連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【2ページ目】2021年6月号 ドラマ「コウノドリ」【その3】不妊治療がうまく行かなかったら、どうすればいいの? 【生殖の物語】

これからの生殖のあり方は?-予防心理

不妊治療がうまく行かなかった場合の3つの心の持ち方は、子どもができることにとらわれていたことに気づく(客観視)、自分が本当はどうなりたいのかに気づく(アイデンティティ確立)、生殖の物語は書き換えられることに気づく(認知再構築)であることが分かりました。

これらは、不妊治療を終えた時の心の持ち方でした。それでは、不妊治療を始める時の心の持ち方は何でしょうか? この視点は、あらかじめよく知っておく、あらかじめよく考えておく、そのためにあらかじめよく伝えておくという点で、予防医学ならぬ、予防心理と言えます。

ちょうど、その1の記事でご紹介した不育症の夫婦のエピソードが、参考になります(シーズン2第9話)。その夫は、寝込んでしまった妻について鴻鳥に「どうすれば、妻を笑顔にしてやれますか? 何もできないんです。苦しんでる妻に何もしてやれないんです。それが、つらいです。最初の流産の時からずっと引きずってて、何をしてやったら、妻が昔みたいに笑ってくれるのか。ぼくの役目は、今までのことを忘れさせてあげることなんですけど」と打ち明けます。すると、鴻鳥は「忘れなくていいんです。忘れる必要ないと思います。ぼくは、出産は奇跡だと思ってます。修一さん(不育症の夫)が、笑顔にしてあげたい。近くで何とかしてあげたい。必死にがんばってる姿は、奥さんにとって一番の治療になるんだと思います。その思いはきっと明日につながると思います」と説きます。その話を聞いた夫は、家に帰って、妻が好きなベイビー(ピアニスト)の曲のピアノの演奏の練習を始めます。そして、妻に「ベイビーみたいにはなれないけど」と明るく言うのです。そして、妻は「なれるわけないじゃん」と微笑むのです。

ここから、この不育症のエピソードを踏まえて、これからの生殖のあり方を考えてみましょう。

①できることとできないことがあることを先に知っておく-限界設定

鴻鳥の「出産は奇跡」と言うセリフがヒントになります。

1つ目の心のあり方は、できることとできないことがあることを先に知っておく、つまり限界設定です。これは、不妊治療がうまく行かない可能性も考え、その場合にどうするかもあらかじめ考えておくことです。この心のあり方によって、「こんなはずじゃなかった」という心理に陥るのを防ぐことができます。そして、その1でご説明した不妊治療をやめられなくなる心理に陥るのを防ぐことができます。

例えば、体外受精の回数や期間です。研究結果によると、体外受精は6回までは回数を重ねるごとに出産する可能性が明らかに高まりますが、それ以上は高まらないことが分かっています。6回やってうまく行かなかった場合は、それ以上やってもうまく行かない可能性が高いということです。また、40歳以上の場合は、回数を重ねても可能性が高まらないことが分かっています。つまり、回数の限界は、6回まで(40歳以上は3回まで)が推奨されています。期間としては、2、3年が推奨されています。

また、不妊治療は、排卵誘発や受精卵が着床しないことによる心身へのストレス負荷があります。よって、そのストレスが高まっているときは、不妊治療をとりあえず休む選択肢もあらかじめ考えておくことも必要です。

特に要注意なのは、子どもをつくることで意気投合して結婚した場合です。その1の記事でもご説明しましたが、子どもができることが当たり前の結婚生活が続くため、子どもができなければ、離婚リスクが高まります。よって、もし子どもができなかった場合の結婚生活やその期限を先に話し合うことが必要になります。養子や里子を迎えるのか、夫婦生活を充実させるのか、あるいは離婚するのかなどです。ちなみに、期限付きや条件付きの結婚は、契約結婚と呼ばれ、法的に問題はありません。

ただし、この離婚リスクを考えると、結婚して専業主婦(専業主夫)になり、経済的な自立を手放すのは相当なリスクがあるのがよく分かります。それを避けるためであると考えれば、無意識的にも、ドラマの不育症の専業主婦の妻が「修ちゃん(夫)にも申し訳なくて。自分の子どもを抱かせてあげられないのがつらい。ごめんね」と涙するのも納得がいきます。また、現実的には、結婚がこのような条件付きの場合、この夫のように妻思いの男性が結婚相手になるとは限らないことも覚悟しておく必要があります。

②今の生活をはじめとする人生そのものを楽しむ-アクセプタンス

鴻鳥の「忘れなくていいんです」「笑顔にしてあげたい(が一番の治療になる)」と言うセリフがヒントになります。

2つ目の心のあり方は、今の生活をはじめとする人生そのものを楽しむ、つまり、アクセプタンスです。これは、不妊治療をしてもしていなくても、子どもがいてもいなくても、そして結婚をしてもしていなくても、今生きていることそのものに意味を見いだすことです。そのために、日々のささやかな幸せを実感し、周りを幸せにするささやかな積み重ねを日々積極的にすることです。

逆に、特に要注意なのは、それまでの生活に不満を持っていて、結婚したら幸せになれる(相手が幸せにしてくれる)、子どもができたら夫婦関係が良くなる(相手が変わる)と思い込んでいる場合です。これは、結婚や出産を現状打開の切り札、つまりゴールと考えています。現実的には、結婚や出産は通過点であり、その後の結婚生活や育児生活というプロセスがあります。そのなかで、どうアクセプタンスを発揮できるかの方が重要になります。

子どもがいてもいなくても、自分たちの物語は続いています。どんな物語にしたいか、つまり何を意味づけるかはけっきょく自分たち次第であることをあらかじめ話し合う必要があります。

③幸せになるためのプロセスをいくつも見いだす-コミットメント

鴻鳥の「その思いはきっと明日につながる」というセリフがヒントになります。

3つ目の心のあり方は、幸せになるためのプロセスをいくつも見いだす、つまりコミットメントです。これは、幸せになるというゴールは1つでも、そのプロセスはいくつもあること、つまり、幸せの形は1つだけではないということに気づくことです。そして、プランB、プランCのように、複数のプロセスを常に考えることです。

例えば、不妊治療は人生をより良くするためのプロセスの1つです。そのゴールが子育てをすることなら、そのプランBは、養子や里子を迎えることです。そのプランCは、保育士などの援助職に就くことでしょう。ペットを飼うのも1つでしょう。そのゴールが血縁関係なら、そのプランBは、甥っ子や姪っ子のお世話です。そのプランCは、親戚付き合いです。

逆に、特に要注意なのは、女性が結婚して子どもができることを見越して、「寿退社」をすることです。そして、男性もそれを望むことです。なぜなら、これは、女性のアイデンティティが危うくなるだけでなく、幸せになるためのプロセスの選択肢を減らすことになってしまうからです。

また、危ういのは、妊娠する前から、子どもの男女の名前、習い事、育児方針を事細かく具体的に決めてしまうことです。そして、夫婦で「パパ」「ママ」と呼び合い、「うちの○○ちゃんは」という会話練習まで日常的にすることです。もちろん、幸せを具体的に描くことは良いことですが、これらは全て形(形式)です。中身(プロセス)ではありません。

中身とは、子どもを抱っこしたり寝かしつけする喜びや、言葉を教えてあげる楽しさなどをイメージすることです。このプロセスを重視することによって、たとえ子どもができなかったとしても、養子や里子を迎える発想に転換することができます。逆に、形を重視してしまったら、形にとらわれてしまい、発想の転換が難しくなるでしょう。

このように、コミットメントとは、幸せになるための選択肢をあらかじめ早い段階でいろいろ考えて、実際に行動することです。

なお、アクセプタンスとコミットメントについては、以下の関連記事をご参照ください。


>>【アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)】