【2ページ目】2011年 ドラマ「僕の生きる道」自己成長とは?
ナラティブアプローチ―自分自身に距離を置かせて気持ちの整理を促す
秀雄が空回りして落ち込んでいた時、主治医のかける言葉がまた印象深いです。主治医は、預言者のように厳かに言います。「君が信念を貫いていれば、いつかきっと、君に味方してくれる人が現れるよ」「その人は、ある日突然やってくる。一番最初に現れたその人を絶対逃がしちゃダメだ」「その人は生涯を通じて君の味方になってくれる」と。暗示的ですが、とても心のよりどころとなる温かいかかわり方(支持的精神療法)をします。 また、「彼女(恋人のみどり)が僕の病気を知ったら、どうなるんでしょうか?」といつまでも打ち明けることに恐れをなしている秀雄に、主治医が問いかけます。「(病気を知って)君の人生はどう動きだした?」と。主語を「君」とせずに「人生」として、物語ふうな語り口(ナラティブアプローチ)をすることで、問題そのものを秀雄の感情から切り離して捉えさせ(外在化)、秀雄に気持ちの整理を促します。 さらに、秀雄がみどりとの結婚をためらっていた時に、主治医が秀雄に投げかけた引用が印象的です。「たとえ明日、世界が滅亡しようとも、今日、私はりんごの木を植える」と。これは、宗教改革の立役者ルターが言ったとされている名文句です。りんごの実という明日への希望を持って、今日を一生懸命に生きようというメッセージに受け止められます。と同時に、たとえ未来で全てが失われたとしても、今を一生懸命に生きていたという事実は失われないというメッセージにも受け止められます。大事なのは、自分を取り巻く世界がどうなるかではなく、世界が滅亡しようとも繁栄しようとも、自分自身がいつもどうありたいかということであることを、私たちに教えてくれます。
フランクル心理学―『人生が自分に求めてきていること』
秀雄は、限りある生にありがたみを感じ、そこに意味を見出そうとしています。彼にとって「今を生きる」とは、教師として創造的に仕事をすること(創造価値)、みどりや生徒たちのために一生懸命になること(体験価値)、持って生まれた運命に前向きな態度をとり続けること(態度価値)なのでした。これは、まさに『人生が自分に求めてきていること(フランクル心理学)』に当てはまります。 この秀雄の成長は、「自分の考えをしっかり持っていて、それを行動に移せる人」というみどりの理想のタイプにハマったのでした。その後に、病気を知ったみどりが、秀雄との結婚に猛烈に反対する父親に対して言います。「生まれて初めて、自分の生きる理由を見つけたの」「私は今、中村先生(秀雄)と一緒にいるために生きているの」「結婚して、家族になって、彼を支えて、そして・・・彼を見送るために」「私は、自分自身の人生を生きたいの」と。みどりも、自分の人生の主体的な意味付けをしようと成長していきます。
投影―他人は自分を映し出す鏡

同僚の数学教師の久保は、イケメンで話や教え方がうまく生徒から人気があり、合コンに行けば、モテモテです。国から研究を任されるエリートで、みどりの父親でもある理事長からも気に入られ、全く非の打ちどころがありません。キャラクター的に正反対な秀雄を際立たせます。 そんな久保が好意を寄せていたみどりが、よりによって秀雄の恋人になったことを知り、動揺します。職員室で秀雄に研究を羨ましがられても、「本当は俺のこと、バカにしてたりして」と言い放ち、秀雄をきょとんとさせます。これは、久保の心の中が、秀雄を鏡にして映し出されています(投影)。つまり、実際に秀雄は久保をバカにすることなどありませんが、久保の方がもともと優越感に浸っていたので、秀雄に負けて立場が逆転した時に、彼のその優越感が劣等感となって、溢れ出てしまったのでした。 その後に、久保は秀雄の病気を知ったことで、「みどり先生が自分のものになる」とすぐに損得勘定をしてしまった自分自身が許せなくなり、仲良しの同僚に打ち明けています。「おれはずっと人生、舐めてたんだよ」と。久保も、死と向き合っている秀雄という鏡を通して、自分自身を見つめ直し、成長していくことができたのでした。
カタルシス―押し殺していた気持ちを吐き出す

秀雄は母に「甘えたりわがままを言う(父親のようには)」「迷惑なんかかけたりしないから」と言っていたように、ずっと自分の気持ちを押し殺して生きてきました。そんな秀雄の病気のことを知った時にみどりは、自分に何ができるか秀雄の主治医に訊ねます。主治医のアドバイスは、「話し相手になってあげてください」「彼がつらい時に、つらいって言える相手になってあげてください」でした。自分の運命を受け入れるには、秀雄独りだけではやはり太刀打ちできないことを主治医は分かっていました。そして、母も秀雄に手紙で伝えます。「誰かに甘えられたり、頼られたりすることで幸せになれることもあるんだからね」と。支えることも、支えられることも、等しく幸せであるというメッセージが伝わってきます。 そしてついに、秀雄はみどりと結婚します。その後、新婚旅行で行った温泉宿で、「死にたくないよぉ」と幼い子どものように声を出して泣きじゃくり、みどりに抱き寄せられます。押し殺していた気持ちをついに吐き出したのです(カタルシス)。「僕は世界で一番幸せなのだから」と感じているからこそ、心の奥に押し込んでいた本心が溢れ出てしまったのでした。無意識に張っていた緊張の糸が緩んでしまったのです。彼は死と背中合わせの戦場にいながら、みどりがそばにいることで安らぎを感じていたのでした。





ページトップへ