生は、より向社会的なものになっていくということです。

例えば、犯罪の責任として懲罰があることで、犯罪(反社会的行動)が抑止されます。また、認知行動療法やマインドフルネスなどのセラピーを自分で取り組むことで(取り組むという相互作用の影響を受けることで)、ストレス対策(向社会的行動)が促されるというわけです。

けっきょく自由意志はないの? あるの?

そもそも自由とは、不自由さ(制約するもの)があるからこそ生まれる相対的な概念です。自由意志の自由とは、どんな制約からの自由かを整理する必要があります。脳の働きから自由か不自由かと考えたとき、脳の働きは完全なアルゴリズム(決定論)によって成り立っています。この点で、私たちに自由意志はないです。

一方、社会的関係の中で責任を伴う選択肢を選ぶ制約から自由か不自由かと考えたとき、その相互作用の中で向社会的な行動から反社会的な行動まで無数の選択肢を選ぶことができます。この点で、私たちに自由意志はあります。

つまり、不自由さ(制約)の対象が違うということです。自由意志の二重解釈です。これは、決定論と自由意志を両立させる両立論と呼ばれています。例えば、ライリーは、イカリという小びと(脳のアルゴリズム)の暴走でママの財布からクレジットカードを盗みました。この解釈では、ライリーに自由意志はないです。しかし、ライリーは、あとでママに打ち明けて、ママからたしなめられることで、次から盗んだりしないように向社会的になっていくという相互作用が起きています。この解釈では、ライリーに自由意志はあります。

”Inside out”(原題)とは?

タイトルの「インサイドヘッド」とは、まさに「頭の中」という意味です。ただし、これは日本語のタイトルです。もともとのタイトルは、”Inside out”、つまり「裏返し」「ひっくり返している」という意味です。このタイトルに込められた制作者の裏メッセ-ジとは、「実は主役は心(意識)ではなく脳だよ」とまさに視点をひっくり返すことでした。

それでも、私たちは、その脳をより良く理解することで、脳は、主役の座を奪う黒幕であると忌まわしく思うのではなく、より良く生きる実感を味わわせてくれる陰の立役者であるとありがたく思うことができるのではないでしょうか? そして、意識は実は観客であるという視点を持つことで、より俯瞰して自分自身を見ることができるのではないでしょうか?

参考文献

1)意識はいつ生まれるのか:マルチェッロ・マッスィミーニ、ジュリオ・トノーニ、亜紀書房、2015
2)あなたの知らない脳:デイヴィッド・イーグルマン、早川書房、2016
3)<わたし>はどこにあるのか:マイケル・S・ガザニガ、紀伊國屋書店、2014
4)うぬぼれる脳 「鏡の中の顔」と自己認識:ジュリアン・ポール・キーナン、NHKブックス、2006
5)意識と自己:アントニオ・ダマシオ、講談社学術文庫、2018