【2ページ目】2025年6月号 映画「シンシン」【その2】演じること危うさは? じゃあどう演じる?-サイコドラマ

じゃあどう演じる?-サイコドラマ


収監を終えて社会復帰した、ある元収監者が彼らを訪ねてきます。彼は、演劇更生プログラムの修了生でした。彼は、演劇グループのメンバーたちに釈放されてからの喜びと苦労の社会生活を生き生きと語るのでした。まだ収監中の彼らの良い先輩です。

実は、この映画は、実話に基づくストーリーです。そして、なんとこの映画の出演者の85%が実際にシンシン刑務所の元収監者です。実際に、釈放後の再犯率は、全国平均60%であるのに対して、この演劇更生プログラムの修了生は年平均5%(現在3%)と驚異的です(*1)。彼らが、生き生きと演技している姿が、この再犯率の低さを物語っています。

なお、そもそも演劇をやりたいと思う人やさらに演劇メンバーに選ばれる人はもともと言語能力やコミュニケーション能力が高いという選択バイアスがかかっていることも推定できますが、それでも、演じることは、更生を含め、セラピーの効果が確かにあります。その効果について、サイコドラマ(心理劇)という心理療法では、ウォーミングアップ、ドラマ、シェアリングを通して、愛他性、社交性、自己受容、自発性が高まることが分かっています(*2)。ちなみに、サイコドラマの創始者の精神科医モレノは、この映画の舞台であるシンシン刑務所に勤務して、集団精神療法(演劇更生プログラム)を導入することを提案した人物です(*3)。

それでは、先ほどの演技のリスクを踏まえて、言語能力、コミュニケーション能力、そして自分(自我)を保つ力が高くない精神症の人たちは、どう演じることができるでしょうか?

ここで、映画のそれぞれのシーンを通して、サイコドラマの技法(*3)を主に3つご紹介しましょう。

①理解者役を配役する―ダブル

ディヴァインGには、同じ演劇メンバーであり、親友のマイク・マイクがいました。彼らは、収監施設内で隣り合わせの個室が割り当てられており、壁越しに声が通るため、彼らはそれぞれの個室にいる時に、しょっちゅう語り合ってきました。

1つ目の技法は、ディヴァインGにとってのマイク・マイクのように、主役の重要な他者であり理解者・代弁者の役どころ、つまりもう1人の自分になるような存在を配役することです。

例えば、クライエントが母親と葛藤がある状況をサイコドラマにする場合、主役(クライエント)が気づいていない欲求や言い表せてない葛藤を、友人役がつぶやいたり、語ってもらいます。時には、あえて反対の気持ちを大げさに言い、主役の葛藤を揺さぶります。これは、ダブル(二重自我法)と呼ばれます。また、その友人役は、自分らしさ(自我)を補助する存在という意味で、補助自我と呼ばれます。

この技法では、主役(クライエント)、友人役(補助自我)、母親役(葛藤相手)、監督(セラピスト)の少なくとも4人の構成メンバーが必要になります。

なお、補助自我は、助演とは必ずしも一致しません。なぜなら、助演とは、主役の演技そのものを助ける役者のだからです。この映画ではマクリンに当たります。一方、補助自我は、主役だけでなく監督の意図も汲んで演じるため、助監督の役割はあります。

②相手役も演じる―ロールリバーサル

当初、マクリンはディヴァインGから助けられる側でした。その後、その立場が逆転して、マクリンはディヴァインGを助ける側になりました。このように、立場が入れ替わって、気づくことがあります。

2つ目の技法は、ディヴァインGとマクリンの立場の交換だけでなく、さらに役者同士を交換して、自分役だけでなく相手役も演じてもらうことです。

例えば、先ほどと同じように、娘(クライエント)が母親と葛藤がある状況をサイコドラマにする場合、最初にクライエントが娘役を演じたあとに、今度は母親役を演じて、自分だけでなく、母親の葛藤も身をもって体験するのです。そして最後に、もう一度娘役を演じることで、最初とは違い、母親の視点で娘役を俯瞰して演じるようになります。これは、ロールリバーサル(役割交換)と呼ばれます。親子だけでなく、友人同士、上司と部下、被害者と加害者など様々な関係性に広く使えます。

この技法では、主役(クライエント)、母親役(葛藤相手)、監督(セラピスト)の少なくとも3人の構成メンバーが必要になります。

③一人芝居をする―エンプティチェア

ディヴァインGが逃げ出してグループにいなくなった時、メンバーたちが彼の空いた椅子を見るシーンがありました。一瞬でしたが、メンバーの一人ひとりが彼との会話を想像しているようにも見えます。

3つ目の技法は、目の前に空いた椅子を用意して、そこに相手が座っていると見立てて、主役が相手役にもなり、一人芝居をすることです。

例えば、先ほどの母娘葛藤の場合、最初にクライエントが娘役として目の前の空いた椅子に語りかけたあと、今度はその椅子に座り直し、母親役として語り返します。そして、また元の椅子に戻って娘役を演じます。このように、2つの椅子の行き来を繰り返し、納得するまで会話を続けるのです。これは、エンプティチェア(空き椅子)と呼ばれています。空いた椅子に座る想定の相手は、先ほどの様々な関係性の相手だけでなく、過去の自分、未来の自分、さらには生物、物体、概念など幅広いです。

この技法では、主役(クライエント)と監督(セラピスト)の2人の構成メンバーで十分です。ただ、この技法に限っては、実際の演者がクライエントのみで、他の演者との相互作用がない分、クライエントの言語能力や想像力が必要になります。そのため、これらの能力が十分ではない場合は、効果は期待できません。

シンシンとは?

シンシン刑務所の殺風景な部屋とは対照的に、その柵越しにはハドソン川の美しい水辺が見えます。そして、刑務所の生活はまるで数十年もの時間が止まって見えるくらい単調なのとは対照的に、刑務所の敷地内をニューヨークの地下鉄がせわしなく通り過ぎます。

そんな抑圧された刑務所で生きるディヴァインGたちにとって、演劇更生プログラムは、まさに人生の潤いだったのでした。彼らと同じように、抑圧されがちな現代の社会で生きる私たちも、サイコドラマの技法を参考にして、まさに自分の人生を豊かに演じることで、その人生はより豊かになるのではないでしょうか?

参考文献

*1 「シンシン プロダクションノート」:映画パンフレット、2025
*2 「心理劇研究における体験過程と効果に関する臨床心理学的研究」p.236、榎本万里子、昭和女子大学出版会、2025
*3 「心理劇入門」p.7、pp.67-73、pp.82-83、土屋明美ほか、慶應義塾大学出版会、2020