【3ページ目】2025年1月号 映画「クワイエットルームにようこそ」【その5】と言うことはこれをすれば医療保護入院は廃止する前に廃れる!―扶養義務の縮小
医療保護入院が廃止されることによって、人権侵害が改善され、精神障害者の自立が促進され、医療費が大幅に削減できることが分かりました。一方で、そうすることで、どんなリスクがあるのでしょうか? そして、どんな対策を講じることができるでしょうか?
大きく3つ挙げてみましょう。
①急性期の患者に治療介入ができなくなる
1つ目は、これまで医療保護入院をしていた急性期の患者への治療介入ができなくなると懸念されることです。確かにその通りです。そうならないようにするための対策として、措置入院に新たに「急性期症状による自立不全」という要件を追加することができます。措置入院なので、家族同意はなくなり、利害関係のない精神科医(精神保健指定医)2名による判断になり公正になります。ちなみに、これはヨーロッパをはじめとする諸外国に近いやり方です(*12)。
ただし、医療保護入院の患者がいなくなった分、その穴埋めとして、今度は措置入院の患者が長く入院させられる可能性が懸念されます。この対策として、人権擁護の具体的な判断基準や入院期間の期限を明文化する必要があります。そのためにまずは、精神保健福祉法第1条の文言は以下のように、さらに変える必要があります。
現在:「・・・精神障害者の権利の擁護を図りつつ、その医療及び保護を行い、・・・」
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廃止後:「・・・精神障害者の権利を擁護して、その医療を行い、・・・」
この変更で最も重要なポイントは、「保護」という言葉を削除することです。保護という言葉は、この言葉の名のもとに、子ども扱いして自由を制限するパターナリズム(父権主義)の象徴であり、医療保護入院を担保するためのキーワードであったからです。また、「権利を擁護して」とシンプルに表記せずに「権利の擁護を図りつつ」などと回りくどく表記していたのは、医療保護入院と人権擁護がそもそも矛盾するために、それを避けて、表向きに両立させるためであったこともうかがえます。
そして、この変更を踏まえて、精神医療審査会は基本的に精神保健指定医1名と司法関係者(弁護士など)1名による聞き取り調査にすることです。これが、可能な理由として、医療保護入院が廃止されたことで強制入院の患者数は激減しているからです。そして、精神科医も余っているからです。また、異職種の専門家の2人体制にして、同業者の馴れ合いを防ぐ必要もあります。
②身辺自立が難しい慢性期の患者の行き場がなくなる
2つ目は、もともと医療保護入院をしていた患者の中で、摂食や排泄などの身辺自立が難しい慢性期の患者の行き場がなくなると懸念されることです。確かに、そう思う保守的な人はいるでしょう。そうならないようにするための対策として、まずは本人の同意による任意入院に切り替えることです。また、精神科病院をグループホーム(共同生活援助)に機能変更することです。
なお、それでも最終的に精神科病院の大半はダウンサイジングや閉院することを迫らせれるでしょう。その流れをつくるためにも、医療保護入院はいきなり廃止させるのではなく、徐々に廃れさせる必要があります。精神科病院はすでに一定の役割を終えており、社会構造の変化として、仕方のないことです。そして、人権侵害を招く強制入院ビジネスはこれ以上あってはならないことです。
③地域社会の治安が不安定になる
3つ目は、もともと医療保護入院をしていた患者の多くが地域に戻ってくることで、地域社会の治安が不安定になると懸念されることです。確かに、そう思う保守的な人はいるでしょう。そうならないようにするための対策として、浮いた医療費によって、訪問医療、訪問看護、訪問介護(ヘルパー)などにより人数や時間をかけて、地域社会でのサポート体制をヨーロッパ諸国のレベルまでに拡充させることができます。
「クワイエットルームにようこそ」から「クワイエットルールにさようなら」へ
ラストシーンで、明日香は退院して病院の外を出て、初めて病院の外観を知ります。そして、救急車のサイレンが近づき、先に退院した同室の患者がまた戻ってきたのを見てしまいます。明日香が自由を手に入れたことを俯瞰して噛みしめている様子をうまく描いています。
彼女は「クワイエットルーム」(精神科病院への入院)という体験を経て自己成長しました。同時に、日本の社会も、権威主義から自由と平等の価値観(民主主義)へと自己成長しつつあります。その過渡期であるからこそ、様々な社会問題が浮き彫りになっているとも言えます。この映画は、それを象徴しているように見えてきます。まさに、「クワイエットルームにようこそ」(権威主義)から、「クワイエットルームにさようなら」(民主主義)です。
私たちの多くが、権威に抵抗して自由になる明日香に感動するのも、鎌倉時代から続いた直系家族(権威主義)よりも、原始の時代に続いていた核家族(民主主義)の方が圧倒的に長く、その文化進化に適応した遺伝子進化がまだ残っているからでしょう。
遺伝子進化が何万世代も繰り返してちょっとずつ変化するのに対して、文化進化は情報化などの技術革新などによって数世代の間でも大きく変化します。これを踏まえると、精神科病院の関係者は利害関係があるため限界はありますが、精神科病院に直接関わらない医療関係者をはじめ一般の人たちが、この情報化社会で、扶養義務、医療保護入院についてどんどん発信していくことで、より良い社会を目指すことができるのではないでしょうか?
一昔前は、がん告知を本人ではなく家族だけにしていました。今ではまったく考えられません。それと同じことが今起きています。「家族の同意で強制入院できるなんて・・・そんなこと今ではまったく考えられません」と言える未来がすぐ近くに来ているように思われます。
参考文献
*11「生活保護と扶養義務」p.30、p.41、p.99、p.108:近畿弁護士会連合会編、民事法研究会、2014
*12「医療保護入院」p.40、p76:精神医療、批評社、2020