連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2021年6月号 ドラマ「コウノドリ」【その2】なんで子どもがほしいの? 逆になんでほしくないの?【生殖心理】

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・特別養子縁組
・子育てへの欲求
・子宮全摘出
・血縁への欲求
・不育症
・親アイデンティティ
・親性
・生活史戦略
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その1では、ドラマ「コウノドリ」を通して、不妊の心理を精神医学的に解き明かしました。

不妊治療がやめられない原因として、がんばりすぎる(過剰適応)、とらわれる(強迫)、のめり込む(嗜癖)という独特の不妊の心理があることが分かりました。そして、この心理のそれぞれのリスクは、燃え尽きる(破綻)、頭が硬くなる(べき思考)、元を取りたいと思う(負け追い)であることも分かりました

それでは、そもそも私たちはなぜそんなに子どもがほしいのでしょうか? 逆に考えれば、なぜ子どもがほしくないのでしょうか? または、なぜ子どもを多くほしくないのでしょうか? これらの答えを探るために、今回は、引き続きこのドラマを通して、生殖にまつわる心理(生殖心理)を進化心理学的に掘り下げます。そして、これからの生殖のあり方をいっしょに探っていきましょう。

そもそもなんで子どもがほしいの?

それでは、そもそもなぜそんなに子どもがほしいのでしょうか? まず、その理由を大きく3つあげてみましょう。

①子育てをしたいから-子育てへの欲求

鴻鳥とチームのスタッフたちは、中学生の妊婦から生まれてくる赤ちゃんのために、特別養子縁組(実子扱いになる養子縁組)を検討するエピソードがあります(シーズン1第5話)。彼らと育ての親を希望する夫婦が面会するシーンで、その夫婦は、「不妊治療を6年したけど、授からなかった。体も精神的にももうボロボロで」「子どもをあきらめよう。夫婦2人で生きて行こうと話していた時に、つぐみの会(特別養子縁組をサポートするNPO法人)を知ったんです」「嬉しかった。生めなくても、私たちでも親になることができるんだって」「うまく言えないけど、血はつながらなくても、赤ちゃんて授かりものだと思うんです」と申し出るのです。

子どもがほしい1つ目の理由は、子育てをしたいから、つまり子育てへの欲求です。それは、自分の子を育てられないなら、せめて他人の子であっても子育てをしたいという思いです。

②血をつなげたいから-血縁への欲求

鴻鳥の親しい同僚である助産師の小松は、子宮腺筋症と卵巣チョコレート囊胞を発症したため、子宮を全摘出するエピソードがあります(シーズン2第7話)。彼女は、当初、心を許せる子持ちの女性の同僚に「お母さんになる人生と、お母さんにならない人生。何が違うのかな?」と聞き、手術をためらいます。手術後、その同僚に「本音言うとさ、やっぱり怖かったんだよね、手術する時。あーこれで私は本当に一人で生きて行くことになるかと思ったら、寂しさよりも怖さが先に来てさ」「親や兄弟や夫も子どもいない私にとって、子宮は私にとって最後の頼りだったんだ」と打ち明けるのです。

子どもがほしい2つ目の理由は、血をつなげたいから、つまり血縁への欲求です。もともと血のつながった家族がいない小松なら、なおさらでしょう。

③親になりたいから-親アイデンティティへの欲求

その1の記事でご紹介した不育症の夫婦の会話のシーン(シーズン2第9話)。その妻は、「最初に妊娠したときに、すっごく嬉しくてすぐに(母子手帳を)取りに行っちゃって」と語ります。その後、「修ちゃん(夫)にも申し訳なくて。自分の子どもを抱かせてあげられないのがつらい。ごめんね」と涙します。彼女は、結婚後、専業主婦になり、妊娠するのを心待ちにしていたのでした。

子どもがほしい3つ目の理由は、親になりたいから、つまり親アイデンティティへの欲求です。確かに、母子手帳を早く手に入れたいと気持ちがはやるのはよく分かります。しかし、これだけ意気込むということは、裏を返せば、他にやること、やりたいことがないように見えます。また、夫の子どもを生むのが、彼女の勤めのような言い方をしています。彼女は、妊娠・出産・子育てを生活の全てにしようとしています。つまり、それが、彼女の役割であり、アイデンティティになっています。逆に言えば、妊娠しないことは、当てにしていた生活が何も始まらないため、彼女のアイデンティティが定まらなくなっています(アイデンティティ拡散)。

なんで子どもがほしい気持ちは「ある」の?

子どもがほしい3つの理由は、子育てへの欲求、血縁への欲求、そして親アイデンティティへの欲求であることが分かりました。それでは、そもそもなぜ子どもがほしい気持ち(生殖心理)は「ある」のでしょうか? その3つの欲求の起源を、それぞれ進化心理学的に掘り下げてみましょう。

①子育てへの欲求の起源-哺乳

10数億年前に太古の原始生物が誕生してから、自分の遺伝子を残すように行動する種が進化の歴史の中で現在までに生き残りました。逆に言えば、遺伝子を残すように行動しない種は、その遺伝子が残らないわけなので、そもそも現在に存在しないです。この生殖は、食べることや安全を守るなどの生存と並ぶ動物の根源的な行動です。

約2億年前に哺乳類が誕生してから、その母親は子どもに自分の乳を与えて育てるというメカニズム(哺乳)を進化させました。

1つ目の子育てへの欲求の起源は、哺乳です。子どもを育てたいという生殖心理は、生存の心理と同じく、それ自体が遺伝的に組み込まれた喜び(報酬)と言えるでしょう。

②血縁への欲求の起源-社会脳

700万年前に人類が誕生し、300万年前に草原に出たことで、父親も、猛獣や自然の脅威から体を張って自分の子どもを守るようになり、母親と子どもといっしょに生活するようになりました。これが、家族の起源です。さらに、その血縁で集まった部族をつくり、協力して子どもたちを守るようになりました(社会脳)。こうして、次世代の担い手として子どもを集団で育てることで、部族社会を維持しました。

2つ目の血縁への欲求の起源は、社会脳です。血をつなげたいという生殖心理も、生殖の適応度だけでなく、集団の適応度をあげるために、それ自体が遺伝的に組み込まれた喜び(社会的報酬)と言えるでしょう。

③親アイデンティティへの欲求の起源-概念化

20万年前に現生人類が誕生してから、言葉を話すように進化しました。そして、10万年前には貝の首飾りを信頼の証にするなどシンボルを使うようになりました(概念化)。こうして、社会集団の中で、親であるという役割や肩書き(社会的立場)にも意味を見いだすようになりました。そして、自分の生殖に物語性を見いだすようになりまきた。

3つ目の親アイデンティティへの欲求の起源は、概念化です。つまり、親という存在になりたいという生殖心理も、生殖の適応度だけでなく、集団の適応度をあげるために、それ自体が遺伝的に、そして文化的に組み込まれた喜び(社会的報酬)と言えるでしょう。

★グラフ1 生殖心理の起源