連載コラムシネマセラピー
私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション、メンタルヘルス、セクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。
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音感の進化の歴史からも、絶対音感より圧倒的に相対音感の方が現在の私たちの音楽に強く影響を及ぼしていることが分かります。つまり、より良い音楽教育とは、絶対音感よりも相対音感です。そして、幼児期に相対音感を育むために必要なことは、「おかあさんといっしょ」をまさにいっしょに見て楽しむことでしょう。わざわざ絶対音感をトレーニングによって身に付けたとしても、そもそもその能力を使う必要がないからです。
それどころか、絶対音感を身に付けると、逆に相対音感が鈍くなる可能性が指摘されています。実際のMRIや脳波の研究では、絶対音感を持つ人は右側頭葉の側頭平面(聴覚野)が一般人よりも縮小し、活動が抑制されていました(*8)。このわけは、絶対音感と相対音感はトレードオフの関係になっており、1つ1つの音の高さについ注意が向いてしまうことで、全体としての音の流れ(メロディ)に注意が向かなくなってしまうからであると考えられます。これは、絶対音感を手に入れる代償と言えます。
絶対音感と相対音感のトレードオフの関係から、幼児英才教育の危うさが見えてきます。それは、できるだけ早くやらせる、できるだけ多くやらせる、そしてできるだけ高度なことをやらせることは、形式や結果にとらわれて本質を見失うことです。
例えば、幼児英才教育でよく謳われるフラッシュカード(瞬間記憶)を考えてみましょう。これができるようになると、日常生活で便利そうです。暗記もすぐにできて試験勉強も楽になりそうです。しかし、これができたからと言って、その後に知能が高くなったり、大人になってより高い収入が得られるようになったというエビデンスは見当たりません。それどころか、逆に丸ごと覚えることについ注意が向いてしまい、全体をかいつまんでまとめること(概念化)に注意が向かなくなってしまうおそれがあります。これもトレードオフの関係です。むしろ大人になって良い仕事をするために必要なのは、概念化をはじめとする抽象的思考によって、状況を整理して(余計なことは記憶しないで)、予測したり新しいアイデアを出したりすることです。
ちなみに、チンパンジーは人間よりも瞬間記憶の能力が高いことが分かっています(*9)。そのわけは、敵対する複数のチンパンジーが襲ってきた時に彼らを瞬時に記憶して反撃したり逃げたりするという生存の淘汰圧がかかってきたからでした。人間はそのような状況はまずありません。子どもに瞬間記憶をトレーニングさせるということは、むしろチンパンジーに近い能力を間違って求めているように思えてきます。
同じように、そろばん(暗算)の習いごとをしても数学的センスが高まるわけではないことも、速読のトレーニングをしても読解力が身に付くわけではないことも分かります。
以上より、より良い幼児教育のあり方とは、形式や結果にとらわれず本質を見極めることです。それは、やはり子どもがそれに楽しんで取り組んでいることです。この点で、子どもがやりたそうならやらせてみる、やりたくないならやらせないという親が無理強いをしないことでしょう。言い換えれば、それは、毎日20分ほど「おかあさんといっしょ」を親子でいっしょに見て楽しめば、それで十分ということです。
実際に、行動遺伝学の研究では、音楽、美術、スポーツなどの才能において、遺伝の影響(遺伝率)が80%程度、社会(非共有環境)の影響が20%程度であり、親の取り組みの違い(共有環境)の影響はどれも0%であることが分かっています(*10)。なお、認知能力においての親の取り組みの違い(共有環境)の影響は、ある程度ありますが、子どもが大人になるにつれてやはり目減りしていきます。この詳細については、以下のページの最後をご覧ください。
子どもの隠れた才能を見つけ出してあげなければならないと思う親心はよく分かります。ただ実は、そんなことはごく一般的な家庭がするようなことで十分であることも分かりました。確かに、音楽をまったく聞かせていないと、音楽の才能は開花しません。ただ、ほどほどに音楽を聞かせていれば、あとはその子に素質(遺伝の影響)があるのなら、楽しんでいれば勝手に才能が開花していくということです。つまり、才能よりもまず楽しむことです。親としては、そんな子どもの様子を温かく見守ることこそが、今必要なのではないでしょうか? つまり、より良い幼児教育とは、できるだけ良い幼児教育ではなく、ほど良い幼児教育であるという逆説であるとも言えるのではないでしょうか?
そう考えると、「おかあさんといっしょ」とは、「おとうさんもいっしょ」になり、やがて自立して「みんな(社会)といっしょ」に生きて行くためのほど良いサポートをする最初の一歩と言えるのではないでしょうか?
*8「絶対音感を科学する」P18、P81、P30、P216、P233、P235、P246、P251:阿部純一(編)、全音楽譜出版社、2021
*9「文化がヒトを進化させた」P40:ジョセフ・ヘンリック、2019
*10「遺伝マインド」P59:安藤寿康、有斐閣、2011