【1ページ目】2025年1月号 映画「クワイエットルームにようこそ」【その5】と言うことはこれをすれば医療保護入院は廃止する前に廃れる!―扶養義務の縮小
********
・生活保護
・世帯分離
・法の下の平等
・「直系家族病」
・精神障害者の自立
・医療費の削減
・措置入院
・精神医療審査会
********
前々回(その3)では、医療保護入院が廃止できない諸悪の根源が扶養義務であることを突き止めました。そして、前回(その4)では、扶養義務をはじめ、私たちが家族のつながりにとらわれ人権意識が乏しい根っこの原因を、地政学の視点から解き明かしました。そして、それを「直系家族病」(文化結合症候群)と名付けました。と言うことは、医療保護入院を廃止するためには、その前に「直系家族病」の主病巣である扶養義務にメスを入れる必要があります。果たしてそれは可能でしょうか?
今回(その5)は、映画「クワイエットルームにようこそ」を踏まえて、扶養義務の縮小が現実的になってきているわけをご説明します。そして、扶養義務を法的に縮小することは、医療保護入院の廃止だけでなく、「直系家族病」そのものの根治治療にもなりうる可能性をご説明します。さらに、医療保護入院が廃止されることによるベネフィットとリスク対策をまとめてみましょう。
扶養義務の縮小が現実的になってきているわけは?
主人公の明日香は、母親と絶縁しており、3年間ほぼ連絡を取っていませんでした。ラストシーンで彼女は同棲していた鉄雄と別れますが、その後に仕事が見つからないために、生活保護を申請したらどうなるでしょうか? その3で国による扶養圧力が強化されたとご説明しましたが、母親に扶養が可能かの通知が行くのでしょうか?
答えは、家族関係がうまく行っていない場合は、原則的に通知は行きません。この根拠は、参議院厚生労働委員会附帯決議(2013年)において「家族関係の悪化を来したりすることがないよう、十分配慮すること」とされているからです(*11)。
それでは、明日香が父親の急死をきっかけに、母親と電話やメールで連絡し合う仲にまで戻り復縁したとしたら、どうでしょうか? すると、母親に通知が行くことになるわけですが、母親がその通知に返信しなかったら、母親に罰則はあるのでしょうか?
答えは、返信しなくても罰則はありません。この根拠は、厚生労働省社会・援護局長の国会答弁(2013年)において、「回答義務や回答がされない場合の罰則を科すことはいたしておりません」と答弁してるからです(*11)。さらに、返信しないということは、扶養を拒否しているわけであり、それでも罰則がないので、実は家族が扶養を拒否できることを意味します(*11)。
それでは、明日香が実家に帰り、母親と同居するようになったら、どうでしょうか?
答えは、同居している場合に限り、母親に扶養義務(生活保持義務)が生じるため、生活保護は申請できなくなります。逆に言えば、別居(世帯分離)さえしていれば、家族は扶養義務を課されることはありません。ちなみに、立場が逆転して、明日香の母親が生活保護を申請する場合もまったく同じです。もちろん、2人が同居(世帯同一)していても、2人揃ってなら申請できます。
これが、現在の生活保護法の運用の原則になっています。つまり、現在、国による扶養圧力の話はあくまで見せかけで、扶養義務が実質的にあるのは、配偶者、父母(未成年の子に対する)に縮小されています。まさに核家族の家族構成で、家族システムがもともと核家族である欧米諸国と同じような扶養義務になってきています(*11)。唯一違う点は、成人した子どもや親などに対して、欧米では同居していても扶養義務はないのに対して、日本では同居していたら扶養義務はあることです。
しかし、実際の日本の民法上の扶養義務者(絶対的扶養義務者)の範囲は、明治民法から変わらず、配偶者、父母、祖父母、兄弟姉妹、子、孫、ひ孫と幅広く明記され、まさに直系家族の家族構成のままになっています。しかも驚いたことに、「特別な事情があるときは」という条件付きで、おじ、おば、甥、姪など3親等内の親族(相対的扶養義務者)まで含まれており、形式的にはとんでもなく広いです。
確かに、戦後しばらくまでは、すぐ近くに住む親族がいっしょに農作業をするなど、日常的にも経済的にも助け合うこと(扶養)は、ごく自然でした。生活保護法はまだできたばかりで、社会保障は行き届いていませんでした。しかし、核家族と一人暮らしが圧倒的な多数派となり、社会保障が充実している現在の社会構造では、血縁関係だけを理由に扶養義務を課し続けるのは不自然になっています。
これは、血縁関係があるだけで殺人の刑罰が重くなる尊属殺人にも重なります。これは、かつて違憲判決が出ました。また、加害者と血縁関係があるだけで犯罪被害者給付金が減額されることにも重なります。これは、現在裁判中ですが、同じように違憲判決が出るでしょう。
扶養義務にしても尊属殺人にしても犯罪被害者給付金にしても、血縁関係を特別視するのは、現在の社会構造では法の下の平等にはならなくなっています。もちろん、家族の絆や血縁関係を重んじること自体は、倫理的に推奨すべきことではあります。しかし、法的に強制すべきことではないというのが現代の価値観です。
あとは、法改正を待つだけですが、国民の6割が賛成している選択的夫婦別姓(これもまた核家族による価値観)が法改正されず、なかなか違憲判決も出ないのと同じように、扶養義務の縮小もまだ時間がかかりそうです。