連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【3ページ目】2021年6月号 ドラマ「コウノドリ」【その3】不妊治療がうまく行かなかったら、どうすればいいの? 【生殖の物語】

これからの社会としての生殖のあり方は?-少子化対策

これからの生殖のあり方は、できることとできないことがあることを先に知っておく(限界設定)、今の生活をはじめとする人生そのものを楽しむ(アクセプタンス)、幸せになるためのプロセスをいくつも見いだす(コミットメント)であることが分かりました。これらは、個人としての生殖のあり方でした。それでは、社会としての生殖のあり方はどうでしょうか?

生殖は、個人的な問題だから社会が介入する必要はないという意見があります。一方で、その社会が少子化によって機能しなくなると、個人の生活も機能しなくなります。例えば、介護の問題です。老後は、血縁者ではなく、福祉でみてもらうとしても、その福祉制度を支えるのは社会、つまり次世代の子どもたちです。次世代の子どもたちが少なければ、介護の制度自体が機能しなくなるでしょう。やはり、福祉をはじめとする持続可能な社会が成り立つには、次世代の子どもが減っていないことが大前提です。

ちょうど、その2の記事でご紹介した鴻鳥の後輩女医の下屋のセリフが参考になります(シーズン1第6話)。それは、「女には、産みたくても産めない時があるんです。出産や子育てにはお金がかかりますし、社会に出てキャリアを積もうと思ったら、あっという間に30過ぎちゃいます」というセリフでした。さらに彼女は、「それに妊娠したら、マタハラ(マタニティハラスメント)が待ってるかもしれないんですよ。」「女医は子どもを産むからあてにならないと言われるじゃないですか」と付け加えます。すると、そばにいた別の女医が「産休後に復帰できない女医もいる。要は、簡単に子どもを育てられる環境じゃないってこと」と付け加えます。そして、鴻鳥は「生みたいときに生めるのが女性のまっとうな権利なんだけどね」とまとようとします。しかし、その別の女医は「でも、現実はそうじゃない、女にはタイムリミットがあるの」と指摘するのです。

ここから、このワンシーンを踏まえて、これからの社会としての生殖への取り組み、つまり少子化対策を大きく3つあげてみましょう。

①経済的なサポート

その2の記事で、子どもを(多く)つくらない心理的な原因の1つに、子育てにお金がかかりすぎる点をあげました。

1つ目少子化対策は、子育てへの経済的なサポートです。確かに、すでに少子化対策の一環として、児童手当が支給されています。しかし、子育て支援としては、極めて限定的です。

よって、妊娠・出産、保育、義務教育、医療など、成人までかかる費用をほぼ無償にすることです。そして、児童手当は、家計が潤うくらいのインセンティブをつけることです。そもそも、子どもは、社会にとって次世代の生産財です。社会がもっと抜本的に投資する必要があります。

逆に、これまでの少子化対策がうまく行かなかった点として、子育て支援が限定的であったこと以外に、婚活支援に投資してしまったことが指摘されています。結婚すると自由もお金も制限されてしまうという受け身的な非婚の心理が広がってしまったため、婚活支援の効果はもはや期待できないでしょう。

むしろ、効果的なのは、結婚していない人ではなく、すでに結婚をしている人への介入です。つまり、合計特殊出生率よりも、希望出生率に注目することです。これは、結婚して希望する子どもの数です。

例えば、次の4つのケースに場合分けします。

1. 結婚していない男女が結婚して1人目の子どもをつくる
2. 結婚していても子どもがいない夫婦が1人目の子どもをつくる
3. 結婚して子どもが1人いる夫婦が2人目をつくる
4. 結婚して子どもが2人いる夫婦が3人目をつくる

そして、その中でどのケースが最も効率が良い国家投資になるかを考えることです(パリティ拡大率)。この点で、不妊治療の保険適用は現実的です。もちろん、希望出生率をあげることは、結果的に合計特殊出生率をあげることになります。

②身体的なサポート

その2の記事で、子どもを(多く)つくらない心理的な原因の1つに、子育てで自分のやりたいことができなくなる点をあげました。

2つ目の少子化対策は、子育てへの身体的なサポートです。確かに、保育園や学童保育所の待機児童の数は減ってきました。しかし、充分とは決して言えません。特に母親のワンオペ育児の状況は大きく改善していません。その原因として、父親の育児協力が不十分であることが指摘されています。

よって、まず0歳児からの保育園の拡充をすることです。そして、父親の育児協力を担保するため、育児休暇、育児時短勤務などを制度化することです。会社で仕事をしていない代わりに、家庭で育児という仕事をしているという発想を社会で共有することです。なぜなら、子どもは社会的とって次世代の生産財だからです。社会として、育児にもっと理解をする必要があるでしょう。

③教育的なサポート

その2の記事で、子どもを(多く)つくらない心理的な原因の1つに、子育てのイメージができない点をあげました。

3つ目の少子化対策は、子育てへの教育的なサポートです。確かに、ドラマの女医が「リミット」に触れているように、妊孕性(妊娠のしやすさ)は40歳が1つの目安であることは、かなり世の中に知れ渡りました。しかし、親性(子育てへの自信ややりがい)の個人差やその低下については、あまり世の中に知られていません。また、またその親性を家庭内で育むことが難しくなっています。

よって、親性を高めるのが、家庭で限界があるなら、教育制度の中で取り組むことです。例えば、ボーイスカウト・ガールスカウトのような異学年グループを小学校学校教育の中で取り入れることです。小学校高学年2人と小学校1年生1人の3人グループをつくって、勉強を教えるのです。週1回の生活科や道徳の教科の枠組みで可能でしょう。また、小学校の各学年から6人ずつのグループをつくって、学校のイベントを行うこともできるでしょう。

さらに、中学校では、地域の幼保育園との交流を通して、乳幼児と定期的にかかわる何らかの取り組みも望まれます。

子育ては、大人だけでなく、子どもも学ぶ必要があること共通認識とする必要があります。そうすることで、未来の社会の人たちの親性が全体的に高まり、子育てへのイメージがよりできるようになります。そして、子育て自体が喜びと感じる心理は、結婚すると自由もお金も制限されてしまうという受け身的な非婚の心理を上回るでしょう。また、育児へのリアルな理解が得られることで、ドラマの下屋や別の女医が指摘する「マタハラ」はなくなるでしょう。

「コウノドリ」とは?

タイトルの「コウノドリ」は、「コウノトリ」に濁点が付けられています。不思議に思った人も多いでしょう。これは、実は、書籍の業界のヒットの法則として、マンガ原作者の意図により、あえてつけられたという経緯があります。ただ、同時に、生殖の当たり前から脱することが込められているようにも思えてきます。

今回、生殖には、さまざまな意味合いがあることが分かりました。そのことをよく理解したとき、私たちは、単に自分の子どもをつくる「コウノトリ」としてではなく、いろんな生き方を受け入れて誰かの生殖にも思いを馳せることができる「コウノドリ」として、私たち自身の生殖の物語をより豊かに紡いでいくことができるのではないでしょうか?

参考文献

1)子育て支援と心理臨床18:子育て支援合同委員会、福村出版、2019
2)子どものいない人生の歩き方:くどうみやこ、主婦の友社、2018
3)不妊治療のやめどき:松本亜樹子、WAVE出版、2016
4)進化と人間行動:長谷川眞理子ほか、放送大学教材、2007
5)日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?:山田昌弘、光文社文庫、2020
6)一人っ子男性が「結婚」に縁遠い傾向にある理由:荒川和久、東洋経済オンライン、2020