連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2021年6月号 ドラマ「コウノドリ」【その3】不妊治療がうまく行かなかったら、どうすればいいの? 【生殖の物語】

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・客観視
・生殖心理カウンセリング
・アイデンティティ確立
・認知再構築
・予防心理
・限界設定
・アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)
・少子化対策
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その2では、ドラマ「コウノドリ」を通して、生殖心理を進化心理学的に、そして文化心理学的に掘り下げました。生殖心理の3つの特徴は、子育てへの欲求、血縁への欲求、そして親アイデンティティへの欲求であることが分かりました。そして、その起源は、それぞれ哺乳(子育てへの欲求の起源)、社会脳(血縁への欲求の起源)、概念化(親アイデンティティへの欲求の起源)であることが分かりました。

逆に、子どもを(多く)ほしくない3つの心理的な要因は、子育てのイメージができないから(親性の低下)、子育てで自分のやりたいことができなくなるから(生存の充実化)、子育てにお金がかかりすぎるから(生殖の高コスト化)であることが分かりました。

これらも踏まえて、それでは、不妊治療がうまく行かなかったら、どうすれば良いでしょうか? そして、少子化にどうすれば良いでしょうか? これらの答えを探るために、今回は、引き続きこのドラマを通して、これからの生殖のあり方をいっしょに考えていきましょう。

不妊治療がうまく行かなかったら、どうすれば良いの?

その1の記事でご紹介した助産師の小松が子宮を全摘出するエピソードが、参考になります(シーズン2第7話)。鴻鳥は、手術をためらう小松を自分のピアノ演奏に呼び出し、「ぼくはずっと小松さんに助けられてきましたから。その恩は、忘れません」と伝えます。

すると、小松は、「私、(手術することに)決めたよ。悔しいけど、仕方ない。これが私の人生だ」と開き直ります。鴻鳥は、「あまりがんばりすぎないでください。がんばってる小松さんも好きだけど、がんばってない小松さんも大好きです」「みんな小松さんの味方ですから」と優しく言い添えます。すると、小松は、「私は恵まれてるねえ」「苦しい時に手を差し伸べてくれる人がこんな近くにいる」と言い、涙を流すのです。

手術後、小松は、親しい同僚に「今回のことで、みんなが私を自分のことのように心配してくれて」「私は一人じゃないんだな」「私を待ってくれてる人がいる」「私の中から大事なものがなくなっちゃったけどさあ」「私には、私を支えてくれる仲間がいる」「それってさあ、すげえ心強いんだよ」と語ります。

ここから、この小松のエピソードを踏まえて、不妊治療がうまく行かなかった場合の心のあり方を3つにあげてみましょう。

①子どもができることにとらわれていたことに気づく-客観視

1つ目の心のあり方は、不妊治療を通して、子どもができることにとらわれていたことに気づくことです(客観視)。厳密には、小松は不妊治療をしていないですが、不妊になる葛藤を乗り越えています。子どもを持つことを諦めるわけですが、これは同時に「明らめる」ことができたとも言えます。「明らめる」とは、自分の子どもへのとらわれを明らかにして、自分がこれからどう生きていきたいかを明らかにするなど、自分の人生を俯瞰できることです。

小松には鴻鳥をはじめとする心強い味方が何人もいました。小松と同じように、不妊治療がうまく行かなかった場合に、味方を得ることができるのが、生殖心理カウンセリングです。生殖心理の専門のカウンセラーによる自己肯定的な働きかけによって、がんばってきた自分を慰め、自分はそのままでいいという自己肯定感を高める思考トレーニングを受けることができます。そして、悲しみや痛みを抱えて生きることが、人生の深みであり、味わいであることを悟ることができます。

また、仲間づくりができるのが、自助グループピアサポートです。これは、同じ経験をしたからこそ分かり合える仲間で、ネット上の不妊コミュニティによく見られます。自分の先輩がどういう生き方をしているかなどロールモデルを知ることもできます。

ただし、注意点があります。それは、例えば、グループにいたメンバーが妊娠した場合に速やかに脱会するなどのルール作りが必要です。そのために、ある程度の経験や知識がある先輩が必要であることです。アメリカでは、トラブル防止のため、生殖心理カウンセラーなどが入る不妊コミュニティが多いです。

②自分が本当はどうなりたいのかに気づく-アイデンティティ確立

2つ目の心のあり方は、不妊治療を通して、自分が本当はどうなりたいのかに気づくことです(アイデンティティ確立)。小松は、子宮全摘出を経験して、あらためて自分を待ってくれている職場の仲間がいることを実感しました。

小松と同じように、不妊治療がうまく行かなかったからこそ、気づける人生観があります。それは、つながりは、必ずしも血のつながりだけじゃないということです。小松のように、自分の天職を通した仲間とのつながりがあります。ドラマに登場した特別養子縁組をする夫婦のように、養子や里子との情のつながりもあります。

もちろん、夫婦のつながりもあります。よくよく考えると、子育て期間は、実質せいぜい10年です。子どもが10歳を過ぎれば反抗期です。心理的なサポートは最低限となり、あとは金銭的なサポートが20歳前後まで続くだけです。そして、その後は親子とは言っても、大人同士の関係です。一方で、夫婦のつながりは、50年です。夫婦のつながりの方が圧倒的に重みがあります。

逆に言えば、もしも、子どもがあっさりできていたら、次のステージである「子育て競争」で苦しんでいただけかもしれません。子ども中心の人生になってしまい、子どもが自立したあとは、すがっていた親アイデンティティを失ってしまい、空の巣症候群や夫婦危機が訪れていたかもしれません。

欧米では、男女を問わず、「あなたは何をする人ですか?」とよく聞かれます。これは、その人のアイデンティティを聞いています。多くの人は、職業、学問、ボランティアなどの社会的な活動を答えます。子育てや家事(専業主婦)は社会的な活動ではないため、そう答える人はあまりいません。特に日本の女性は、自分が本当はどうなりたいかに気づくことによって、この質問に胸を張って答えることができるようになるでしょう。

③生殖の物語は書き換えられることに気づく-認知再構築

3つ目の心のあり方は、不妊治療を通して、生殖の物語は書き換えられることに気づくことです(認知再構築)。小松は、「お母さんにならない人生」を選びました。それでも、助産師として妊婦や職場の仲間に「お母さん」のように接しています。小松は、助産師として「お母さんになる人生」を選んだとも言えます。

小松と同じように、不妊治療がうまく行かなかったとしても、生殖の物語は形を変えて続けることができます。ドラマに登場した特別養子縁組をする夫婦のように、育ての親になることもできます。甥っ子や姪っ子がいる場合は、彼らの面倒を見る、つまり自分の血縁者の子育てへのサポート役になることで、生殖の物語を続けることができます。さらには、仕事やボランティア活動の中で、子どもの教育にかかわったり、後輩育成をすることで、生殖の物語を続けて行くこともできます。なぜなら、生殖は、単に血(遺伝子)をつなげるだけでなく、教え(文化)をつなげることでもあるからです。

実際に、動物の生活史戦略の観点からもそう言えます。ほとんどの動物は、生殖能力がなくなった時に寿命が尽きます。例えば、人間に近い種であるチンパンジーのメスは、閉経33歳≒寿命35歳です。人間の男性についても、加齢とともに生殖能力は徐々に下がっていきますが、0にはならないので、動物と同じです。ところが、人間の女性は、50歳前後の閉経後に生殖能力が0になりますが、そこからさらにプラス数十年の寿命があります。これは、その女性が、祖母として、娘の子育てのサポートをすることで、包括的な生殖適応度を上げるように進化したと考えられています。そして、これは「おばあさん仮説」と呼ばれています。この点で、娘の生殖の物語は、祖母にとっての生殖の物語であるとも言えます。だからこそ、母親は娘の結婚や育児に口出しをするとも言えます。

この仮説と同じように、叔母として子育てのサポートをすることで、包括的な生殖適応度が上がるので、「おばさん仮説」も成り立つでしょう。そして、叔母だけでなく、叔父も、さらに全ての男性も女性も、同じ社会の中で、子どもたちの成長や幸せに思いを馳せることで、集団としての包括的な生殖適応度が上がれば、「足長おじさん仮説」も成り立つでしょう。そう考えれば、子どもという存在は、単に誰かの子どもではなく、「社会の子ども」という発想もできます。子どもは社会を維持するために必要であるという点でも、子どもは「授かりもの」であり「社会の宝」であると言えるでしょう。そもそも、子どもは成人したら巣立つものです。この点で、たとえ養子であっても、近所の子どもであって、そして自分の子どもであっても、これから担い手となる「社会の子ども」を預かっているという発想もできます。子育ては、私物化されるものではなく、社会化されるものであるという視点です。この点で、誰かの生殖の物語は、社会の一員である別の誰かの生殖の物語につながっているとも言えるでしょう。