連載コラムシネマセラピー

私たちの身近にある映画、ドラマ、CMなどの映像作品(シネマ)のご紹介を通して、コミュニケーションメンタルヘルスセクシャリティを見つめ直し、心の癒し(セラピー)をご提供します。

【1ページ目】2022年8月号 ドラマ「ドラゴン桜」【中編】実は幻だったの!? じゃあ何が問題?【教育格差】

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・教育格差
・収入格差
・行動遺伝学
・ゼロサムゲーム
・教育効果
・「遺伝格差」
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前編では、ドラマ「ドラゴン桜」を通して、学歴ブランド化の問題点を明らかにして、教育のビジネス化という不都合な真実に迫りました。今回は、引き続きこのドラマを通して、昨今問題視されている教育格差が、実は問題にならないという衝撃の根拠をご説明します。そして、問題になる別のある「格差」を解き明かします。

教育格差が問題にならない根拠とは?

第1シリーズに登場する矢島は、父親が抱えた借金のせいで、高校を中退して、日雇いの建設作業員になろうとしていました。しかし、桜木先生に借金を肩代わりしてもらうことで、一念発起して東大特進クラスに入り、最後は東大に合格するのです。

当初の矢島のように、生まれ育った環境によって、受けることのできる教育に格差があることは、教育格差と呼ばれています。この一番の問題は、「教育格差という機会の不平等よってその後に収入格差が生まれてしまう」こととされています。簡単に言えば、親にお金がある人がより良い教育を受け、より良い学歴を手に入れ、より良い収入を得ているというロジックです。しかし、果たしてそうでしょうか?

実は、この主張には、3つの見落しがあります。ここから、その3つの見落としを通して、実は教育格差によって収入格差が生まれるわけではないことを明らかにします。

①収入への遺伝の影響度の大きさ

1つ目の見落としは、収入への遺伝の影響度の大きさです。教育格差を問題視する学者のなかには、遺伝について触れる人もいます。しかし、それはもっぱら知能に限ったもので、収入への直接的な影響や、その影響度の経時的な変化にまで踏み込んでいません。そのために、遺伝の影響は限定的であるとされてしまい、教育格差はやはり問題であると結論づけています。

ここで、行動遺伝学の研究の結果をご紹介します。なお、行動遺伝学の詳細については、この記事の3ページ目に【参照】として詳しく解説しました。

男性の収入への遺伝、家庭環境、家庭外環境のそれぞれの影響度の経時的な変化をグラフ化すると、グラフ1のようになります(*2)。

★グラフ1 男性の収入への影響度

このグラフから、20歳を境に、年齢が上がっていくにつれて遺伝と家庭外環境の影響がどんどん増えていく一方、家庭環境の影響がどんどん減っていき、ほとんどなくなっていることがわかります。つまり、親が教育にかけるお金や親のコネの程度(家庭環境)の違いによって生まれる収入格差は、最初はあるのですが、最後はなくなっていくということです。そして、けっきょく本人の実力(遺伝)といろいろな人との出会い(家庭外環境)による相互作用が大きくなっていくということです。

ちょうど矢島が分かりやすい例です。彼は東大に合格しましたが、けっきょく入学しませんでした。しかし、第2シリーズでは、独学で司法試験に合格して、弁護士になっているのです。そして、桜木先生の窮地を救う立て役者の1人として活躍するのです。彼の収入への影響は、最終的に彼の実力(遺伝)が大きいことを描いています。もちろん、桜木先生をはじめとする人生でのいろいろな出会い(家庭外環境)も大きいでしょう。

逆に、矢島にもともと実力(遺伝的な資質)がなかったとしたら、いくら桜木先生の受験勉強のテクニックを教わっても、東大には合格していなかったでしょう。実際に、知能(認知能力)への遺伝、家庭環境、家庭外環境のそれぞれの影響度の経時的な変化をグラフ化すると、グラフ2のようになります(*3)。やはり、遺伝の影響はもともとかなりあり、それがさらにどんどん大きくなっていくことが分かります。

この点で、前編でご紹介した学歴による収入の割り増し(シープスキン効果)は、あくまで全体として見た場合の話であり、個人として見た場合は、家庭環境の違いによってのばらつきや経時的な変化が出てくることが推定できます。

現実的には、大部分で順当に、知能の高い人が大学に進学して、知能の高くない人が高卒で就職していることが考えられます。そして、一部分で不当にも、知能の高い人が高卒で就職したとしてもその後に挽回し、その一方で知能の高くない人が何とか大学に進学したとしてもその後に伸び悩んでいることが考えられます。

★グラフ2 知能への影響度

なお、グラフ1のような逆転現象は、欧米と比べて特に日本で際立ってみられることが分かっています。そのわけは、欧米では、家庭環境の影響がもともと小さいからです。このことからも、日本では子どもの人生に学歴をはじめとする親の影響力が、大人になるまでかなりあることがうかがえます。

また、女性の収入についての結果は、遺伝の影響がほぼ0のままであることがわかっています。この結果の違いの原因は、男性と比べて女性の就労状況は正社員が少なく、パートや無職が多いからであるといわれています。もしも女性が男性と同じくらい就労していれば、男性と同じように遺伝の影響が出てくると考えられています。

以上より、けっきょく遺伝の影響力が大きいため、生まれ育った環境によって受けることのできる教育に格差があったとしても、それだけで最終的な収入に格差が生まれるわけではないと結論づけることができます。教育格差を問題視する関係者は、当初の矢島のような不遇な人が多いと思い込んでいます。しかし、もしそうだとしたら、先ほどのグラフで家庭環境の影響が残り続けるはずです。家庭環境の影響が最終的に残らないということは、教育格差はあったとしても最終的な結果には影響を与えておらず、問題にならないということです。