連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2021年9月号 映画「キッズ・オールライト」【その2】そのツケは誰が払うの? その「不都合な真実」とは?【生殖ビジネス】

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・出自を知る権利(子どもの権利条約7条)
・人格的自律権(憲法13条)
・子どもへの支配
・ドナー確保
・認知の請求
・遺産相続のトラブル
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前回(その1)では、映画「キッズ・オールライト」を通して、精子提供によって生まれた子どもの心理、精子を提供された親の心理、さらには精子ドナーの心理を掘り下げました。今回(その2)では、彼らのぞれぞれの心理から、その子どもにその事実やそのドナーを知る権利(出自を知る権利)がなかなか認められない原因を突き止めます。そして、生殖ビジネスの、ある「不都合な真実」を明らかにします。さらに、出自を知る権利が認められたら顕在化する法的な問題も考えてみましょう。

なんで精子提供によって生まれた子どもに出自を知る権利がなかなか認められないの?

すでにその1でもご説明しましましたが、精子提供によって生まれた子どもの心理は、真実をきちんと教えてほしい(信頼関係)、自分のもう半分のルーツを知りたい(アイデンティティ)、生みの親にも自分の存在を認めてほしい(自尊心)という3つの思いです。つまり、子どもが精子を提供された事実やそのドナーを知る権利は、出自を知る権利(子どもの権利条約7条)として、そして人格的自律権(憲法13条)として極めて重要なことであることが分かります。実際に、海外の多くの先進国でこの権利が認められています。
にもかかわらず、日本では、この出自を知る権利がなかなか認められません。それは、なぜでしょうか? ここから、精子を提供された親と精子バンクの2つの立場に分けて、その原因を突き止めます。そして、その「不都合な真実」を明らかにしてみましょう。

①精子を提供された親が反対する-子どもへの支配

すでにその1でもご説明しましましたが、精子を提供された親の心理は、精子提供はなかったことにしたい(保守的な認知)、その事実を伝えたとしても精子ドナーを知らないでほしい(親アイデンティティ)、精子ドナーを知ったとしてもかかわってほしくない(子育ての私物化)という3つの思いです。実際に、日本での彼らへの調査(2001)において、そもそも真実告知をしないと答えた人は夫と妻ともに80%以上でした。

1つ目の原因は、精子を提供された親が反対するからです。親の心理は、出自を知りたいと思う子どもの心理に真っ向から対立しています。よって、出自を知る権利が法的に明文化されずにうやむやになっている限り、とりあえず親は真実告知の責務から解放されます。

しかし、それはあくまで親のエゴイスティックな視点です。子どもの視点に立った時、全く違って見えてきます。それは、子どもは親のペットではないということです。出自を知りたいという子どもの気持ち(人権)をないがしろにする親は、やはり子どもを支配していると言えます。そして、そんな親が日本ではいまだに多いということです。

②精子バンクが反対する-ドナーの確保

すでにその1でもご紹介しましましたが、精子ドナーの心理は、楽して儲かる(外発的動機づけ)、人の役に立てる(利他性)、自分の遺伝子を残せる(生殖心理)という3つの思いです。しかし、現在は、日本産婦人科学会が「プライバシー保護のため精子ドナーは匿名とする」としつつも、「ただし精子ドナーの記録を保存するものとする」との見解を出したことで、専門の医療機関の精子バンクでドナーが激減し、ほとんどで精子提供が休止の状態になっています。この見解は、精子ドナーが将来的に自分の生物学的な子どもによって身元を辿られる可能性をほのめかしており、ドナーたちは、人の役に立てて自分の遺伝子を残せるとしても、全く「楽」なわけではなくなったからです。

その代わりに、SNSを介して、精子の譲り渡しを匿名で行う自称「精子バンク」のボランティアが増えており、危うい状況になっています。

2つ目の原因は、精子バンクが反対するからです。精子バンクとしては、ドナーの確保は切実です。出自を知る権利が法的に明文化されずにうやむやになっている限り、とりあえず民間の精子バンクは匿名を条件にドナーを確保することができます。また、その方が「闇取引」をする事態になるよりまだマシである(被害を減らせる)という理屈(ハームリダクション)に後押しされている面もあるでしょう。

実際に、海外の精子バンクでは、匿名のドナーと非匿名のドナー(オープンドナー)を選べるようになっています。日本でも、2021年5月に国内初の民間の精子バンクの運営が始まりましたが、同じ方式をとっています。

映画の中の精子バンクも、ポールに「当バンクはドナーの同意なしに身元について明かすことはありません」「あなたの精子で生まれた女性が連絡を取りたいと行っていますが」と伝えています。つまり、最初にポールに同意を得る形をとっています。逆に言えば、ポールが同意しなかったら、ジョニとレイザーは出自を知る権利が得られなかったことになります。つまり、子どもの出自を知る権利は、親のあえてのオープンドナーの選択と真実告知に委ねられており、必ずしも保障されていないことが分かります。

しかし、これはあくまで精子バンクのビジネスとしての視点です。生まれてくる子どもの視点に立った時、全く違って見えてきます。それは、精子提供は、ただの献血とは違い、新しい人間(人格)が生まれるということです。精子バンクは、ドナー確保を優先するあまり、この点をないがしろにすることで、一大ビジネスになっています

つまり、生殖ビジネスの「不都合な真実」とは、精子を提供される親と精子提供を斡旋する精子バンクの利害がきれいに一致していることです。そして、精子提供によって生まれる子どもが、そのビジネスのツケを払わされていることです。