連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2021年7月号 映画「そして父になる」【その2】なんで血のつながりにこだわるの?【血縁心理の起源】

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・父性の不確実性
・社会脳
・排他性
・配偶者防衛
・父性の確証
・女性差別
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その1では、映画「そして父になる」を通して、親子観を精神医学的に解き明かしました。

親子観は、親にとっては、血のつながり(血縁の心理)と情(子育ての心理)があることが分かりました。そして、子どもにとっても、情(愛着)と血のつながり(アイデンティティ)であることが分かりました。そして、子どもにとっての親子の絆は、血のつながりよりも情の方が大きいことが分かりました。

それでは、そもそもなぜ血のつながりにこだわるのでしょうか? そして、今、なぜ血のつながりへのこだわりが強まっているのでしょうか? これらの答えを探るために、今回は、引き続きこの映画を通して、血のつながりへのこだわり、つまり血縁心理の起源を進化心理学的に掘り下げてみましょう。

なんで血のつながりにこだわるの?

良多は血のつながりにこだわっています。彼の父親はもっとこだわっています。一方、ゆかりはあまりこだわっていません。みどりは良多に従っているだけで、本音はみどりと同じくこだわっていないようです。雄大はゆかりの言いなりになっているだけで、態度がはっきりしていませんが、良多ほどこだわっていないようです。そして、良多の継母は、継母になるくらいなので、ほとんどこだわっていません。もちろん、先ほど説明した通り、琉晴と慶多は全くこだわっていません。つまり、血のつながりへのこだわりの度合いは、良多の父親>良多>雄大>みどりとゆかり>良多の継母>琉晴と慶多の順と言えそうです。

それでは、なぜこのような血のつながりへのこだわりに違いがあるのでしょうか? 端的に言えば、なぜ血のつながりにこだわるのでしょうか?

そのヒントは、ゆかりがみどりに漏らした、あるセリフにあります。それは、「似てないのよ、一人だけ」「口の悪い友達が『浮気したんだろう』って。ひどいこと言うなあって思ってたけど。まさかねえ」です。

ここから、その原因を進化心理学的に4つあげて、血縁心理の起源に迫ってみましょう。

①父親であることが確実ではないから-父性の不確実性

約700万年前に人類が誕生し、約300万年前に父親が子育てに参加して、家族をつくるようになりました。これが家族の起源であり、父性の起源です。なお、父性の心理の詳細については、以下の関連記事をご覧ください。

>>【父性の心理】

この時、子育てに労力(コスト)をかけたのに、その子どもが妻とその浮気相手の子どもであった場合、どうでしょうか? 何とも思わない、つまり血のつながりにこだわらない父親は、自分の子孫を残せません。そうなると、そんな種が現在に存在するのは難しいでしょう。これは、生殖の適応度を下げていると言い換えられます。生殖とは、自分の遺伝子を次世代に残すために、自分の子どもを生んで、その子がまた生殖できるように育て上げることです。

血のつながりにこだわる原因として、1つ目は、母親と違って父親は子どもの父親であることが確実ではないからです(父性の不確実性)。一方、女性は、子どもが自分のお腹から生まれてくるので、自分がその子の母親であることは、確実です。つまり、女性よりも男性は、ゆかりの言うその「まさか」に敏感になり、子どもの顔つきや体つきなど似ていること、つまり血のつながりにこだわるようになります。こうして生殖の適応度を上げるでしょう。まとめると、血のつながりへのこだわり度は、男性>女性と言えます。これは、「良多の父親と良多と雄大>みどりとゆかりと良多の継母」の順番を支持します。

なお、自然界では、人類の浮気と似た生殖戦略として、托卵があります。これは、自分の卵を他の個体の親に托して、代わりに子育てをさせる動物の習性です。カッコウやホトトギズなどの鳥類をはじめ、魚類や昆虫類にもみられます。托卵する個体は、自分の子どものエサの取り分がもらえるため、生殖の適応度を上げる一方、托卵される個体は、自分の子どものエサの取り分が減るため(種によっては自分の卵を排除されてしまうため)、生殖の適応度を下げてしまいます。そこで、托卵される個体は、他の個体の卵を見分けて除去する習性を身に付けるようになり、生殖の適応度を維持しようとします。

人類の男性が似ているかどうか、つまり血のつながりにこだわる心理は、まさにこの卵の識別能力と同じく、進化の産物と言えます。浮気にせよ、托卵にせよ、私たちを含む現在に生きている全ての動物は、このような生殖戦略の「戦い」の生き残りであるということは間違いないでしょう。