連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2019年2月号 映画「美女と野獣」-実はモラハラしていた!?なぜされるの?どうすれば?【従う心理】

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・DV
・モラルハラスメント
・恐怖
・罪悪感
・同情
・同調性
・ストックホルム症候群
・課題の分離
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みなさんは、交際相手や妻(または夫)から、ラインやメールの返事が遅いと毎回怒られますか? 居場所や行動を全て事前に伝えるというルールが強いられていますか? 携帯やパソコンを覗かれるのを許していますか? 実は、これらの束縛は全てDVモラルハラスメントの可能性があります。特に交際中の場合は、デートDVと呼ばれます。

なぜ束縛するのでしょうか? 逆に、なぜ従ってしまうのでしょうか? そして、どうすれば良いでしょうか? これらの疑問を解き明かすために、今回は、従う心理をテーマに、映画「美女と野獣」を取り上げます。この映画を通して、「真実の愛」の裏に隠された教訓を知り、従う心理と従える心理を進化心理的に掘り下げ、より良いパートナーシップ、仕事関係、家族関係をいっしょに考えていきましょう。

ストーリーで説かれた真実の愛の教訓は?

ある美しくも薄情な王子が、罰として魔女の魔法によって野獣の姿に変えられてしまいます。その魔法が解かれるのは、バラの花びらが全て落ちる前に、誰かを心から愛し、そして愛されることでした。しかし、彼は、野獣の姿をした自分を愛する人などいるわけがないと嘆き、自分のこれまでの薄情な行いを悔やみます。そして、心を閉ざし、城にこもります。
月日が流れ、やがて、ベルという美しい女性が城に迷い込みます。彼女は、城から逃げ出しますが、狼に襲われそうになったところに、野獣が身を挺(てい)して彼女を救います。その後、彼女は、野獣の優しく繊細な心の美しさに心惹かれていきます。同時に彼も彼女の聡明な心の美しさに惹かれていきます。

そんな中、ガストンというベルに好意を寄せる村一番のハンサムで腕っぷしのある男性が、城に押しかけます。彼は、野獣を退治してベルを自分のものにしょうとしていたのでした。しかし、ガストンがうぬぼれ屋で自分勝手なことをベルは見透かしていました。最後に、ガストンはいなくなり、ベルと野獣は結ばれます。すると、呪いは解けて、ベルの前には美しい王子が現れます。真実の愛が実ったという、とてもドラマチックな古典的名作です。

それでは、まず、このストーリーのナレーションで説かれた真実の愛の教訓を、3つあげてみましょう。

①見かけにだまされない
1つ目は、「見かけにだまされない」ことです。野獣になる前の王子は、寒さをしのがせてくれと乞う、やつれた老女を見て冷たく突き放しています。また、ガストンは、ベルを手に入れるため、ベルの父親を見殺しにしようとしたり、平然とうそをついています。つまり、見かけの美しさによって、心の美しさを磨くことを疎かにしてしまうということでもあります。

②美しさは心にある
2つ目は、「美しさは心にある」ことです。野獣は、見た目は怖いですが、心は優しく知的です。ベルは、読書家で村では変わり者で浮いた存在でしたが、とても賢く行動力があります。2人は相性が良いのです。お互いにその本質を見極めています。

③心から愛し愛される
3つ目は、「心から愛し愛される」ことです。ガストンは、ベルを自分の思い通りの女性にしようと一方的です。対照的に、野獣は、村にいる父親の身を心配するベルに「すぐに行ってやれ」と言います。ベルがいなくなると、もとの人間に戻れなくなることを野獣は覚悟しています。野獣は、ベルを愛しているからこそ、彼女を手放したのでした。その後に、城に戻ってきたベルは、ガストンに銃で撃たれようとする野獣を守ろうとします。野獣とベルは、自分のことよりも相手のことを考えています。

なぜ従うの? ―「真実の愛」の裏に隠れた教訓

このストーリーから、真実の愛とは、見かけではなく、心の美しさによって、愛し愛されることであるという教訓を学びました。ただし、メンタルヘルスの視点からは、さらに「真実の愛」の裏に隠れた教訓があります。つまり、このストーリーで説かれる「真実の愛」には、良さと同時に危うさもあります。それは、従う心理です。なぜ従うのでしょうか? ここから、その心理を3つに分けて、掘り下げてみましょう。

①恐怖
ベルの父親が城のバラを1本摘んだことを理由に、野獣は、盗みの罪として父親に終身刑を一方的に言い渡し、城に監禁します。それを知ったベルが自ら申し出て、父親の身代わりとして監禁されます。その後、ベルは野獣といっしょに食事をすることを拒むと、野獣は「私を拒むなら何も食わすな」と怒って召使いに言い放ち、ベルを脅しています。

1つ目の従う心理は、最初、ベルが野獣に恐怖を抱いていることです。それは、殺されるかもしれないというレベルの恐怖です。風貌が野獣だからといって、このような振る舞いは人間として決して許されません。もともとのファンタジー仕立てが私たちの目を曇らせていますが、現実的に考えると、野獣がやっていることは、明らかに理不尽で不当です。法律的には、逮捕・監禁罪、強要罪、脅迫罪などが成立します。

心理学的に言えば、この恐怖によって、服従の心理が意識的にも無意識的にも発動されると言えます。顔色をうかがい、腫れ物に触るようにビクビクして接したり、ご機嫌取りになります。なぜなら、その方が生き残る確率が高まるからです。

逆に言えば、従わせる心理は、相手に恐怖を植え付ける怒りっぽさです。例えば、殴る、蹴るなどの身体的な暴力、怒鳴る、叫ぶ、金切り声を上げる、些細なことで急に怒り出す、脅すなどの心理的な暴力、そして行動制限です。

②罪悪感
ベルは、父親の盗みの罪については申し訳なく思っています。また、自分が逃げ出したことで、結果的に野獣が大けがをしたため、負い目を感じて、野獣を連れて城に引き返しています。そして、野獣から「(自分が大けがしたのは)おまえが逃げたせいだ」と責められながら、献身的に野獣を看病します。ベルは「脅すから逃げたのよ」と言い返しますが、「(脅したのは、行くなと言った)西の塔へ行くからだ」とさらに責められます。最終的に、ベルは命がけで狼から救ってくれた野獣に感謝します。その後に、ベルは父親に会うため村に帰る許しを得て、野獣にまた感謝します。

2つ目の従う心理は、その後、ベルが野獣に誤った罪悪感を抱いていることです。たとえどんなにひどい言いがかりだとしても、潜在的な恐怖によって、それを受け入れやすくなります。すると、罪悪感が芽生えてきます。よくよく考えると、自分を監禁していた野獣が痛手を負っているわけなので、実は逃げ切れる最大のチャンスでした。そうしないで、わざわざ引き返しています。さらに、野獣の看病までしています。

また、ベルは野獣に感謝していますが、よくよく考えると、野獣はもとの人間に戻るためにベルに気に入られることが必要なので、ベルを救ったのは当然のことです。ベルがそれを知っていれば素直に感謝はできません。また、監禁がもともと不当であるため、それが解かれても感謝する必要は本来ありません。

心理学的に言えば、この罪悪感によって、誤った感謝の心理が意識的にも無意識的にも発動されると言えます。例えば、「ごめん」と「ありがとう」を同じ状況で使うことがあるように、罪悪感と感謝は背中合わせの心理とも言えます。

逆に言えば、従わせる心理は、相手に罪悪感を植え付けるひがみっぽさです。例えば、「あなたのせいだ」と責任を押し付けたり、「謝罪が足りない」「感謝が足りない」「あなたはだめな人だ」とけなすことです。

③同情
ベルは、日用品に姿を変えられた召使いたちから、「(最後の花びらが落ちると)ご主人様(野獣)はずっと野獣のまま、おれたちはアンティークになる」と教えられます。ベルは「助けてあげたい」「魔法を解く方法は?」と尋ねますが、「心配しなくていい」「自分たちの問題は自分たちで解決する」と言われ、神妙な顔になります。また、ベルが城から去る時、野獣は「時々、自分を思い出してほしい」と言って、願ったものが映る魔法の鏡を渡します。

3つ目の従う心理は、やがてベルが野獣に行き過ぎた同情を抱いていることです。野獣がけがで瀕死になって弱っている姿とあいまって、「かわいそう」「気の毒だ」という気持ちが芽生えています。また、城に監禁していること以外については、野獣は、城の図書館を案内するなど、ベルに優しく接しています。やがて野獣がベルを城から解放したのも、ベルを愛していたからという見方もできますが、このままだとベルに心から愛されないとあきらめたからという見方もできます。逆に、そうしたことで、ベルは野獣に心を許すようになります。さらに、野獣は、わざわざ魔法の鏡を渡して、自分をこれからも見てもらおうとあわよくばの同情を誘っています。

心理学的に言えば、この同情によって、誤った好意の心理が意識的にも無意識的にも発動されると言えます。また、同情という共感により、監禁という身体的な近さだけでなく、心理的な近さも増していると言えます。これは、身体的にも心理的にも近ければ近いほどより親しみがより沸いてくる心理(社会的交換理論)につながります。

逆に言えば、従わせる心理は、相手に同情を引き出す卑屈さです。例えば、「自分はだめだ」「どうせ自分なんか」と自己否定したり、「自分はキレやすいから」「自分は不器用だから」「自分は弱いから」「自分は心配性だから」と言い訳がましいことです。これは、下手(したて)に出れば好感が持たれる心理(アンダードッグ効果)や、「寝てないアピール」「体調不良アピール」など自分から不利な状況を公言して同情や理解を得る心理(セルフハンディキャッピング)につながります。さらには、「自分はそういう人間」「あなたならそれを分かってくれるはず」と依存的になれば、相手から「自分なら助けられる」という心理を引き出せます(共依存)。

従う心理 ―ストックホルム症候群

王子は、魔女の魔法によって、野獣に姿を変えられました。そして、野獣とベルが結ばれたことで、魔法が解けました。ただ、先ほどの「真実の愛」の裏の従う心理は、もう1つの「魔法」とも言えそうです。これは、精神医学的には、ストックホルム症候群と呼ばれます。

ストックホルム症候群は、1970年代にスウェーデンの首都ストックホルムで実際に起きた銀行強盗の人質立てこもり事件を語源としています。当時、2人の男性の銀行強盗が、4人の銀行員の人質とともに約40㎡の金庫室の一室に6日近く立てこもりました。人質たちは無事に解放されましたが、奇妙なことに、その後に彼らが強盗たちをかばおうとして警察に非協力的になったのです。さらに驚くべきことに、人質の1人の女性は、もともとの婚約を破棄してまで、刑務所にいた犯人との関係を続けました。このように、ストックホルム症候群とは、誘拐や人質事件で監禁された被害者が加害者に連帯感や好感を持つ状態であると定義されます。

その後、FBIは、ストックホルム症候群が生じる4つの前提条件を示しています。それは、①人質と監禁者が、狭い場所で他から隔離されて長時間を過ごすこと、②人質が殺されるかもしれないという恐怖を抱くこと、③命が助かったのは監禁者のおかげだと感じること(感謝)、④監禁する点を除いては、監禁者が人質を優しく扱っていること(共感)です。①は、「美女と野獣」のストーリーの設定に重なります。②③④は、先ほどの「真実の愛」の裏の3つの危うい心理に重なります。

また、FBIの調査によれば、ストックホルム症候群が生じるのは人質事件の被害者の8%であることが分かっています。人質事件などによる監禁自体がまれな状況であることを踏まえると、一般人の発症率や有病率としてはさらに低くなります。よって、ストックホルム症候群は、単独の病名として、WHOの診断マニュアル(ICD-11)やアメリカ精神医学界の診断マニュアル(DSM-5)には記載がありません。分類するとしたら、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の「向こう見ずな自己破壊的行動」、または解離性障害の「威圧的説得による同一性の混乱」などの診断基準が当てはまります。

ただし、監禁という特殊な状況に限定しないと、実はとてもありふれた心理状態です。あまりにもありふれているので、逆に病的な状態であると本人たちに自覚されにくくなります。例えば、夫からDVを受けている妻が、「本当は良い人」との理由で警察に協力することを拒むことです。さらには、DV容疑で拘留された夫のために、妻が保釈金を用意することです。また、親から虐待を受けている幼い子どもが、「ママ(パパ)が好きだから」との理由で親をかばうことです。高齢の親からモラハラを受けながら介護する家族(主に子ども)が、「見放したらかわいそう」との理由で、変わらず献身的に介護を続けることです。上司からパワハラを受けている部下が、「仕返しが怖い」「どうせ変わらない」との理由で、ハラスメントの窓口に行かないことです。