連載コラムシネマセラピー

私達の身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーション(心理学)メンタルヘルス(精神医学)婚活(恋愛心理学)を見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

2019年2月号 映画「美女と野獣」-実はモラハラしていた!?なぜされるの?どうすれば?【従う心理】

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・DV
・モラルハラスメント
・恐怖
・罪悪感
・同情
・同調性
・ストックホルム症候群
・課題の分離
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みなさんは、交際相手や妻(または夫)から、ラインやメールの返事が遅いと毎回怒られますか? 居場所や行動を全て事前に伝えるというルールが強いられていますか? 携帯やパソコンを覗かれるのを許していますか? 実は、これらの束縛は全てDVモラルハラスメントの可能性があります。特に交際中の場合は、デートDVと呼ばれます。

なぜ束縛するのでしょうか? 逆に、なぜ従ってしまうのでしょうか? そして、どうすれば良いでしょうか? これらの疑問を解き明かすために、今回は、従う心理をテーマに、映画「美女と野獣」を取り上げます。この映画を通して、「真実の愛」の裏に隠された教訓を知り、従う心理と従える心理を進化心理的に掘り下げ、より良いパートナーシップ、仕事関係、家族関係をいっしょに考えていきましょう。

ストーリーで説かれた真実の愛の教訓は?

ある美しくも薄情な王子が、罰として魔女の魔法によって野獣の姿に変えられてしまいます。その魔法が解かれるのは、バラの花びらが全て落ちる前に、誰かを心から愛し、そして愛されることでした。しかし、彼は、野獣の姿をした自分を愛する人などいるわけがないと嘆き、自分のこれまでの薄情な行いを悔やみます。そして、心を閉ざし、城にこもります。
月日が流れ、やがて、ベルという美しい女性が城に迷い込みます。彼女は、城から逃げ出しますが、狼に襲われそうになったところに、野獣が身を挺(てい)して彼女を救います。その後、彼女は、野獣の優しく繊細な心の美しさに心惹かれていきます。同時に彼も彼女の聡明な心の美しさに惹かれていきます。

そんな中、ガストンというベルに好意を寄せる村一番のハンサムで腕っぷしのある男性が、城に押しかけます。彼は、野獣を退治してベルを自分のものにしょうとしていたのでした。しかし、ガストンがうぬぼれ屋で自分勝手なことをベルは見透かしていました。最後に、ガストンはいなくなり、ベルと野獣は結ばれます。すると、呪いは解けて、ベルの前には美しい王子が現れます。真実の愛が実ったという、とてもドラマチックな古典的名作です。

それでは、まず、このストーリーのナレーションで説かれた真実の愛の教訓を、3つあげてみましょう。

①見かけにだまされない
1つ目は、「見かけにだまされない」ことです。野獣になる前の王子は、寒さをしのがせてくれと乞う、やつれた老女を見て冷たく突き放しています。また、ガストンは、ベルを手に入れるため、ベルの父親を見殺しにしようとしたり、平然とうそをついています。つまり、見かけの美しさによって、心の美しさを磨くことを疎かにしてしまうということでもあります。

②美しさは心にある
2つ目は、「美しさは心にある」ことです。野獣は、見た目は怖いですが、心は優しく知的です。ベルは、読書家で村では変わり者で浮いた存在でしたが、とても賢く行動力があります。2人は相性が良いのです。お互いにその本質を見極めています。

③心から愛し愛される
3つ目は、「心から愛し愛される」ことです。ガストンは、ベルを自分の思い通りの女性にしようと一方的です。対照的に、野獣は、村にいる父親の身を心配するベルに「すぐに行ってやれ」と言います。ベルがいなくなると、もとの人間に戻れなくなることを野獣は覚悟しています。野獣は、ベルを愛しているからこそ、彼女を手放したのでした。その後に、城に戻ってきたベルは、ガストンに銃で撃たれようとする野獣を守ろうとします。野獣とベルは、自分のことよりも相手のことを考えています。

なぜ従うの? ―「真実の愛」の裏に隠れた教訓

このストーリーから、真実の愛とは、見かけではなく、心の美しさによって、愛し愛されることであるという教訓を学びました。ただし、メンタルヘルスの視点からは、さらに「真実の愛」の裏に隠れた教訓があります。つまり、このストーリーで説かれる「真実の愛」には、良さと同時に危うさもあります。それは、従う心理です。なぜ従うのでしょうか? ここから、その心理を3つに分けて、掘り下げてみましょう。

①恐怖
ベルの父親が城のバラを1本摘んだことを理由に、野獣は、盗みの罪として父親に終身刑を一方的に言い渡し、城に監禁します。それを知ったベルが自ら申し出て、父親の身代わりとして監禁されます。その後、ベルは野獣といっしょに食事をすることを拒むと、野獣は「私を拒むなら何も食わすな」と怒って召使いに言い放ち、ベルを脅しています。

1つ目の従う心理は、最初、ベルが野獣に恐怖を抱いていることです。それは、殺されるかもしれないというレベルの恐怖です。風貌が野獣だからといって、このような振る舞いは人間として決して許されません。もともとのファンタジー仕立てが私たちの目を曇らせていますが、現実的に考えると、野獣がやっていることは、明らかに理不尽で不当です。法律的には、逮捕・監禁罪、強要罪、脅迫罪などが成立します。

心理学的に言えば、この恐怖によって、服従の心理が意識的にも無意識的にも発動されると言えます。顔色をうかがい、腫れ物に触るようにビクビクして接したり、ご機嫌取りになります。なぜなら、その方が生き残る確率が高まるからです。

逆に言えば、従わせる心理は、相手に恐怖を植え付ける怒りっぽさです。例えば、殴る、蹴るなどの身体的な暴力、怒鳴る、叫ぶ、金切り声を上げる、些細なことで急に怒り出す、脅すなどの心理的な暴力、そして行動制限です。

②罪悪感
ベルは、父親の盗みの罪については申し訳なく思っています。また、自分が逃げ出したことで、結果的に野獣が大けがをしたため、負い目を感じて、野獣を連れて城に引き返しています。そして、野獣から「(自分が大けがしたのは)おまえが逃げたせいだ」と責められながら、献身的に野獣を看病します。ベルは「脅すから逃げたのよ」と言い返しますが、「(脅したのは、行くなと言った)西の塔へ行くからだ」とさらに責められます。最終的に、ベルは命がけで狼から救ってくれた野獣に感謝します。その後に、ベルは父親に会うため村に帰る許しを得て、野獣にまた感謝します。

2つ目の従う心理は、その後、ベルが野獣に誤った罪悪感を抱いていることです。たとえどんなにひどい言いがかりだとしても、潜在的な恐怖によって、それを受け入れやすくなります。すると、罪悪感が芽生えてきます。よくよく考えると、自分を監禁していた野獣が痛手を負っているわけなので、実は逃げ切れる最大のチャンスでした。そうしないで、わざわざ引き返しています。さらに、野獣の看病までしています。

また、ベルは野獣に感謝していますが、よくよく考えると、野獣はもとの人間に戻るためにベルに気に入られることが必要なので、ベルを救ったのは当然のことです。ベルがそれを知っていれば素直に感謝はできません。また、監禁がもともと不当であるため、それが解かれても感謝する必要は本来ありません。

心理学的に言えば、この罪悪感によって、誤った感謝の心理が意識的にも無意識的にも発動されると言えます。例えば、「ごめん」と「ありがとう」を同じ状況で使うことがあるように、罪悪感と感謝は背中合わせの心理とも言えます。

逆に言えば、従わせる心理は、相手に罪悪感を植え付けるひがみっぽさです。例えば、「あなたのせいだ」と責任を押し付けたり、「謝罪が足りない」「感謝が足りない」「あなたはだめな人だ」とけなすことです。

③同情
ベルは、日用品に姿を変えられた召使いたちから、「(最後の花びらが落ちると)ご主人様(野獣)はずっと野獣のまま、おれたちはアンティークになる」と教えられます。ベルは「助けてあげたい」「魔法を解く方法は?」と尋ねますが、「心配しなくていい」「自分たちの問題は自分たちで解決する」と言われ、神妙な顔になります。また、ベルが城から去る時、野獣は「時々、自分を思い出してほしい」と言って、願ったものが映る魔法の鏡を渡します。

3つ目の従う心理は、やがてベルが野獣に行き過ぎた同情を抱いていることです。野獣がけがで瀕死になって弱っている姿とあいまって、「かわいそう」「気の毒だ」という気持ちが芽生えています。また、城に監禁していること以外については、野獣は、城の図書館を案内するなど、ベルに優しく接しています。やがて野獣がベルを城から解放したのも、ベルを愛していたからという見方もできますが、このままだとベルに心から愛されないとあきらめたからという見方もできます。逆に、そうしたことで、ベルは野獣に心を許すようになります。さらに、野獣は、わざわざ魔法の鏡を渡して、自分をこれからも見てもらおうとあわよくばの同情を誘っています。

心理学的に言えば、この同情によって、誤った好意の心理が意識的にも無意識的にも発動されると言えます。また、同情という共感により、監禁という身体的な近さだけでなく、心理的な近さも増していると言えます。これは、身体的にも心理的にも近ければ近いほどより親しみがより沸いてくる心理(社会的交換理論)につながります。

逆に言えば、従わせる心理は、相手に同情を引き出す卑屈さです。例えば、「自分はだめだ」「どうせ自分なんか」と自己否定したり、「自分はキレやすいから」「自分は不器用だから」「自分は弱いから」「自分は心配性だから」と言い訳がましいことです。これは、下手(したて)に出れば好感が持たれる心理(アンダードッグ効果)や、「寝てないアピール」「体調不良アピール」など自分から不利な状況を公言して同情や理解を得る心理(セルフハンディキャッピング)につながります。さらには、「自分はそういう人間」「あなたならそれを分かってくれるはず」と依存的になれば、相手から「自分なら助けられる」という心理を引き出せます(共依存)。

従う心理 ―ストックホルム症候群

王子は、魔女の魔法によって、野獣に姿を変えられました。そして、野獣とベルが結ばれたことで、魔法が解けました。ただ、先ほどの「真実の愛」の裏の従う心理は、もう1つの「魔法」とも言えそうです。これは、精神医学的には、ストックホルム症候群と呼ばれます。

ストックホルム症候群は、1970年代にスウェーデンの首都ストックホルムで実際に起きた銀行強盗の人質立てこもり事件を語源としています。当時、2人の男性の銀行強盗が、4人の銀行員の人質とともに約40㎡の金庫室の一室に6日近く立てこもりました。人質たちは無事に解放されましたが、奇妙なことに、その後に彼らが強盗たちをかばおうとして警察に非協力的になったのです。さらに驚くべきことに、人質の1人の女性は、もともとの婚約を破棄してまで、刑務所にいた犯人との関係を続けました。このように、ストックホルム症候群とは、誘拐や人質事件で監禁された被害者が加害者に連帯感や好感を持つ状態であると定義されます。

その後、FBIは、ストックホルム症候群が生じる4つの前提条件を示しています。それは、①人質と監禁者が、狭い場所で他から隔離されて長時間を過ごすこと、②人質が殺されるかもしれないという恐怖を抱くこと、③命が助かったのは監禁者のおかげだと感じること(感謝)、④監禁する点を除いては、監禁者が人質を優しく扱っていること(共感)です。①は、「美女と野獣」のストーリーの設定に重なります。②③④は、先ほどの「真実の愛」の裏の3つの危うい心理に重なります。

また、FBIの調査によれば、ストックホルム症候群が生じるのは人質事件の被害者の8%であることが分かっています。人質事件などによる監禁自体がまれな状況であることを踏まえると、一般人の発症率や有病率としてはさらに低くなります。よって、ストックホルム症候群は、単独の病名として、WHOの診断マニュアル(ICD-11)やアメリカ精神医学界の診断マニュアル(DSM-5)には記載がありません。分類するとしたら、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の「向こう見ずな自己破壊的行動」、または解離性障害の「威圧的説得による同一性の混乱」などの診断基準が当てはまります。

ただし、監禁という特殊な状況に限定しないと、実はとてもありふれた心理状態です。あまりにもありふれているので、逆に病的な状態であると本人たちに自覚されにくくなります。例えば、夫からDVを受けている妻が、「本当は良い人」との理由で警察に協力することを拒むことです。さらには、DV容疑で拘留された夫のために、妻が保釈金を用意することです。また、親から虐待を受けている幼い子どもが、「ママ(パパ)が好きだから」との理由で親をかばうことです。高齢の親からモラハラを受けながら介護する家族(主に子ども)が、「見放したらかわいそう」との理由で、変わらず献身的に介護を続けることです。上司からパワハラを受けている部下が、「仕返しが怖い」「どうせ変わらない」との理由で、ハラスメントの窓口に行かないことです。

なぜ従う心理は「ある」の?

これまで、従う心理になぜなるのかというメカニズムをご紹介しました。それでは、そもそも従う心理はなぜ「ある」のでしょうか?それと対になる、従える心理と合わせて、その答えを進化心理学的に探ってみましょう。

約6500万年前に霊長類が誕生し、約2000万年前には類人猿が誕生し、群れをつくりました。当時から、体格が良くて腕力のあるオスがボスとして偉そうに振る舞い、そうではないオスはヒラとしてかしこまって振る舞い、序列関係を維持する行動が進化しました(社会性)。約700万年前に人類が誕生して、男性(父親)は狩りをして、女性(母親)は子育てをして、助け合うことで家族をつくりました。300~400万年前にはアフリカの森からサバンナに出て、猛獣から身を守り、より大きな獲物を捕まえるために、家族同士が血縁関係で助け合うことで村をつくりました。当時から、夫婦、親子、親戚などの人間関係において、それぞれの相手とうまくやっていこうとする心理が進化しました(社会脳)。その1つが、周りに合わせようとする心理です(同調性)。これが、従う心理の起源です。従う心理とは弱い方が強い方に従うことであり、逆に従える心理は強い方が弱い方を従えることです。

現代でも、同調圧力という言葉があるように、私達は、何となく強く言う相手に、振る舞いや考え方を意識的にも無意識的にも合わせようとします。そして、その方が、心地良く感じてしまいます。「長いものには巻かれろ」「勝ち馬に乗る」「勝てば官軍」という言い回しが分かりやすいです。

特に男女間の親密で閉じた二者関係において、従う心理と従える心理は高まりやすくなります。例えば、従う心理としては、「尽くすのが愛」「何でも聞いてあげるのが愛」「まず相手が第一」「相手の気持ちを分かってあげて当然」「自分は何があっても付いていくべき」「自分の秘密を知らせる義務がある」などがあげられます。一方、従える心理としては、「尽くされるのが愛」「何でも聞いてもらうのが愛」「まず自分が第一」「自分の気持ちを分かってくれて当然」「相手は何があっても付いてくるべき」「相手の秘密を知る権利がある」などがあげられます。このように、進化的にも文化的にも、従う心理と従える心理はともに、男女をより結び付け、生存と生殖に有利に働く無意識の心理戦略になっていたと言えるでしょう。

ただし、約200年前の産業革命により、個人主義や平等主義が広がりました。さらに、1990年以降の情報革命により、従う心理が強い人はDV、ハラスメント、ストーカーの被害者として社会的に認知され、本人に自覚されるようになりました。最近ではMeToo運動として注目もされています。一方、従える心理が強い人は、その加害者としての自覚がなかなか追い着いていないのが現状です。彼らが「そんなつもりはなかった」「愛があるから良いと思っていた」とよく言うように、従える心理が無意識的に強く発動していたとも言えるでしょう。これは、「逆ストックホルム症候群」と言えるかもしれません。

★グラフ1 従う心理の起源

どうすれば良いの?

ストーリーは、ベルがお姫様になるというハッピーエンドです。ハッピーエンドたから、ベルがストックホルム症候群であろうとなかろうと良いじゃないかとも思われます。ただ、結末は本当にハッピーでしょうか? 問題は、さらに先の結末です。もともとベルを監禁していた王子(野獣)が、そのままでベルを大切にできるでしょうか? つまり、裏の結末は、ベルがDVやモラハラのリスクのある相手と結婚生活を送ることです。
それでは、ベルと王子は、どうすれば良いでしょうか? ここから、従う心理を踏まえて、DVやモラハラを予防するために、パートナーシップとしてお互いが守るべきルールを3つあげてみましょう。

①安全 ―相手を脅かさない
野獣は、ベルを監禁した上に、会食を拒否されると、食事を与えないと理不尽に怒り、ベルを脅していました。そして、ベルは、恐怖を抱いていました。

1つ目のルールは、相手を脅かさない、つまり安全です。相手が思い通りにならないことをはじめ、どんなことが理由でも、相手の安全を脅かすことは暴力です。そうならないためには、ベルが会食をすることと野獣が脅すことを切り離すことです。そして、ベルが会食に応じてくれるために、野獣は脅しではない別の対応をすることです。みなさんの中に、ベルは身代わりとして自分から監禁されることを望んだわけだから野獣は悪くないと考える人はいますでしょうか? ここで、最も強調したいのは、そもそもどんな理由であっても、たとえベルがどんなことをしても、ベルの安全を脅かすことをしてはいけないということです。

つまり、相手の行動と自分の行動は別と考えることです(課題の分離)。相手のアクション(行動)は相手の課題です。相手のアクションに対して、自分がどういうリアクション(行動)をするかは自分の課題です。誰の課題かを分けることで、その行動の責任を誰がとるのかをはっきりさせることができます。

例えば、「手を上げたのは相手が自分を怒らせたからだ」、または「自分を怒らせた相手も悪い。悪いのは自分だけじゃない」と言う人がいます。この理屈は成り立つでしょうか? 全く成り立たないです。なぜなら、暴力を振るうか振るわないかは100%自分の課題だからです。自分の課題は、暴力じゃないリアクションをすることです。その刺激となった相手の行動については、相手の課題として、また別に話し合いをすることが必要です。また、別れを切り出された時に、「別れるなら殺すよ」と言う人も同じです。

以上のように、相手を脅かすことは、殴る、蹴るなどの身体的な暴力だけでなく、怒鳴る、叫ぶ、金切り声を上げる、些細なことで急に怒り出す、脅すなどの心理的な暴力もあげられます。よって、自分が従わせる心理を抑えるためには、怒りっぽさをまず自覚することです。逆に、自分が従う心理を抑えるためには、まず恐怖を自覚して、「あなたが怖いです」「それはDVです」と相手に理性的に伝え、やめてもらうことです。

②自尊心 ―相手をけなさない
野獣は、自分が大けがをしたのは、ベルが脱走したからだとひがみっぽく責めていました。そして、ベルは罪悪感を抱いていました。

2つ目のルールは、相手をけなさない、つまり自尊心です。自分がうまく行かなかったことを理不尽に相手のせいにしたり、そもそも相手の欠点をけなすことはモラハラです。よって、そうならないためには、野獣が大けがをしたこととベルが脱走した意図を切り離すことです。野獣が大けがをしたのは、野獣が狼からベルを守るという行動を自ら選んだからです。それ自体はすばらしいことです。確かに、ベルの脱走は野獣が大けがをするきっかけにはなりましたが、ベルは頼んでいないですし、ましてや仕向けてもいないです。野獣に大けがをさせるつもりは、ベルに全くないです。

つまり、相手の行動と相手の気持ちは別と考えることです。例えば、「大丈夫って言ったけど、本当は大丈夫じゃなかった。それを察しなかったあなたが悪い」と言う人がいます。この理屈は成り立つでしょうか? 成り立たないです。なぜなら、大丈夫ではなかった責任は、大丈夫と言って助けを不要とした自分自身にあるからです。自分の言動は自分の責任です。

その他としては、「気が利かない」「察してくれない」「その努力が足りない」と繰り返し相手をなじることです。また、「おれがこんなにしてあげてるのに」「私がこんなにあなたのことを思ってるのに」と恩着せがましく見返りを求めることです。さらに、「おれのことを大事にしていない」「あなたの私を好きっていう気持ちに心がこもっていない気がする」と、抽象的なことについて問い詰めることです。ちなみに、別れる時には「今までの時間とお金を返して」と迫ることです。

気が利くか、察するか、大事に思うか、心をこめるかなどの相手の気持ちは、相手の「持ちもの」です。相手が感じることを、自分が指図することはできません。相手の気持ちを支配しようとすることはモラハラです。「気持ちを汲んでくれたらうれしい」と自分の気持ちを伝えることはできますが、相手がそれをするかしないか、できるかできないかは相手の課題であり、自分の課題ではないです。自分の課題としては、相手にしてほしい行動があるなら、まず具体的に説明してお願いすることです。それをどう感じるか、どうするか決めるのは相手の課題です。

以上のように、相手をけなすことは、「あなたのせいだ」と理不尽に責任を押し付けるだけでなく、「申し訳なさが感じられない」「感謝が足りない」「あなたはだめな人だ」とおとしめることもあげられます。よって、自分が従わせる心理を抑えるためには、まずひがみっぽさを自覚することです。逆に、自分が従う心理を抑えるためには、まず謝った罪悪感を自覚して、「それは理不尽です」「それはモラハラです」と相手に理性的に伝え、やめてもらうことです。

③自由 ―相手を縛らない
野獣は、自分の境遇に卑屈になっていました。そんな野獣に、ベルは同情を寄せて城にとどまっていました。しかし、野獣の愛の告白に対して、ベルは「自由がないのに幸せになれる?」と漏らしています。

3つ目のルールは、相手を縛らない、つまり自由です。自分を愛してもらうために、相手の自由を縛ることは、束縛というDVです。確かに、野獣はやがてベルに親切で優しくしており、安全は守られるようになりました。しかし、監禁を続けている点では自由が侵害されています。そうならないためには、自分を愛してもらうことと相手の自由を縛ることを切り離すことです。そして、野獣は最初からベルの自由を侵害しない別の形で、気に入ってもらうアプローチをすることです。

つまり、自分の行動と自分の気持ちは別と考えることです。例えば、「私は心配性。あなたのことが心配だから、私はあなたのラインの履歴を全部見る権利がある」と言う人がいます。この理屈は成り立つでしょうか? 成り立たないです。なぜなら、いくら心配だからと言って、相手のプライバシーを侵害することはDVに当てはまるからです。また、自由の侵害に抵抗された場合、「私の気持ちはどうなるの?」「そう考える私の自由はないの?」とさらに言う人もいます。もちろん、自分にどんなことでも考える自由はあります。ただし、相手の自由を縛る行動をしてしまうこととは別にするということです。相手には相手自身の行動を自己決定する自由があります。

別れを切り出された時に、「おれは納得していない」「おれの気持ちはどうなるんだ?」と言う人も同じです。これは、ストーカーの心理です。そして、その後に相手から無視された場合は、「おれに逆らうのか?」とストーカー殺人に発展することすらあります。また、「別れると死ぬよ」「それくらい私はあなたを愛している」と言う人も同じです。これは、いわゆる「狂言自殺」の心理です。自分が納得できないことをはじめ、どんな理由があろうとも、相手の気持ちが離れているなら関係は終わりであるということです。

その他としては、冒頭にも触れましたが、ラインやメールの返事が遅いと怒る、居場所や行動を全て事前に伝えるというルールを押し付ける、携帯やパソコンを覗くなどです。さらには、スマホにGPSアプリを入れるよう迫る、交友関係や服装に口出しなどもあります。

以上のように、相手を縛ることは、「自分はだめだ」「どうせ自分なんか」との自己否定や、「自分はキレやすいから」「自分は不器用だから」「自分は弱いから」「自分は心配性だから」と言い訳がましいことから始まります。よって、自分が従わせる心理を抑えるためには、まず卑屈さを自覚することです。逆に、自分が従う心理を抑えるためには、まず行き過ぎた同情を自覚して、「それは束縛というDVです」と相手に理性的に伝え、やめてもらうことです。

★表1 従う心理

「真実の愛」とは?

このストーリーで説かれる真実の愛の教訓は、それ自体はすばらしいです。最後に、今回ご紹介したその裏に隠された教訓を重ねてみましょう。それは、怒りっぽさ、ひがみっぽさ、卑屈さの「見かけにだまされない」ことです。恐怖、誤った罪悪感、行き過ぎた同情という従う心理をよく理解した上で「心から愛し愛される」ことです。そして、安全、自尊心、自由をお互いに守る「美しさは心にある」ということです。

この映画を通して、「真実の愛」をよく理解することで、古典的名作の奥深さを知るだけでなく、より良いパートナーシップ、さらにはより良い仕事関係や家族関係も築くことができるのではないでしょうか?

参考文献

1)みんなが知らない美女と野獣:セレナ・ヴァレンティーノ、講談社、2017
2)デートDV予防学:伊田広行、かもがわ出版、2018
3)あなたも心理学者!:ジョエル・レヴィー、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015

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